2-2.それが俺が召喚される理由
「なによ、これ?」
「スマホっていって……まあそりゃあどうでもいいか。見てほしいのはこっち」
そう言ってブランクが黒い何かの表面をなぞってくと、すごく精密な絵が出てきた。これは……写真でいいのかしら? 私の知ってるのとはレベルが違うけど、これもブランクの世界の魔術なのかもしれない。
それはともかく、その写真らしき何かにはたぶん四、五歳くらいの女の子が描かれていた。幼い子らしい無垢で満面の笑みを浮かべてて、その微笑ましさにこっちまで笑顔になってしまう。
「へぇ、可愛い女の子じゃない」
「だろだろ!?」
私としては何気なく感想を言っただけなんだけど、言った途端ブランクが急に身を乗り出してきた。写真が映った「すまほ」っていうのを「もっと見ろ!」とばかりにグイグイと私の顔に近づけてきて、ブランクの顔も荒い鼻息がかかるくらいに近くって、なんというか、うん、圧がすごい。
「いやー! やっぱ誰が見ても可愛いよな! 生まれた時から思ってたんだよ、俺に似ず絶世の美人さんだって! 我が子ながらもう可愛くて可愛くて可愛くて可愛くてさ! この空前絶後の超絶可愛さを狭い世界に閉じ込めとくのがもったいない! むしろ世界の損失だと思わねぇ? な?」
「あ、その子アンタの子供なんだ?」
良かった。人間の可愛い幼女を構わず誘拐するような不良精霊じゃなくって。
「でさ、でさ! こっちの写真も見てくれよ! これが初めて笑ってくれた時の写真で! で、これが初めてつかまり立ちして得意げな顔! んでこれが、『だっこ~』って甘えてきた時の写真で、そんでそんでこれが――」
「はいはいはいはい! 分かった、分かったから!」
とりあえずブランクが超絶に親バカなのは分かった。そこは理解できたのでエンドレスな子供写真ショーを無理やり中断させ、残ったジョッキの中身を飲み干してからまたブランクにパシりさせて頭を冷やさせる。
「んで? 親バカブランクが召喚に応じた目的は私に子供の可愛さを見せびらかしたかったってことでオーケー?」
「ま、それも目的の一つじゃあるな」
ガチで目的だったんかい。思わず心の中でツッコんだ。
「あっそ。ならそんな可愛い子ほっぽらかしてないで、さっさと召喚を解除して還ってあげなさいよ」
「ああ、そりゃ大丈夫」
「なんでよ?」
「もう死んじまったからな」
唐突に発せられた「死」という単語に、思わず耳を疑って顔を上げた。
ブランクは子供の写真を見つめながら微笑んでる。けど、サングラスの奥の瞳は果たしてどんな色を帯びているのだろうか。そんなことを考えて、なんと言葉を掛けていいか分からず口ごもってると彼はその写真をしまって、また私にニッと笑いかけた。
「気にすんな……って言っても気になるか。
この子が死んだのはちょうど小学生になった頃――七つになる年だったか。ある日、行方不明になってな」
お互い酒をチビチビと飲みながら彼が話してくれたところをまとめると、だ。
彼の娘――イチカと言うらしい――がある日学校から帰ってこなかった。すぐに通報して警察も探したけど見つからない。やがてブランク自身も独自にいろんなルート――それにはおおっぴらには言えないような手段も含まれるらしい――を使ってずっと探し回り、やがて十年もの年月を経てようやく糸口を掴んだ。
「とあるマフィアがあの子を誘拐したらしいってことが分かったんだ。どうやらイチカの魂ってのは普通の人間とは違って特殊らしくてな。当時の俺にはまったく理解できない話だったんだが――」
イチカちゃんの魂は、なんでもとんでもない魔力を内包してるんだとか。それを利用するためにマフィアが彼女を誘拐し、利用し尽くして――ブランクがたどり着いた時には過酷な負荷のためにすでに死んでしまった後だった。
誘拐したマフィアのボス、そして組織を叩き潰したけど、当然彼の心は満たされない。
なぜそんな運命を我が娘が背負ってしまったのか。理由がどうしても知りたくてブランクが徹底的に調べた結果分かったのは、イチカちゃんの魂はいろんな世界に流れ着いてはその力ゆえに過酷な運命を引き寄せて非業の死を遂げ、そしてまた別の世界に渡っては同じように誰かに利用されて、というのを繰り返してるってことだった。
世界が変わっても似た運命を繰り返す。何とも悲しい存在で、聞いてるだけでも胸が痛くなる。
「――でさ? やっぱりそんなの救われないじゃん? だからさ、親である俺としては安らかに眠らせてやりたいわけよ」
だからブランクは自身を世界に売り飛ばした。分散と集合を繰り返す彼女の魂を集めるために。人としての存在を捨て、彼自身も精霊になっていろんな世界に召喚されて利用されつつ、散らばったイチカちゃんの魂を回収し続けてるらしい。
ということは、だ。
「この世界にもイチカちゃんの魂があるってこと?」
「ああ、それが俺が召喚される理由だからな」
「で、貴方はそのイチカちゃんの魂を集めるのを私に手伝ってほしい、と」
「そゆこと。話が早くて助かる」
「って言われてもねぇ……」
そんな話を聞かされたら手伝って上げたくなる。それは本心ではあるんだけど、私には私の事情があるし、ブランクを手伝ってばかりもいられない。
「別に期限があるわけじゃねぇ。早いに越したことはねぇけど、こちとらもう人間を辞めた身なんでな。ま、シャーリーが死ぬまでに見つかりゃいいくらいの気持ちさ。だからアンタが暇な時に手を貸してくれりゃ俺ぁそれで十分」
「つまり私は死ぬまでアンタに付きまとわれると」
「悪い男に引っかかったと思って諦めてくれ」
まったく。切羽詰まってたとはいえとんでもない奴を召喚しちゃったわね。退屈しなくなるだろうから構わないけど。
タバコを吸いながらこれ見よがしにため息をついてやると、ブランクは笑ってた。まあ――こんな人助けも悪くない、か。相手は人じゃないけど。
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