1-4.お眼鏡に適ったかい?
光が、瞬いた。
目がくらむほどの閃光が私の瞳を焼いて、何かが砲身から飛び出していくのをイカれた視界が微かに捉えた。それが魔物の大きな口の中に飛び込んでって、次の瞬間には凄まじい爆音と突風が私たちへ押し寄せてきた。
あまりの勢いについ反射的に目をそらしてしまったけど風が収まるとすぐに視線を戻す。煙が立ち込めてて、やがてそれが晴れたら――魔物の黒い脚と尻尾だけが地面に転がっていた。
程なく、残った脚と尻尾も風に流されるように消えていって、私を喰らおうとしてた魔物の姿はもはやこの世の何処にも存在しなくなった。
「一撃……!?」
もはや笑うしかない。精霊ならこの程度できるだろうけど、精霊を呼んだ様子もないしブランクがいったい何をしたのかまったく見当もつかない。
でも確かなのは彼は強力な味方で、たぶん彼がいる限り私は助かる。そう思わせてくれるくらいに今の光景は衝撃的だった。
「さぁて、でかいのは片付けた。後は雑魚を片付けるとすっか、シャーリー」
「っ……ええ、そうね!」
病は気から、なんて言うけど体力もひょっとしたら気力次第なところもあるのかもしれない。厄介な敵がいなくなったからか、それとも一緒に戦ってくれる人がいるからかは分からないけど、どちらにせよさっきまで立っているのも億劫なくらいだったのに、今はいつまでだって戦い続けられそうだ。
落ちてた気分が高まっていく。気持ちを昂ぶらせる魔術は使わなくても大丈夫。剣を握り、手始めにいくつかの魔術を放つ。着弾して小型の魔物が吹っ飛んでいって、それを合図に私は大量の敵めがけて走り出した。
「はあああぁぁぁぁぁぁっっ!!」
雄叫びを上げながら敵のど真ん中に飛び込むと、ひたすらに剣を振り回す。
斬る、斬る、きる、キル。余計なことは考えずに思考はシンプルに。三方から襲いかかってくる黒い魔物をただ一撃で斬り裂くことだけに特化していく。
そしてそれができるのも、ブランクが背中を守ってくれてるから。出会ってまだ十分も経ってないし当然共闘するのも初めて。なのに長年連れ添った相棒みたいに私の動きに合わせてくれてた。
横目で様子を覗えば、手にはいつの間にか大型の拳銃。遠くの敵にはどんどん弾丸をぶち込んで、接近してきた魔物には蹴りを織り交ぜた体術で撃退していく。さらには彼の周りにもたくさんの銃が浮かんでて、それらが撃っては消えてを繰り返して敵をどんどん削っていく。
銃の形もだけど、銃を生み出して攻撃するなんて見たことない術だ。彼のことは興味が尽きないけど、なんにせよ生き残ってから。
(……久しぶりかもね。何かを楽しみに生き残りたいなんて思うのは)
いつもと同じく終わりの見えない戦いを続けながらそんなことを考える。敵を斬り殺しながら、戦闘の昂ぶりとはまた違った笑みがついこぼれた。
「ったく! 雑魚相手に無双ってのも楽しくはあるけどよ! こうも多いんじゃ飽きちまうな!」
「体力だけは使うから! 寝不足の心配がなくて健康的よ!」
「違いねぇ!」私の軽口に笑ってからブランクが尋ねてきた。「ところでシャーリー! お前、空って飛べるか!?」
「突然何よ!? 魔力がたっぷりならできるだろうけど今は無理! せいぜいしばらく浮かんでるくらいしか……」
「それで上等だ! ってことで一つよろしく頼む!」
「しょうがないわねっ! 何するつもりか分かんないけど分かったわよ!」
状況が今より悪くなる要素なんてないだろうし、ブランクの頼みに乗ってやろうじゃないの。
ブランクと背中を合わせた瞬間を見計らって彼の体に腕を巻きつける。見た目の細さに反して意外と筋肉質な感触に驚いたけど、何食わぬ顔で真上へ跳躍した。
新しく精霊を召喚して、風の力で私たちを上空へと打ち上げてもらう。みるみるうちに地上に群がる魔物たちが離れていって、集団が一つの巨大な塊にしか見えなくなっていく。
「どうすんの!?」
「こうすんだよっ!」
