6-4.分かってないから教えてあげる
「さて、ワグナール王。まだ何か申し開きはありますか?」
「くっ……誰か、誰かこの者を捕らえよ! 誰かおらぬのか!?」
「王たる者が……見苦しいのよ!」
迷いはない。握りしめた拳を王の右頬めがけて叩きつけると、その老体が簡単に椅子から転げ落ちていった。
床に倒れたワグナールの胸ぐらを掴み上げ引き起こす。冷徹に王の目を覗き込めば、怯えた瞳があった。
お構いなくもう一発、反対の頬を殴りつける。さらに一発、もう一発と打ち据えて、最後に思い切り拳を振り抜くとワグナールの体が壁に叩きつけられ、気を失ってその場に崩れ落ちる。その姿にもはや王としての威厳は微塵もない。
「殺しても殺し足りないくらいだけど、本当に殺したらいろいろ面倒だからこれくらいで許してあげるわ」
ホント、下で縛られてる連中含めて生きてられることに感謝してほしい。事件に直接関わった奴らをにらんで鼻を鳴らすと、そこに大きな笑い声が響き渡った。
「ひゃっはっはっは! よぅ、クソ親父! いい気味だな! 玉座から転げ落ちた気分はどうだ……ってもう聞こえちゃいねぇか! 情けねぇ姿だなぁ!」
ネザロは口を醜悪に歪めながらワグナールに寄ってきて、その倒れた体を容赦なく踏みつけた。
「こういうのを因果応報って言うんだろうなぁ? おふくろが死んだ時から悪党だ悪党だって思っちゃいたが、まさかここまでの悪党だとはさすがに俺も思わなかったぜ。けどこれで正真正銘お終いだな。ジジイはもうすっこんでベッドの上で余生を過ごしな。後はこの俺が国を引っ張っていってやるぜ。どこに向かってくかは知らねぇけどな? ぎゃははははっ!!」
……理由は知んないけど、コイツの王に対する憎しみも大概よね。たぶん王に毒を盛ったのもコイツだろうし、これだけ悪態をつけるって相当だわ。ま、もう私には関係ない話だけど。
とはいえ。
「そう、因果応報よ……ねっ!」
「ぎゃっ!?」
意識のないワグナールに向かってケタケタ笑い続けるネザロもぶん殴る。ともすればワグナールよりも力を入れて。アンタも私に散々な目に合わせてくれたからその御礼よ。
ネザロは吹っ飛んでって階段の奥に消えた。けたたましい音を立てて、そのまま這い上がってくる気配はない。ま、若いんだから生きてるでしょ。
「……」
「ごめんなさい、ナタリア」
ナタリアは呆然と自分の父と兄の姿を眺めてて、私は目を伏せ一言だけ謝罪して前を通り過ぎる。本当にごめん。でもね、こればっかりは譲れなかったのよ。
胸の内で謝罪すると、後ろから「ごめんなさい」とか細い声が聞こえた。いいのよ、貴女が謝る必要はないわ。
「さて――」
階段下で伸びてるネザロを踏みつけて演壇に戻ってくる。一連のやり取りを議場にいる連中は他人事みたいに黙って眺めてたけど――
「――貴方たちも許されるとは思わないでね」
我ながら恐ろしく冷たい声が出た。微かにあったざわめきがピタリと止んで、固唾を飲んで誰もが私を注視してる。
「知らなかった、なんて言わせないわ。貴方たちも同罪よ」
「……我らも同じように殴られれば許してもらえるのか?」
「まさか」誰かが発した声を鼻で笑う。「許されるなんて夢物語、さっさと捨ててしまいなさい。王だって許したわけじゃないわ。ただ殺した方のデメリットが大きいから生かしておいてあげてるだけ。それは貴方たちも同じよ」
しかしまあ、本心を言えばここにいる全員の顔に思い切り拳を叩き込んでやりたい。けどこれだけの人数にそんなことするのは面倒だし時間の無駄だ。
「その代わり――全員で国民に対して真実を発表しなさい。父が無実であること、王と貴族が結託して父を陥れたこと、そして議会もそれを容認したこと。すべてよ。洗いざらい告白しなさい。一片でも都合の良い部分があったら容赦しないわ」
「そ、そんなことしたら……!」
「ヴェルシュ王国そのものが崩壊しかねん!」
「貴様は自分が何を言ってるのか分かっているのかっ!?」
ゴタゴタと議員たちが貴族・平民問わず騒ぎ出す。はぁ、まったく……まだ分かってないようね。
間抜け面で喚く議員たちの頭上に向けて魔術を一発ぶっ放す。天井にはいったいいくら税金を使ったのよって言いたくなるくらい無駄に豪華で巨大なシャンデリアがあって、根本の天井が破壊されると、その重みに耐えられず落下した。
議員たちの目の前で砕け散る。ガラスが割れる時独特の甲高い悲鳴じみた音が響き、さえずりまわる連中の口が閉じた。
「分かってないから教えてあげるわ」
砕けたシャンデリアだったものを踏みしめながら改めて全員をねめつける。左手が首元のロケットを握りしめ、私の体が輝き出す。
「いつまで私を従順な犬だと思ってるのかしら? 私を縛るものはもう何も無いの。魔力も、反抗の意思も貴方たちに抑え込む術はない。貴方たちがその権力で父と私の人生を蹂躙したように、今から私が貴方たちを力で蹂躙してやったっていいの。
気に食わない? いいわ、反抗したければ反抗すればいい。軍隊でもなんでも向かわせなさい。すべてを捻り潰してあげる。もっとも――」
光と幾何学的な文様が私を包み込み、やがて背後に二体の大精霊――イフリル、そしてナイアードが現れた。
仲が悪い二体の大精霊だけど、今この場だけは仲良くその存在感を派手に撒き散らして、この場にいる全員を威圧していた。
「その時は――望み通りこの議会ごと王都の中心を更地にしてあげるわ。だからそれ相応の覚悟を持ってやってきなさい」
それじゃ、良い回答を待ってるわ。
誰しもが返事をする勇気もなく黙りこくる中、ブランクと並んで私は荒れ果てた議場を後にした。
誰に引き止められるでも、咎められるでもない。これで私は自由になった。
何もないことにまだ慣れない首元を指先で撫でつつ、その事実を実感する。けど、これからどうしようかしらね。要求だけは突きつけてやったけど、実はその先のことは何も考えてなかったり。
「焦ることはねぇ。これからじっくり考えりゃいい。なにせ時間は腐るほどあるんだからな」
「時間はあってもお金は無いんだけどね」
しまった、お金も要求すればよかったか。ま、いいわ。別にお金がほしいわけじゃないし。ブランクの言うとおり、のんびりとこれからのことを考えましょ。
これまで背負っていた荷物がなくなって背中が軽くなったのを感じる。そして王城ではなくて、本来住んでいたはずの北街へと私たちは帰っていったのだった。
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