6-5.いってきます、お父さん
暗かった世界に光が差し込んでくるのを感じた。
初めは抵抗してた暗闇も徐々に強まってくる光には敵わない。意識の全体がじわじわと黒から白へと色を変えていき、ついには鮮烈な光が食い破って私を包み込んだ。
「んん……」
目を開ければ窓から光が差し込んでいた。カーテンもないから朝日がもろに当たって私を強制的に覚醒させてくる。二度寝なんてする余地を微塵も残してくれなくて、なのでそれはそれでいいんだけど……ちょっとベッドの位置変えようかしら。朝イチでこれは少々体に毒だと思う。
「んあ~……んっ!」
ベッドの上で体を起こして思いっきり伸ばす。ベッドの寝心地が悪いせいか体のあちこちが強張ってしまってて、伸ばす度にいろんな場所からバキベキと音が鳴った。
スッキリしたところでベッドから飛び降り、洗面台に行って顔を洗う。簡単に身だしなみを整え、台所でお湯を沸かして立ったまま紅茶を楽しむ。これが最近の私のモーニングルーティンだ。
一通り日課を終わらせて部屋に戻れば、椅子の上からいびきが聞こえてきた。
回路を通じて魔力を無理やり通すと、消えていた姿が実体化していく。そこには脚をボロボロのテーブルに乗せ、椅子を斜めに傾けた少々アクロバティックな状態で眠るサングラス姿のおっさんがいた。ホント器用なこと。
そのおっさんが少々のことでは壊れないと知っている私は、椅子の脚を容赦なく蹴り飛ばす。すると奇跡的なバランスで成り立っていた均衡はあっけなく崩れて、椅子の人物が「ふぎゃっ!?」と悲鳴を上げた。
「目は覚めたかしら、ブランク?」
「いってて……お前なぁ、俺じゃなかったら病院送りになってるぞ?」
「病院送りになる心配がないってステキよね」
チョーカーが無くなって本来の私を取り戻したわけだけど、ブランクにしかこんなことしないわ。さすがにそこまでサイコパスじゃないつもりよ。
「ほら、早く起きて。テーブルの上片付けといてね」
ブランクを引き起こし、そう言付けて台所へと戻っていく。と、その途中で「シャーリー」とブランクに呼び止められた。
「なぁに?」
「いや、挨拶してなかったと思ってな。おはよう、シャーリー」
軽く笑みを浮かべたブランクから朝の挨拶をしてもらい、私からも自然と笑みがこぼれる。そしてフフッと小さく笑い声を漏らしながら私も短く応じるのだった。
「おはよう、ブランク」
フライパンの上でジャーっとベーコンと卵が焼ける音が響く。
「よっ!」
調子に乗ってフライ返しを使わずに手首の返しだけで中身をひっくり返そうとすると、見事に卵が宙を舞った。フライパンから逃げ出したそいつは、コンロ代わりに使ってる魔術の炎にダイブしてあっという間に炭と化していく。貴重な食材を一つ無に帰した私は、無言で新しい卵をフライパンに投入し、何事も無かったように皿に盛り付けていった。
「できたわよ」
「おう、パンも焼けてるぜ」
何食わぬ顔で皿を二つ持って部屋に戻るとテーブルの上はキレイに片付けられて、まだ新しい皿の上で昨日買ってきたパンが香ばしい匂いを漂わせていた。
「いただきます」
「いただきます」
パンにベーコンに卵、それにコーヒー。由緒正しい朝食を並べ、ブランクと二人向き合って食べ始める。ここのところブランクが生前にやっていた食前のお祈りを私も真似てみてるけど、不思議とすぐに馴染んだ。
「今日の予定は? 昨日の続きってことで良いか?」
「ええ、もちろん――旅立ちの準備を進めましょ」
思う存分議場で暴れてからだいたい一週間くらいが経った。
王女の立場を叩きつけて返上してやった以上寝泊まりを王城でするわけにもいかず、あの日以来私たちは北街にある私の生家で生活している。
元々がこの街の人たちに破壊されてボロボロだった上に、長年放置してきたせいで荒れ果ててたから最初の数日はその補修に追われてた。なにせ屋根なんて飾りだしガラスは割れてるし壁は穴だらけ。一時的な宿だとしたって限度ってものがあるわ。まあ放置してた私が悪いんだけど。
