6-2.簡単な提案をさせて頂くだけ
真実を聞かされ、悩むことを決めてから数日が経った。
「えー、であるからして我々としては――」
王城の地下に作られた巨大な議場。今日、私はそこに王族の一人として参加していた。
王やネザロ、ナタリアは用がない限り普段から列席してることが多いけど、私がここに座るのは何年ぶりだろうか。
特に何も言われないから今までほとんど出席しなかったけど、今回に限っては私の方から出席すると議長である公爵に伝え、すると怪訝な顔をされはしたものの、王族は可能な限り議会には出席する規則になってるからか特に咎められることも無かった。
すり鉢状になった議場の一番低い場所で、議員の一人が先程から眠そうな声で淡々と手元の文章を読み上げている。私の座る王族が居並ぶ場所は演説者の後方になるから、議員たち全員の様子がまるっと見えるんだけど――
(なんていうか……)
議員の皆様方はずいぶんとやる気のない顔をしてらして。中には堂々と居眠りしてる議員だっている。議員の半数は仮にも国民の選挙で選ばれた人間のはずなんだけど……これじゃ国民も現状に落胆して諦めるわよね。
んで今度は隣の方を見てみれば、ナタリアと久々参加の王はしっかりと前を向いてるけどネザロは肘掛けに頬杖突いてさっきから何度もあくびしてる。実に興味なさそうで、事実上のトップがこんなのだから議会もさもありなん、といったところかしら。あるいは議会で何を決めようとも、ネザロが気に食わなければひっくり返されるからやる気を失ってるのかもしれないわね。
議会の光景をこうやって見てみると、以前と今でまったく違って見えた。
(実に――)
実に、馬鹿らしい。なんて私は今まで馬鹿らしいことをしていたんでしょうね。こんな連中のために戦っていたかと思うと、ついため息を禁じえない。
退屈さをなんとか押し殺しながらただひたすらに時間が過ぎるのを待ち、やがてその時を迎えた。
「――ただ今の議題をもちまして、本日予定されていた討議はすべて終了致しました。他に議題はありませんね? では以上で――」
「お待ち頂けますか?」
議長が機械的に議会を閉めようとしてるところに私が割って入る。いつもは予定調和の議論ばかりかもしれないけど、残念ながら今日はそうはいかないわ。
「これはシャーリー王女殿下。如何なさいましたか?」
「皆様の闊達な議論を拝聴させて頂きました。そんな皆様に、私からも一つ、ぜひとも採決して頂きたい動議がございまして」
おそらくは王女から議会への動議提出など前代未聞なんでしょうね。にわかに議場全体が騒がしくなってきた。
「本日の討議はすべて終了してしまったのですが……」
「あら? 議題は必ず前もってお伝えしておかなければならないのですか?」
「そういうわけではございませんが……王族の方々からのご提案など前例がないもので」
「王族が議案の提出をしてはならないという規則はありませんでしたわよね?」
「……しかしながら、十分な議論をするとなると我々としても相応の準備というものが必要でして……」
「ご心配には及びません。簡単な提案をさせて頂くだけですわ」
議長がさも面倒くさそうに顔をしかめて、何とか議会を閉めたそうにしてるけどそれを無視して押し通る。前を通るとナタリアは怪訝そうに首を傾げ、ネザロは頬杖を突いたままだけど「面白そうじゃねぇか」とでも言わんばかりにニヤニヤしてた。さて、その面がいつまで保てるかしらね?
