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叙任式並の豪華な式典の後、エルフリートはロスヴィータと共に謁見の間で跪いていた。目の前にはロスヴィータの遠縁であり、国王でもあるライムンドが力強い笑みを浮かべている。
「この度の戦勝、お前たち女性騎士団を派遣したのが大きかったと聞く。犠牲は少なくはなかったが、無事にこの国を守り抜いてくれた礼を言う」
「はっ、ありがたきお言葉、恐悦至極にございます」
ロスヴィータの凛とした声が響く。今回の召集は式典の延長線にあるらしく、周囲に控える大臣たちが満足そうに頷いている。
「連続で戦地へと向かわせた私を恨むか? その先で犠牲を払わせた国を、恨むか?」
「滅相もございません。この国を守る役目の為ならば、仕方のない事でしょう」
エルフリートはロスヴィータの言葉に頷きながら、戦場で散っていった命を、失われてしまったものを思う。私たちは、女性騎士団員全員の投入を防ごうとしたけれど、防げなかった。未熟な戦力を加えるべきではないし、ただ消耗するだけだという考えがあったから。
――だが、全員が投入された。
「ですが、不満はあります。この連戦、犠牲を払ったほとんどが新人です。もちろんそれは、私の部下だけではない。
今後はこのような無茶を避けていただけると、私は信じています」
ロスヴィータの眼光は鋭い。死者が出ない戦争など、ない。それを理解しているのと、実際に味わうのとでは大きく違う。その証拠に、従軍経験のない一部の大臣がロスヴィータの態度を咎めるように眉をひそめているが、ほとんどの大臣は痛ましい物を見るかのような視線を向けてきていた。
「――分かった。慢心による無茶をしないよう、心がける事にしよう。そもそも、お前たち自体が新人だしな。
お前たちが規格外だから、つい忘れてしまう。すまない」
国王が謝罪を述べるのは、あまり良くない事だ。だが、誰も咎めなかった。女性騎士団が発足してまだ三年目だというのは、この国にいる人間ならばよく知っている。
そして、エルフリートたちが戦地へ向かったのは二年目の夏にさしかかろうという時だった。
「いえ、こちらこそ新人を守りきれるくらいの力があれば良かっただけの事。今後も精進いたします」
ロスヴィータは自分の力不足だったと国王からの謝罪を退けた。彼女が強く歯を噛みしめる音が微かに届く。ロスヴィータの気持ちは痛いほどに分かる。
距離が遠かった。別の敵を相手取っていて余裕がなかった。そう言い訳するのは簡単だ。でも、あの時に余力があれば。もし、エルフリートが聖者のように治癒魔法が使えていたら。そう思わずにはいられない。
きっと彼女もそうなのだろう。
「私の部下たちは、まだこの騎士団で国に身を尽くす所存です。復帰する機会をいただけたのですから、これで十分です」
エルフリートの脳裏に隻腕となってしまった少女が浮かんだ。同年代の貴族、それも女である。
騎士団の生活が安定したら誰かと婚約したかもしれない。だがそれは、隻腕となってしまってはなかなか難しいだろう。
「女性騎士団員の籍は残す。だが、完成するまでは魔法師団預かりだ。
彼女は今後国の宝になるかもしれぬ。活動支援は私が責任を持って行うから、お前たちは時々声をかけてやりなさい。支えになってほしい」
「言われなくとも、その所存です」
「はは、頼もしい。ところで、報償は何が良いかな?」
挑戦的な返事をしたロスヴィータを王は笑う。そして含みを持った視線を彼女に寄越す。ロスヴィータは迷わず言った。
「騎士を育てる為の学校を作っていただきたい。それも、共学で」
「……ほう」
あらかじめ打ち合わせをしていたわけではないのに、二人はテンポよく話を進めていく。大臣の何人かが動揺を隠せずに隣の大臣とひそひそとささやき合っている。
「男女共に、騎士団に入る前から騎士団員としての教育をしていくのです。そうすれば、有事の際に今回のような悲劇が起きる事を多少なりとも抑えられるはず。
更に、現在の女性騎士団は応募者はいますが入団させられる能力を持った人間はほとんどいません。それは、指導できる騎士が少ない事に起因しており、能力の高い者だけを選別するしかないという内情のせいでもあります」
一息で話す彼女が自分の気の昂りを抑え込むように、ゆっくりと息を吸った。
「――結局、入団したいという志だけではどうにもならないのが実状です」
「だから、その者らに機会を与えようという事か」
王は顎に手を当て、頷いた。
「そういう事です。入団後に行っていた指導を省略できるのならば、女性騎士団を拡大する速度も上げられます。
共学にすれば、騎士団員となってからも連携がとりやすいでしょうし、悪い話ではないと思います」
ロスヴィータと王の応酬は続く。ひそひそと話し合っていた大臣も、いつのまにか静かになっていた。
「連戦で疲弊している、と周囲の国家に思われている可能性がある以上、早急に軍事力を強化する必要があります。武器はともかく、人は簡単に補充できません。
我々はのんびりしすぎました。辺境伯頼りに国王直下の我々騎士団がこれでは、民に示しがつきませんよ」
ロスヴィータの発言は不敬とも取られかねない際どいものだったが、本当の事である。
天然の要塞であるカルケレニクスからも、不穏な話が聞こえているのは知っていた。領主である父親からの伝令からもたらされたのだから、正確な情報である。エルフリートには、そのままエルフリーデと共に王都へ留まるよう書かれていた。
おそらく、カルケレニクスと似たような状況の辺境領は多いだろう。だが、一触即発というものではない。騎士団の増強の話が出れば、様子を見るままで動かない慎重な国は、そのまま手を引く可能性もある。
「お願いします。周辺国から一気に攻め込まれたら、我々騎士団は全滅です。女性騎士団への報償は、この国を守る力の増強にしてください」
「お前たち自身への報償はいらぬと申すか。面白い。その思い、無駄にはしない」
平和な時代に戻す為の、戦いが始まった。
2022.5.22 脱字修正
2022.11.19 脱字修正
2024.8.5 一部加筆修正