6-1.私はどうすればいいの?
外は土砂降りの雨だった。
遠くでは雷鳴が響き渡って、時折目もくらむような激しい稲光が窓越しに室内を白く染めてくる。壊れたガラスはかろうじて部屋が水浸しになるのを防いでくれてるけれど隙間からはどんどんと雨粒が入り込んできて、天井もあちこち雨漏りがしてる。
そんなボロボロの生家の椅子に座って、私はただぼうっと外を眺めていた。
王城からここまで、いつ、どうやって歩いてきたのかはよく覚えていない。ただ髪の先からは水が滴り落ちて、濡れたブラウスはピッタリと肌に張り付いてることからこの雨の中を傘もささずに歩いてきたのは間違いない。
「……」
暖かい季節とはいえ、ずぶ濡れのままだと風邪を引くだろうとは思う。けれど、今の私は何をする気にもなれなかった。ひどく無気力で、立ち上がるのさえ億劫。というか、呼吸をすることも面倒くさい。
「はぁ……」
デュランさんから先日聞かされた話。まだ私はその衝撃から抜け出すことができずにいた。あるいは事実を消化できずにいると言ってもいいかもしれない。たった数日ですべてを飲み込むには、私という器は小さすぎた。
これからどうすればいいのか。道に迷っている自覚はあって、けれども抜け出す方法を知らない。この数日、異世界の孔が生じなかったのは実に幸いだ。
「やっぱここだったか」
コンコン、と鳴り響くノックの音。振り返らなくったって声で誰か分かる。
返事も億劫で無視してしまったけど、ブランクはそれを咎めることなく近寄ってバサッと頭からタオルを掛けると、壊れそうな椅子を私の隣に並べた。
「黄昏れるのも結構だけどよ、いくらなんでもそのまんまじゃ風邪引くぜ?」
「……分かってるわよ。デュランさんたちは?」
「安心しな。死んだことにして別の場所にかくまってる」
そ。ブランクが言うなら安心ね。
私が今もっとも信頼できるのが彼だけど、聞きたいことがあった。
「……ねぇ、ブランク」
「なんだ?」
「貴方、どこまで知ってたの?」
たぶんブランクは私なんかよりも真実に気づいてた。それはあの日の言動からして間違いない。そう思ったのだけど、ブランクは首を横に振って肩をすくめた。
「何を気にしてんのかは知らねぇけど、俺もアンタとそう変わりゃしねぇよ。ただまあ、シャーリーの言動が常軌を逸してる感じはしてたからな。ちょいちょい暇を見て調べちゃいたんで、ほんのちょっち情報を持ってたくらいさ」
「そう……そんなにおかしかった?」
「別に普段はそう思わねぇよ。しかしまぁ、誰かを守るってところに異常なほどこだわってるのは感じてた」
……やっぱりブランクから見ても私は変だったってことね。
未だに首に巻かれているチョーカーを撫でる。これがある限り、私は国の犬だ。外れない限り、今と変わらない犬であり続けられる。
「一つ相談に乗ってもらいたいんだけど」
「さぁて、なんとなく重そうな相談の気がすんだけど、どうすっかな?」
「とっておきの一杯をおごるわ」
「オーケー、なんでも聞いてやるぜ」
「現金なヤツ」
ちょっとわざとらしいけど、ブランクとのいつものやり取りにクスッと笑い声が漏れた。すると隣からタバコが一本差し出され、先に吸っていたブランクからタバコの火を分けてもらって吹かす。いつもよりも強めのタバコが、私の背中を押した。
「ねぇ……私はこれからどうすればいいのかしら……?」
「ずいぶんと曖昧な質問だな」ブランクは苦笑いした。「だがまあ俺の答えとしちゃ――自分で決めればいい」
「自分で決めるって言っても……」
「難しく考えるこたぁねぇ。デュランの話も聞かなかったことにして今までと変わらない生活を送るも良し、怒りに任せて動くも良し。すべてに絶望して命を絶つっていうのも……まあオススメはしねぇが考えた結果の選択なら尊重する。なんなら国ごと滅ぼしたって俺は構わねぇぜ? 何を選ぼうがアンタの自由だ」
「私の、自由……」
「ああ、そうだ。縛るもんはねぇ。自由だ。どの選択肢を選ぼうが、俺はアンタが生きてる限りついていくさ」