体を抱き支えながら叫べばブランクがまた何かを唱えた。そうして現れたのは――今度は砲身が短い大砲みたいな武器だ。どうやら上空から魔物たちめがけて撃つらしいけど……でも威力はどうなのかしら? 最初にぶっ放した武器に比べればサイズも小さいし、あんまり強そうには見えないけど――
「ひっさびさに召喚されたんだからな! 派手に行ってやるぜ!!」
「ヒャァッハー!」なんて頭の悪そうな掛け声を上げながらブランクが両肩に担いだ武器――らしきものの引き金を引いた。大砲に近い見た目からすごく反動が来そうだと思って身構えてたけど、予想に反して反動はほとんどなし。こんなんで威力は大丈夫なんだろうか、と思ってたら。
「うっそぉ……」
あっという間に地上は火の海になった。
とんでもない爆発音と広がる爆風に影の魔物たちが次々に飲み込まれてく。炎がそこら中に伸びて、巻き込まれた魔物たちの耳をつんざく叫びが響き渡った。その威力と範囲には私も唖然とするしかない。イフリルでもこんな広範囲の敵を飲み込むのは無理かも。
「……ごめん、ブランクのこと舐めてたかも」
「別に。こいつは見た目は派手なんだけどな、威力そのものはそこまでたいしたもんでもねぇんだよ。とはいえ、雑魚程度なら気持ちよーく一掃できるから便利なんでね。今回、景気よくぶっ放してみたわけなんだが……連中には十分だろ」
雑魚とは言っても魔物は魔物だ。人間なら簡単に食い殺すし、生命力だって並の生物よりはよっぽどある。そいつらを一掃しといて「たいしたもんじゃない」とは、世の中の魔術師に全力で助走つけてケンカ売ってるようなものだ。
それはそれとして。数分もすれば煙も収まって、広がった火の海も完全に消えていた。地面にはそれなりに大きなクレーターが刻まれて、まばらに林立してた木々は燃やし尽くされてきれいな荒野が出来上がってる。そして、アレだけウジャウジャしてた魔物たちの姿も綺麗サッパリなくなっていた。
「これで一丁上がりってことで良いか?」
いい加減浮き続けてるのもキツくなってきたので、まだ焦げ臭さが残る地上に降りて見回す。視界には当然敵の姿はなくって、妖精たちに尋ねてももう残ってないみたいだ。
「そうね。もう大丈夫そう。二人で戦っても夜中までかかると思ってたのに、まさか陽が落ちる前に終わっちゃうなんて」
「召喚主サマのお眼鏡に適ったかい?」
「ええ。十分すぎるほどにね」
未だブランクがどこのどいつで何者なのかまったくさっぱり分からないんだけど、それでも魔物は全部倒せて近くの町に被害が出なかったのであれば何も問題はない。百点満点の結果である。
――と言いたいところなんだけど。
「ねぇ、ブランク?」
「なんだ? 頑張った俺にご主人サマからキスのご褒美でももらえんのか?」
「そうね。大ピンチを救ってもらったわけだし、魔物も一掃できたわけだから頭ナデナデくらいしてあげてもいいかなって思いはしたんだけど」
「だけど?」
「ここって、街道なのよね」
二人そろって辺りを見回す。
すぐ足元にはキチンと整備された道がある。いや、あった。
馬車や自動車が走りやすいようにお金と時間をかけて整えられた、ここヴェルシュ王国と隣国のリューベリック王国をつなぐ主要な道。田舎ではあるんだけど、平時なら多くの馬車が定期的に走ってる街道だ。
が。その立派な道も今となってはボロボロでデコボコ。あちこちの地面がえぐり取られてもはや街道の面影はなくなってしまってるし、辺り一面はすっかり焼け野原。これもブランクの類まれな働きのおかげである。まあ、彼を責めるわけにはいかないんだけどね。
「これ……どうしよっか?」
「心配すんなって」
途方に暮れた私をブランクが励ましてくれる。戦闘の時も見たことない魔術を使ってたし、ひょっとしたらコイツ、あっという間に修復できるようなすごい魔術も使えたりするのかしら。
期待のこもった瞳でブランクを見上げる。すると彼はポンと私の肩を叩いて、それからものすごく爽やかないい笑顔を浮かべた。
「ずらかりゃ、誰も分かんねぇって」
――程なく私たちが無言で走り出したのは言うまでもない。
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