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マロリーは黙々と小屋を目指していた。魔法が使える騎士と普通の騎士が半分ずつのバランスが良い隊である。剣を交えながら魔法を使いこなせる騎士であるカイネウスは、実に頼り甲斐のある男だった。
道中、本来の隊長であるはずの彼は、とてもマロリーに親切だった。実はこのカイネウス、マロリーの婚約者であるアントニオの同期である。ブライスの隊に配属される前はアントニオと同じ隊にいたらしい。
アントニオが副隊長になった時、カイネウスはブライスのいる隊へ移動となったのだという。それ以降は同期として、友人として、交流があるのだった。
彼が副隊長という立場をしっかりと演じてくれるおかげで、道中はマロリーも隊長として振る舞う事ができた。隊長と副隊長という距離の近さまで再現してくれたのだから、本当にありがたい。
隊の仲間も心強い。気さくだが、落ち着いている。ついにぎやかになってしまう事もなく、小屋に向けた道中である今は適度な緊張感を持って行動してくれている。
隊長からしたら、手の掛からない部下である。とてもやりやすい。
それにしても、とマロリーは思う。緊急時に集合する小屋の防衛が重要なのは分かっているが、本当は罠を見張る役がしたかった。
罠にかかる無様な敵兵の姿を見る事は、さぞかし胸のすく思いになるだろう。と、思っていたからである。性格が悪いのは百も承知だ。だが、人間が狩猟罠にかかるなど、滅多に見られるものではない。
それも、エルフリートとブライスが一生懸命考えたであろう罠だ。
きっとエグいに決まっている。戦闘狂のきらいがあるマロリーには、とても魅力的だった。それが、である。小屋の防衛だ。敵が小屋を見つけ、攻略したいと思わない限り、マロリーの出番はない。
正確に言うならば、マロリーはずっと結界を張って待機しているのだからずっと出番なのだが、マロリーの思う出番とは違う。
「隊長、もうそろそろです」
「そうね。周囲の状況は大丈夫?」
「クリスが小リスを捕まえて喜んでましたが、それくらいですね」
斥候を兼ねたクリスがリスを捕まえたという事は、まだこの周辺は安全だという事だ。少なくとも、どんなに気配を消そうとしたところで、臭いでばれる。
人間には気取られないように最低限体臭に気を使うはずだが、この強行だ。体を清潔に保つにも限度がある。敵の体臭にマロリーたちが気がつかない事はあれど、動物たちの方は気がつくだろう、という事である。
「順調で良いわ」
「ええ。この調子で最後までいけると良いですが」
カイネウスの言葉に軽く頷いた。目の前に、木々に紛れるようにして小屋が見えた。
マロリーが小屋に到着次第に行ったのは、アントニオへの挨拶ではなく、結界の張り替えであった。婚約者への挨拶はしたいが、少々不満があるとはいえ、重要な任務を疎かにするような人間ではない。
結界は二重に張る事にした。認識阻害の結界と、守護の結界である。認識阻害の結界が十分に働いていれば、かなりの確率で安全が保証できる。認識阻害を突破する際、それがマロリーの見知らぬ人間であった場合に発動するのが守護の結界だ。
守護の結界は、麻痺と睡眠の効果を持たせる。結界の作成が複雑になるが、複雑になればなるほど解除も難しくなる。万一、こちらの情報不足で相手側に優秀な魔法師がいた場合に備えるという意味もある。
やるならとことん、油断はしない。それがマロリーの信条であった。
「マリン」
「アントン」
マロリーの作業が終わるのを見計らってアントニオが声をかけてきた。魔法の素質がないアントニオであるが、マロリーの道具を使った結界作成には詳しい。開発している時の姿を見守ってきた故である。
「お待たせしました。これより、この拠点の保護を引き継ぎます」
「頼む」
アントニオと視線が交差する。数日ぶりの婚約者。マロリーよりも先に、アントニオの目元が和らいだ。
「くれぐれも」
「分かっているわ」
アントニオの発言を封じ、自信のある笑みを向ける。確かに婚約者だが、今はそういう絆を強く感じている場合ではない。
「うちの隊長、ちょっとお堅いんで」
「カイネウス。元気だったか」
「おかげさまで。マロリー女史は優秀だな。既存の隊長たち以上に隊長っぽかったよ」
「悪かったな、隊長らしさが抜けていて」
「カイネウスが優秀な補佐だから、私もうまくできているだけよ。私だけの実力じゃないわ」
マロリーは口を挟んだ。実力以上の評価はされたくない。
「だろうな」
「えっ、それで良いのか婚約者なのに」
自分の評価を遠そうとするのが理解できないのか、批判じみた視線が向けられた。カイネウスは人が良い。個人の感想であって評価ではないのだから、これぐらい気にしなければ良いとでも思っているのだろう。
マロリーは素直で人の良い彼に好感を抱いた。
2024.8.14 一部加筆修正