何を選んだって良いの……かしら。今まで生き方を選べるなんて考えたこともなかった。だって私の生き方なんて一つしか無かったんだもの。
「……選べって、難しいことを言うのね」
「人生なんて自分で選ぶから価値があるんだぜ? 他人が選んだ道を進んだところで何も残らねぇか、残っても後悔だけさ。だったら苦しくても、時間がかかっても自分で選んだ道を進むことをおっさんとしちゃ推奨するね」
「その道が……間違ってたら?」
「悩んで選んだ道なら間違っちゃいねぇよ。たとえ望んだ結果が得られなくったって後悔だけはしねぇ。その分だけ自分が選んだ方がよっぽどマシだ。だからシャーリー、せいぜい悩めばいい」
「厳しいのね」
「俺ぁヨソの女の子にゃ優しいが、身内には厳しくする主義なんだ」
おどけて答えるけど、その言葉には優しさと厳しさが同居してる。それに、厳しくされるってことはブランクにとって私は身内に含まれるってことよね? そう考えると少し胸に火が灯ったような感覚を覚えた。
「ってことで」ブランクはタバコをくわえたまま頭を撫でて立ち上がる。「またしばらく適当にプラプラしてくるわ。だから納得行くまでせいぜい悩みな」
「……ありがと」
一人にしてくれる心遣いに感謝を述べると、ブランクはいつもどおりニッと笑った。そして家を出ていこうというところで不意に「ああ、そういえば」と立ち止まった。
「そういや渡すの忘れてたわ。ほい」
「……何よ、これ?」
ブランクが手渡してきたのは一枚のメモだった。紙にはびっしりと魔術の詠唱らしきものが書かれるけど……これ何の魔術よ?
尋ねると、ブランクはあっさりと言った。
「チョーカーの解呪コード」
「……は?」
「アンタ本来の力を制限してるそのチョーカー、その紙に書いてる術式で解除できる。製作者の一人を首絞めながら書かせたからたぶん間違いはないはずだぜ」
ちょっと待って。どういうこと? なんでアンタがそんなもの持ってるのよ?
そんな私の疑問なんてお構いなしにブランクは続けた。
「ちなみに、実はシャーリーが本気を出したら簡単に取り外せるぜ、そのチョーカー」
「なんですって……?」
「ま、そうならないようチョーカーを通じてアンタの思考に影響を与えてたらしいが。ったく、幼気な少女相手にふざけたことするよな。ともかくも、それさえ外れりゃアンタは正真正銘自由になれる。後は自分の力で外すか、解呪コードを見ながら外すか、それとも外さないままでいるか、それだけだ。
さぁてさて。これで俺が示せる選択肢は全部示した。んじゃ後は頑張って一人で悩んでくれや」
答えが出たら魔術回路を通じて教えてくれ。半ば一方的に言いたいことだけ言って、ブランクは今度こそ何処かへと消えていった。
「まったく、もう……」
いつだってブランクは驚かせてばかり。私に言いたいことは言わせないで、自分のやりたいこと言いたいことばっかりやっていなくなるんだから。ぶつくさと文句を言いながら手元に残されたメモに視線を落とす。
書かれている内容をじっくりと読み解く。確かにこれは何らかの魔術を解除するための術式らしい。だからおそらくブランクが言ってたことは本当で、私を縛ってきたこのチョーカーもきっと、これを使わずともあっさりと取れてしまうんだろうと思う。
「……ま、ブランクの言うとおり悩んでみましょ」
正直、怖い。真実を聞かされた今、悩む必要なんてないはずなのにこれまでと違う道を見なかったことにしたい自分がいる。今と変わりない、魔物との戦いで死と隣り合わせの生活を続けても構わないと思ってる自分がいる。それもきっとこのチョーカーのせいなんでしょうけど……
「でも……進まなきゃよね、シャーリー」
立ち止まってるのは私らしくない。
震える手をぎゅっと握りしめる。そしてこれからどうするか、どんな道を選ぶのか。外の雨音を聞きながら一生懸命考え続けたのだった。
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