そんな生家だったわけだけど、一通りの補修が終わると一応住める環境にはなったので満足してる。とはいえ、これ以上大規模な修繕をするつもりはない。
修繕作業を進めながら考えた末に、私たちはこの国を出ることにした。目的地は決めてない。ただ気の向くまま、世界を流れてみようと思う。もっとも、目的はハッキリしてるんだけど。
「イチカちゃんの魂を集めなきゃならないしね」
ブランクの目的である、散らばったイチカちゃんの魂の収集。ブランクは私の寿命が尽きるくらいまでに見つかればいい、なんて気長なことを言ってたけど、世界中を旅していけばきっとそのうち見つけられるはずだ。
そんなわけでここ数日は旅立ちの準備を進めていた。当分の食材集めに食器や調理道具などの旅の必要品、いくつかの衣服とそれに――
(お父さんとお母さんも一緒に、ね)
タンスの上に置かれた写真立て。旅立ちの時は忘れずに持っていかなきゃね。
そんなこんなで、ブランクと手分けして残った家財の処分や荷物整理を進めている。旅のお金は無いんだけど、まあなんとかなるでしょ。
「そういや、街の連中の様子はどうだ? アンタを見る目くらいは変わってたかい?」
「一応ね。ま、誰も寄ってこないことには変わりないんだけど」
そうそう。あれだけ暴れまわって脅したからか、私に関する事実は数日前にヴェルシュ王国全国民に向かって布告された。
当然父に対する名誉も回復し、私も正式に王女という立場、そして国の犬としての責務を放棄することが発表されて、晴れて自由の身になったというわけである。なお、最初の発表草案だともうちょっと王や議会が責任を逃れるような「お化粧」をされてて、そのせいで意味がわからない内容になってたから、実際に議会の一部をふっ飛ばしてやった。その結果が今回の全責任を認めたスマートな発表である。スマートってステキ。
なお、孔に関する真実を引き続き極秘とすることは認めた。私はお父さんの評価を回復させたいのであって、むやみに混乱を引き起こしたいわけじゃないし。
ともあれ、これにて父は裏切り者という立場からようやく解き放たれた。そして私も不当に貶められてたという事実が国民の知るところになって、これまで向けられてた周囲からの侮蔑の目も消えた。もっとも、冷たい視線は感じなくなったものの、みんな後ろめたい気持ちがあるのか今度は誰も私に目を合わせてくれなくなったんだけどね。
一応チラチラと遠巻きには私を見てはきて、けれど私と目が合いそうになるとさっと目を逸らして気づかなかったフリをし始める始末。なもんだから、結局のところ事実が公になる前と後であんまり変わってなかったりする。なお、今のところ冷たくしてた国民たちからは誰一人として「申し訳なかった」の一言ももらってない。
「はぁ……アンタの守ってきたもんを悪く言いたかないが、なんつーかクソみたいな話だな」
「良いのよ。別に期待してないし」
そもそも謝罪してくれるような人たちだったら父が処刑されたからって手のひら返しで怒ったり、その怒りを私にぶつけたりなんてしないし、私が一人寒さや飢えで苦しんでる時にも手を差し伸べてくれたはず。残念だけど、そういう国民性なんでしょ。
「それでもまだ魔物退治にゃ協力すんだろ?」
「ええ、もちろん」
だからといって精霊師であることに変わりはないし、さすがにいきなり魔物や孔のことを放置してしまうわけにはいかない。引き続き魔物退治には積極的に協力はするし、国を出るまでに武器に強い精霊を付与したりだとか、少なくとも私がいなくても何とか戦えるよう戦力強化にも協力はするつもり。
「あんだけの事されといてまだ協力するとか、アンタも物好きだねぇ」
私だって「クソくらえ!」とか思ったりもするけれど、だからって完全に手を引いて国がボロボロになるのも後味が悪すぎるじゃない?
