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妖精と王子様のへんてこマーチ(へんてこワルツ3)  作者: 魚野れん
泥被りの騎士たち

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15/87

5

 ロスヴィータの隊が受け持つのは、罠を張りにくい地域である。川が近く、岩場が多い上に見晴らしが良い。カッタヒルダ山を越えて下山してくる敵の方が有利である。

 そこを、逆に利用するのである。

 侵攻進路に領主の子供らしき人間を偶然見かけたら、普通は捕虜にしたくなるものである。領主の子供を誘拐する予定ではない彼らは、本物の顔を知らないはずだ。

 だから、リスクを負ってまで彼らに仕掛けるか、気づかれないように迂回して侵攻を続けるか、迷うに違いない。


 しかし、相手は子供だ。たとえ領主の子供でなかったとしても、身なりの良い子供は捕虜として価値がある。

 迷った末にそう考えた彼らは、武功が残せて戦争の交渉を有利に進められるようになる一石二鳥を狙って捕虜の確保に乗り出し――罠にかかる。という筋書きだ。

 相手が欲張ってくれるかどうかにかかっている作戦で、少々相手任せではある。が、ロスヴィータは欲張りたいと思わせてみせるつもりだ。……まあ、迂回ルートにも罠がこんもり仕掛けられているわけなのだが。


「ここで良さそうだな」

「うん」


 セーレンが本当の弟よろしく可愛らしく頷いてくる。年の離れた幼い弟を思い出す。十歳になったばかりの弟、ベルナールは、ロスヴィータの活動が始まるのと入れ替わるようにして、騎士としての修行をしに出て行ってしまったきりだ。

 嫡男なのだから、小さな頃から名家に預けられたりするのは当然の事だ。ベルナールは次期ファルクマン公爵として、武に長けていなければならない為、ロスヴィータも師事した元騎士団長である叔父のオニールの所でお世話になっている。


 普通に元騎士である父親のヴァーナルが面倒を見ても良かったのだが、ロスヴィータという前例があった。自分が見るよりも良い結果が待っているに違いないと確信した彼は、一時的に息子を任せる事にしたのだった。

 幼い我が子を預けた父は、しばらく寂しそうにしていたと母から聞いている。ロスヴィータも同時期に寮生活になってしまったのだから、それも仕方のない事だろう。


「ぜんぜん似ていないが、弟を思い出すよ」

「本当?」

「ああ」


 川に向けて釣り糸を落とす。もちろん、接近された時に偽装だとばれないよう、釣り針もついている。


「十歳になったんだっけ?」

「そうだ。ついこの前な。私は直接会いには行かなかったが……今になっては、会いに行っておけば良かったと思っている」


 こんな事になるとは、その時は思いもしなかったのだ。寂しそうに笑うロスヴィータを覗き込んで、セーレンが笑う。


「何なら、その代わりに僕を撫でてくれても良いよ」

「はは、何を言っているんだ。可愛いやつめ」


 くるりとした目は、愛らしく見える。淡い色彩の目で見つめられると、なんだか本当に弟のように見えてくる。思わず、手を伸ばした。わしわしと頭を撫でる。


「わぁっ、ちょっと!」


 整えられた髪をグシャグシャにされたセーレンの抗議に負けず、ロスヴィータは笑う。きっとこの光景を遠くから誰かが見ていたら、遊びに来た兄弟に見える事だろう。


「撫でても良いとは言ったけど、やりすぎだよ!」

「良いじゃないか。少なくとも私は気が安らいだよ」

「もぉー! あ、釣り竿放っておかないでよね」


 ぷんぷんと怒ってみせる彼は、本当に子供にしか見えない。セーレンは騎士よりも役者に向いているのではないか、そんなくだらない事を考えながら、竿を持ち直した。

 ゆったりとした時が流れる。途中、本当に魚が釣れてしまった。穫れた魚を入れる容器も用意しておいて良かった。ロスヴィータの成果を見たセーレンが、今度は自分がやると言って竿を握りしめる。


 真剣に釣り糸の向こうを眺めるセーレンの様子を見守るロスヴィータは、こっそりと周囲を警戒した。打ち合わせをした時の話では、今日か明日にでもこの場所に近付くだろうという事だった。

 つまり、今の自分たちはいつ襲われてもおかしくないのだ。


「お坊ちゃま、そろそろ……」


 付き人役のグレッドソンが現れる。斥候役の誰かから、目標が現れたと連絡が入ったのだろう。ゲイル含めた残りの隊員は、順番でロスヴィータたちの護衛役と目標確認の斥候役を行っている。

 半日待っただけで相手が現れたのは、なかなか運が良い。ロスヴィータはにこやかに返事をした。


「もう少し、良いだろう?」

「僕が魚を釣るまで帰らないもん!」


 まだ、侵入者の気配を感じられない。襲われるまで気がつかない、というのは避けたい。罠にはめるのは、結構難しいのだ。特定の方向からでないと発動できない罠もある。

 ロスヴィータたちの役割は、襲いかかってくる野蛮な隣国の男たちから逃げ、罠へ誘導する事だ。それには、いち早く相手の動向を察知する必要があった。後手に回ったとしても、やり遂げなければならないのだが、少しでも有利でいたいと思うのは、当然の事だ。


「悪いが、そういうわけなんだ」


 肩をすくめて困った顔で笑いかければ、グレッドソンも仕方がありませんね、と首を横にゆっくりと振った。


「あっ、来たかな、来たかなっ!?」


 はしゃぐセーレンに顔を近づける。


「普通にこっち見下ろしてるんだけど」


 ぼそりと彼らしくない早口がロスヴィータの耳に届く。はっとしたものの、その方向を見るわけにもいかず、彼女は釣り竿に手を添えた。

2024.8.11 一部加筆修正

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