5-5.何の騒ぎですか?
ネザロの部屋を出て階段に差し掛かると、そこでブランクが私を待っていた。
姿は消したままだけど階段を降り始めたところで隣に並んで、一緒に部屋に向かう。
『よう、シャーリー。首尾はどうだ? クソ野郎に変な事はされなかったか?』
「ええ、デュランさんについては私の自由にしていいってお墨付きをもらってきたわ。変な事も……まあ、されなくはなかったけど、別に殴られたりとかそういうことはされてないから安心しなさい」
そうは言っても、まさか情事の残り香の中で裸のネザロを相手にするとは想像してなかったけど。
『なんか言い方が気になるんだが……』
「気にしない気にしない。あ、そうそう。そういえば王が回復なされて部屋に来たわ」
『……へえ、さよですか』
あら、思ってたより淡白な反応だこと。「お、マジで?」とかもう少し興味ある反応するかと思ったけど、でもブランクからすればそんなものかもしれないわね。
「見た感じまだ万全ってほどじゃなさそうだけど、だいぶお元気になられたみたいだったし、たぶん復帰もそう遠くないんじゃないかしら? ブランクはまだ会ったこと無かったわよね? そのうちまた私も顔を合わせると思うからその時に紹介するわ」
『そうだな、頼む』
「で、ブランク。貴方は何してたの? いつぞやみたいに『ばいと』でもしてたとか?」
『さすがにこの短時間じゃ無理だっての。プラプラと王城内を歩き回ってただけさ。だが、ちょいと気になることを耳に挟んでな』
「気になること?」
『そ。実はな――』
ブランクがそう話し始めようとしたところで騒がしい物音が聞こえてきた。
「何かしら?」
物音の発信源はちょうど私の部屋へ続く廊下だ。この辺りは私と身の回りの世話をしてくれる侍女しか寄り付かないからいつも静まり返ってるんだけど、今は男性の大声、そして聞き覚えのある女性の懇願するような声が聞こえてきてた。
「まさか……!」
私はハッとした。嫌な予感がして急いで部屋に向かうと、そこには当たってほしくない予想どおりの光景が広がってた。
部屋の扉が勝手に開け放たれてて、その前には禿げ上がった頭が特徴的な私の嫌いな貴族――フリードリヒ侯爵が近衛兵と一緒にそこにいた。
「父は具合が悪いのです! 侯爵様お願いします、どうか今しばらくご猶予を……!」
「ええい、放さぬか! おい、さっさとこの娘を引き剥がして子爵を連れて行け!」
人の部屋に勝手に入り込んだ近衛がデュランさんを捕まえていた。ルイーズさんがしがみついて何とか連れて行くのを防いでるけど、デュランさんの体がズリズリと強引に引きずり出されていっている。
「この……! 放さぬと子爵の令嬢とはいえ貴様も牢へ叩き込むぞ!」
「きゃ……!」
ハゲ侯爵にルイーズさんが蹴り飛ばされる。その様子を目撃し、私の拳が自然と握りしめられた。
「待ちなさいっ! 何をしているの!」
大声を張り上げると、フリードリヒ侯爵は私を見て露骨に舌打ちをした。見下されるのは慣れてるけどこの侯爵は特に露骨で、前々からいけ好かなかったのよね。この拳を今すぐその顔面に叩き込んでやろうかしら?
「これはこれは、裏切りの姫様ではありませんか。ご機嫌は如何ですかな?」
「ええ、侯爵とお会いできて最っ低の気分ですわ。王子と顔を合わせるよりね」
そう言ってやると、ネザロより気分が悪いと言われるのは嫌らしく、侯爵がムッとしたので私も少し溜飲が下がった。
「それよりも、これは何の騒ぎですか? ここは私の部屋ですが、誰が勝手に入ってよいと言いましたか?」
「失礼は承知の上です。しかしながらこの部屋に咎人が紛れ込んでいるようでしてな。勝手ながら姫様のお部屋に入らせて頂いたのですよ」
「咎人? デュラン子爵がですか?」
「左様。罪人は牢へ放り込まねばなりませんでな」
「……なるほど。昨夜の件は侯爵の差し金でしたか」
「はて? 何のことですかな?」
白々しくとぼけてくれちゃって。腹が立つわね。
『この男も……? ああ、なるほど、そういうことか』
(そういうことって、何よ?)
『後で話す。今はこの場を切り抜けるのが先だ』
気になるじゃない。けど確かに今はそれどころじゃないわね。
「デュラン子爵が罪人と仰りましたか。如何なる罪で裁こうというのです?」
「姫様には関係のない話ですよ。ご質問に応える必要はありませんな」
「やましいところは無いのでしょう? であれば教えて頂いても差し支えないのではありませんこと?」
「……国家機密の漏洩です。これ以上はお応えできませんな」
舌打ちをして侯爵はそう答えた。ずいぶんと苛立ってるようだけど、残念ながらそんな答えで引き下がれるわけないじゃない。
「国家機密? まあ、それは大変な罪ですわね」
「でしょう? ですので早くこの男を――」
「いつ、どこで、誰にどんな機密を漏らしたというのです? ご覧のとおり、デュラン子爵は体を病まれてて動くことすらまともにできないというのに。何か証拠はありますか? 仮にも我が王国は法治国家。まさか侯爵様ともあろう御方が私情で法を捻じ曲げて私刑をしようというわけではありませんよね?」
ま、証拠なんてないんでしょうけど。大仰な仕草で侯爵の禿頭を眺めながら鼻で笑ってやると、「ぐぬぬ……!」なんてうめき声と一緒に禿頭が赤く染まっていった。いつだったか、タコとかいう生物を見たことがあったけどまるでそれみたいである。
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