9
休憩後、ウィレに向けて再び馬を走らせる。先頭にグレッドソン、ロスヴィータの隣にはゲイルがいる。どうやらゲイルは故郷が大好きらしい。
ロスヴィータが茶葉を気に入ったと言えば、彼の態度は訓練の時よりもフレンドリーなものに変わった。それが悪いとは思わない。むしろ、緊張をほぐすのに一役買っていた。
「隊長、ケンメア領の茶葉は少し変わっているんですよ。果実の皮などで香りづけをしなくても、すごくフルーティーな香りが立つんです。
たぶん、茶の木自体が果樹だっていうのに起因しているんですけど。ケンメアでしか育たないんですよ。ケンメアっていう名前の起源、領名が先か、茶の木の名前が先か、領民ですら分かんないくらいですし」
ずっと故郷について話している。ロスヴィータはそれに頷くだけだ。これだけの速度で走っているのに、よくもそんな余裕があるな。
ロスヴィータは彼の故郷愛だけではなく、彼の肺活力にも関心するのだった。
ゲイルの話を聞いている内に、ウィレに着いてしまった。あっという間だったな、とロスヴィータは思い、ゲイルに感謝した。
ウィレに入り、宿へ向かう前に馬の交換をする。今度の馬も、筋肉のつき具合が良い。きっと良い走りを見せてくれる事だろう。新しい馬たちを宿に備えつけの厩に連れて行く。
「隊長。一応、隊長の部屋は一人部屋になっていますんでご安心ください」
「別にかまわない……と言いたいところだが、助かる」
グレッドソンの言葉に、ロスヴィータは微笑みながら答える。女っぽさに欠けるとはいえ、婚約者のいる未婚の女である。誤解を受けるような事は、なるべく避けたいと思うのが当然だ。
そこで、ロスヴィータは女性騎士団員が隊長の役を与えられた真の理由に気がついた。
隊長は、特別な扱いが許される身分だ。それがちっぽけな隊であろうが、外部の人間には関係ない。
隊長という肩書きを持っているだけで価値があるのである。
隊で唯一の女性を隊長に担ぎ上げる事で、騎士たちが彼女らを特別扱いしても不自然ではない状況を作り出していたのだ。
エルフリートとバルティルデのルートは野宿だが、ロスヴィータとマロリーのルートは宿泊だった。その差は、性差を越える経験値の有無であろう。
つまり、ロスヴィータとマロリーを女性として配慮する為の肩書きだったのだ。
隊長であれば、個室であっても不自然ではない。男装しているロスヴィータとマロリーは安全に夜を過ごせ、周囲の人間から疑いの視線を向けられる事も避けられる。
ずいぶんと甘やかされている。ロスヴィータは内心で苦い気分を味わいながら、それと同じくらい感謝の気持ちを抱いたのだった。
宿に併設してある食堂で手近に夕食をとった後、ロスヴィータは個室の窓から空を見上げていた。あいにく空は快晴とはいかなかったが、所々に雲が散らばるくらいで悪い景色ではない。
明日に備えて早く眠るべきだとは分かっていたが、合流してからの事を思えば気が重い。
眠ってしまえば一瞬の内に時が過ぎ、あっという間に明日が来てしまう。
今のロスヴィータは、少しでも明日を迎えるのを遅く感じたい気分だった。
現段階で、ロスヴィータはただの荷物である。罠の知識は普通の騎士に毛が生えた程度、山への知識も同じ、対人の戦闘は訓練か犯罪者で、傭兵や騎士を相手にする事は少ない。
経験値で言えば、新人も同然だ。
せいぜいロスヴィータの立ち位置は“そこそこ強いかもしれない騎士”である。いっそ、バルティルデの方がよほど使える騎士だと思っているくらいだった。
女性騎士団の中で、今回一番力になっているのはエルフリートで、次点がバルティルデである。ロスヴィータとマロリーはおまけみたいなものだ。
だからこそ、現場に着いたら役に立たなければならない。
計画を立てる側として役立たずだったロスヴィータは、実行部隊として恥ずかしくない動きをする必要がある。そう思っているのはロスヴィータだけかもしれないが、これはロスヴィータのプライドの問題であった。
人の上に立つのならば、それ相応の働きをせねばならない。それがロスヴィータの中にある決まり事の一つだ。
自分が作った決まりを守る。それがロスヴィータのプライドである。
無理をするなと人は言う。だが、努力なくして何がなせるというのか。ロスヴィータの幼い頃からの王子様になりたいという夢はどんどん広がり、発展して新しい女性の行き方を提示する活動へと変わった。
今ではロスヴィータ一人のものではなくなっている。
始まりはロスヴィータの周囲からすれば“馬鹿げている”とも言える思い込みだった。だが、それは同じような思い込みで突き進んできたエルフリートのおかげで、そして共に活動してくれる仲間たちのおかげで、形になり始めたのだ。
ロスヴィータは夜空に誓った。
必ず、エルフリートたちが考案した作戦を成功させてみせる。そして、この国に少しでも早く元の安らかさを取り戻させてみせる。と。
2024.8.10 一部加筆修正