「ま、シャーリーがそれで良いなら俺から文句はねぇさ。
後は……旅立つまでにアシュトンとかにもちゃんと挨拶しとけよ?」
もちろん。それからナタリアにも。ああ、後はターナにも手紙書かなきゃ。
発表がされるとアシュトンは真っ先に私のところに来て喜んでくれた。その時はまだ今後の身の振り方を決めてなかったから旅に出ることは伝えてない。
一番の親友と離れ離れになるのは寂しいけれど……でも私を縛るものが無くなった以上、この国に留まっておく必要はない。それに、別にもう二度とここに帰ってこないわけでもないし、ちゃんとそのことも伝えておかないと。アイツ、ちょっと早合点するところもあるから。
「ごちそうさま。さて、と。それじゃ旅の準備をちゃっちゃと進めちゃいましょ」
朝ごはんを食べ終わるとお皿を持って立ち上がる。出発に向けてまだまだやることは山積みだ。別にいつまでに出発するなんて決めてないから急ぐ必要はないんだけどね。なんとなく落ち着かないから、準備は早く終わらせてしまいたい。
食器を手早く洗って外出用の服に着替える。そしてタバコで一服してたところで家の扉がノックされた。
「はいはい、どなた?」
ドアを開けると、緊張した面持ちの軍人たちが数人立っていた。全員厳しい顔をして私を見下ろしているけれど、どこか怯えが見えてちょっと吹き出しそうになる。先日の大暴れが効いてるのかしら?
「何か用かしら? 忙しいんだけど」
「実はお願いがありまして……」
「何?」
「再び『孔』が生じました」
ははぁ、なるほど。読めたわ。
「どうやら我々軍だけでは対処できない規模のようです。すでに関係のない貴殿に依頼するのは心苦しいのですが……ご助力頂けないでしょうか?」
「いいわよ。行きましょ」
私があっさりオーケーすると、軍人たちが拍子抜けした顔をした。
私が拒否すると思ってたのかしら。一応軍にも、今後もできる範囲で協力するって伝えてはいるんだけど。
「やれやれ……なら俺も一仕事するとしますかね」
「頼りにしてるわ、ブランク。こんなタイミングでぽっくり死にたくないからね」
「安心しな。何があってもアンタは守ってやるさ」
「ブランクがそう言ってくれるなら安心ね」
というわけで最後……かどうかは分かんないけど、国にご奉仕してやるとしますか。
軍人たちを一旦帰らせ、手早く戦闘用に装備を整えていく。まだ持ってた軍服に着替えを済ませ、ロケットを首にかける。剣を腰に差し、家のドアを開けたところで私は一度奥のタンスへ振り返った。
「――いってきます、お父さん」
やることはいつもと一緒。
でも立場も心持ちもこれまでとは違う、新しい私の人生の始まりだ。
「よしっ、んじゃ行くわよ、ブランク!」
「あいよっ!」
頬を軽く叩いて気合を入れ、声を張り上げて元気よく私は家を出ていったのだった。
episode4――完
ここまでお付き合い頂き、誠にありがとうございました<(_ _)>
これにてエピソード4が完結し、この後もシャーリーたちは新たな道へと進んでいきます。
キリが良いところまで来ましたので、誠に勝手ながらここらで一旦お休みとさせて頂きたく。
というのも、実は別の書きたい物語がありまして。本作の途中ですが、一旦そちらに注力させて頂ければと思います。
誠に勝手ではありますが、何卒ご理解頂ければ幸いです。
引き続き拙作をご愛顧頂けましたら幸甚です<(_ _)>
読んでみて少しでも「面白かった」「続きが気になる」などと思って頂けましたら、画面下部の☆評価、画面上部の「ブックマークに追加」などで応援頂けると励みになります。
何卒よろしくお願いいたします。
 