「シャーリーよ」
ワグナール王の前を横切る時に名前を呼ばれたんだけど、聞こえないフリをして階段を降りていく。そして未だ演壇の上で立ち尽くしてる議長を強引に押しのけて、議員全員の顔を眺めた。
「皆様、お忙しいところお時間を取らせて申し訳ありません。私、シャーリー・アージュ・リシャールより緊急で皆様に決を取っていただきたいことがございまして、こうして演壇に立たせて頂きました」
「姫様のお小遣いを増額してほしいというおねだりですかな?」
どこからともなくヤジが飛んできて、議場が笑いに包まれる。まったく、呑気なこと。いい大人が、昨日までの日常が今日も続くなんて無邪気に信じちゃって。
「どなたからかユニークなご提案を頂きましたが、残念ながらもうちょっと皆様にも関連する提案ですわ」
「ほう? ぜひとも拝聴させていただきたい」
「私の、王女の立場返上と自由の保障、および他国への出国許可を提案致します」
私が告げた瞬間、一瞬にして議場が静まり返った。
言葉の内容が中々頭に入っていかないのか、議員ともあろう方々がみんなポカンと間抜け面を晒しててつい吹き出してしまいそうだ。
「……ご冗談ですかな?」
「いいえ。本気ですわ」
短い受け答えが終わり、そのまま時が止まったみたいに何も動きが起きず――かと思うと、怒涛の勢いで怒声が私にぶつけられ始めた。
「ふざけたことを抜かすな! そのようなこと認められるわけがなかろう!」
「裏切り者の娘が! 貴様を王女にすることを認めてやったというのに我らの温情を無にするかっ!?」
「貴様がいなければこの国はどうなる!? まさか見捨てるつもりか!?」
「しょせんあの裏切り者の娘よ! 人の心などあるはずもなかろうよ!」
「――黙りなさいっ!!」
拳を演壇に叩きつける。その瞬間、けたたましい音を立てて演壇が木っ端微塵に砕け散った。
好き勝手言ってくれてた連中の声がピタリと止む。そして今度は逆に痛いくらいの静寂が支配し、その中で私は連中の顔を一人ひとり順々にねめつけていった。
「裏切り者の娘? 温情? 面白いことをおっしゃいますわね、皆様。コメディアンの才能がありますわよ。議員や貴族など辞めて転職することをお勧めしますわ」
「……いったい何のおつもりですかな?」
「何のつもり? 何のつもりと仰りますか! では私から皆様にお尋ねしますわ。
――私の父、シグムンド・アージュ・リシャールを陥れたのはどこのどなたですか?」
私の声だけが響く。誰一人答えない。見回していけば一部こそ戸惑ったようにしているけれど、大多数の議員連中は私から目を逸らしていた。
「……腐ってるわね」
全員に聞こえるように吐き捨てる。今のが答えと言えば答えだけど、それでも首謀した人間がいる。
私は、背後を振り向いた。
「私の父、シグムンドを処刑するよう仕向けたのは貴方ですね――ワグナール王」
名を呼んだ直後、ナタリアはもちろんネザロまで立ち上がって驚いて王を見ていた。特にネザロからはさっきまでのニヤニヤ顔が消えて、王と私を交互に見比べていた。こんな話になるなんて想像もしてなかったみたいね。
件の王はと言えば、落ち着いた様子を崩さず私を見下ろしていた。さすがは、かつて名君と謳われた王ね。
「さて、初めて聞く話だな」
「今更ごまかさなくても結構よ」
けど、どんなに取り繕っても無駄。妖精たちはごまかせない。息の長い彼女らは当時のことを覚えてるし、周囲に張り付かせた妖精たちが、王の言葉が嘘だって懸命に教えてくれてる。
「お主がそう主張するのは勝手だが、妖精の言葉など証拠にはならぬ。証拠が無ければただの妄言よ」
「あらそう?」
そう言うのであればご期待に応えましょうか。
私がスッと手を挙げると、議場の入り口が開いていく。そして奥からブランクが何人も引き連れて現れた。
そこにいたのは、真実を教えてくれたデュランさんの他、私の意識を操作する魔術を掛けた王直属の魔術師たちにチョーカーの製作者、さらには先日デュランさんを牢屋に入れようとしたフリードリヒ侯爵とその配下である男爵数人。デュランさんを除く全員の頭にはブランクが作り出した銃が押し付けられていて、ひとまとめに腰を縄で縛られてた。
「このぉ……私にこんなことをしてタダで済むと思うなっ!」
「はいはい、耄碌したハゲジジィは黙ってなって」
フリードリヒ侯爵だけは未だ往生際悪く騒いでるけど、他はみんな観念してるようでがっくりとうなだれてた状態でブランクに引きずられて、私のところへと連れてこられた。
再びワグナールを見上げる。厳しい顔をした王だけど、取り繕うのも難しいみたいで口がプルプルと震えていた。残念だけど、言い逃れは許さないわ。
「彼らからすべて聞き出しました。貴方が父を疎み、陥れ、そして――」議場を振り返る。「それを貴方たち議会も、容認したことも」
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