2-1.どう見ても人間よねぇ……
「はーい、ビールジョッキ二杯お待ちどうさんっ!!」
にぎやかな酒場のカウンターに私の顔くらいあるおっきなジョッキが二つ並べられた。それを両手に抱えて、陽気に騒ぎ回る酔っ払いたちの間をうまいことすり抜けていくと、テーブルで待ってたブランクが手を上げて場所を教えてくれた。
「はい、おまたせ」
「きたきた! 召喚される先々でこうやって酒とつまみを楽しむってのが堪んねぇんだよなぁ!」
サングラスの奥で目を嬉しそうにニマニマさせると、手をパチンと叩き鳴らしてから「いただきます!」って少し頭を垂れた。聞き慣れない祈りの言葉に首を傾げる私を他所に、ブランクは早速並んでた串肉を一口頬張り、今しがた持ってきたビールで一気に流し込む。喉を鳴らして一気にジョッキの半分近く飲み干すと「かぁーっ! うめぇ!」と実に美味しそうに吠えた。もうだめ。人前じゃ控えようと思ってたけど我慢できない。
「おっ?」
別にブランクと競ってるわけじゃないけど一気にジョッキの中身を飲み干していく。炭酸と苦味が喉の奥で弾ける度になんというかこう、今日一日の疲れが押し流されていくみたいでたまらないのよね。
空っぽになったジョッキをテーブルに叩きつけて、口元を拭って大きなため息をつく。ダメね、一杯じゃ到底足りないわ。ま、分かってたことだけど。
「ひゅー、良い飲みっぷりだねぇ」
「ブランク。おかわり」
「へいへい、かしこまりましたよお嬢様」
当然素寒貧のブランクにお金を渡して酒を取りに行かせる。
さて。ブランクは酒にはおつまみらしいけど、私はちょっと違う。
「やっぱ酒のお供はこれよね」
ポケットから出したのはシガーケース。中から一本を取り出して、魔術で火を点けて静かに吸い込んだ。アルコールで少しふわっとした感覚が、タバコでキュッと締まる感じ。これが堪んないのよね。
「なんだ、シャーリー。アンタもタバコ嗜むのかよ」
「何よ、悪い?」
思ったより戻ってくるのが早かったブランクについ悪態をついてしまう。ビールは……ジョッキ三つ。ちゃんと分かってるじゃない。
「そりゃあの飲みっぷり見たら一杯じゃ足りねぇって分かるに決まってんだろ。
タバコに関しちゃ人の嗜好に口出しするのは俺の趣味じゃねぇからな。体に悪いから程々にしとけって忠告だけにしとくさ。それより俺にも一本くれよ」
「体に悪いんじゃなかったの?」
「体に悪かったら止めるのか?」
違いない。別に破滅願望があるわけじゃないんだけど、体に悪いからって止められないのよね。
ブランクに一本タバコを渡すと、彼もまた魔術で火を点けて一吹かし。酒とテーブルの肴をつまみながら何とも楽しそうだ。
「ところでよ、良かったのかよ?」
「何がよ?」
「いや、現場だよ。ほっぽらかして逃げちまったけど問題ないのかって。俺から提案しといてなんだけどよ」
すべての後始末を諦めて焼け野原を逃げ出した私たち。近くの町で宿を取って、こうして酒場で英気を養っているというわけだけど……まあ、別に問題ないとは思ってる。
「よくよく考えたら、戦場の周辺環境保護なんて私の仕事じゃないもの」
そこら辺は普通は軍が考慮するものだ。一応私も軍属という扱いにはなるんだけど、配慮こそ必要でもそこまでの責務は課されてない。
「そもそもその軍自体が職場放棄で逃げちゃったわけだし、連中のケツを拭いてやる義理もないわ」
まあ、マスターから聞いた情報によると逃げた連中は隣町近くで野営するらしいから、後で代償は払わせてやろうとは思ってるけど。
私の仕事はあくまで魔物を駆逐すること、そしてこの国の人たちの命を守ることだけだし。それに、あの場には私たちしかいなかったわけだから、街道をボコボコにしたのが私たちか魔物かなんてわかりゃしない。
「たまに火を吹く魔物だって出てくるし、ブランクのセリフじゃないけど全部魔物のせいにしちゃったってバレやしないわよ」
そううそぶくとブランクは納得したのかこれ以上ツッコんでも無駄だと思ったのかは分かんないけど、また酒とタバコと肴を一人楽しみだした。その姿をジョッキ越しに私は眺めていると、視線に気づいたブランクが振り向いた。
「なんだ? 美人に熱い瞳で見つめられちゃあ気になってしかたねぇんだけど?」
「はいはい。お世辞どうも」
私の瞳は熱いどころか結構涼しめだと思うんだけど。まあそういう軽口も含めて思うのは、だ。
「精霊どころか、どう見ても人間、よねぇ……」
態度、細かい仕草に思考。どこをどう見ても精霊の要素のかけらもなくてまるきり人間としか思えない。
ブランクが精霊なのは、私との魔力的な繋がりが通じてるうえにちゃんと姿を消せることからも確かだ。一方で召喚が解除できなかったりだとか、召喚しっぱなしなのに魔力を全然消費しないとか色々とツッコみどころは満載なんだけど。
これでも私は一端以上の精霊師だって自負はある。でもそんな私でもわからないことだらけ。こんなことは当然初めてだ。王都に帰ったらナタリアにも相談してみようかしら。
「来る途中も言ったけど、元々人間だからな」
「えーっと、『ニホン』って場所だっけ?」
道中に聞いた話によればこことはぜんぜん違う、孔がつながった先の異世界ともまったく異なる世界で人間として生きてたらしいんだけど、その後に世界を渡る存在になったとかならないとか。正直言うとブランクの話は私からしても突飛な話ばかりで理解がまったく追いつかない。
相当前に、何かの書物で極稀に異なる世界の精霊を召喚した事例とかが説明されてるのを読んだことはあるけど、まさか自分がそうなるとは思っても見なかったから中身もたいして覚えてない。なのでとりあえずブランクは、こことはまるっきり違う場所からやってきた変な精霊ってことで納得することにした。というか理解を放り投げた。
「そそ。ま、人間として生きてたってのもずいぶん昔だけどな」
「昔ってどれくらいよ?」
「そーだなぁ……四十年くらいはもう経ったか? 精霊になると時間の概念が弱くなってね」
「四十年、か……なら精霊としては駆け出しも駆け出しね」
にしても、それにしてはずいぶんと力のある精霊よね。普通精霊は年数を重ねるごとに成長していくもので、たかが四十年ならそこらの妖精がイタズラするレベルでしか世界に干渉できないってのに。世界が違うと常識も違うのかしら。つくづく不思議な存在ね、とすでに三杯目のジョッキを傾けながら思う。
「で、その変わり者の精霊サマは私に何をしてほしいのかしら?」
召喚が解除できない、ということは精霊側が解除を拒んでるってこと。普通はそんなことありえないけど、それ以外に考えられない。ならブランクに何か望みがあって、それを私に要求してるんだと思う。
するとブランクは「よくぞ聞いてくれた」とばかりにニヤッと笑った。そして上着のポケットから取り出した四角い何かを私に差し出した。
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