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最強王女が裏切り姫と呼ばれてる件  作者: しんとうさとる
Episode 4 彼女は長き悪夢から目を覚ました
55/62

5-4.なんだ、クソ親父




「お待たせしました。どうぞお入りください」


 侍女が一礼してネザロの部屋のドアを開け、その声を受けて私は組んでいた腕を解いた。

 ずいぶんと待たされたものだ。ため息とともに扉をくぐる。

 さて。ブランクと別れて兄王子であるネザロの部屋へと向かったわけだけど、幸いにして今日は部屋にいてくれた。気持ちを整えいざ部屋に入ろうと思ったけど、一向に侍女が扉を開けようとしない。どうやら誰も部屋にいれるな、と命令されているらしくて、で、何故かと言うと、どうやらあの阿呆は昼間っからお気に入りの女性と「ナニ」を致してるらしかった。

 なるほど、耳を澄ませてみれば分厚い扉の向こうから微かに女の人の嬌声が聞こえてきて、察するにずいぶんといいところのようである。そんなところに突撃していく趣味など私にはない。

 なもんで事が終わるまで待つハメになったのはまあ良いとして、果たして元気なのはネザロなのかそれとも女性の方なのか。一向に終わりはやって来ず私は靴をコツコツと鳴らしながら待っていて、今ようやく立ち入りの許可をもらったというわけだ。


「シャーリーです。失礼します」


 内心で呆れつつも膝をつき挨拶をして顔を上げる。

 ネザロは未だベッドの上に寝転んでて、いつぞや見かけたのとは違う女性と戯れてた。ナタリアのと比べるとたいそう派手で豪華な内装の部屋だけど、まぐわいの匂いが残っていて部屋は散らかり放題。テーブルの上はおろか、床にも食べ物が食い散らかされてて、何処か他国から取り寄せたのか見たことのない果物も転がっていた。


「……よぉ、シャーリーじゃねぇか」


 私のことなど眼中に無かったのか、ひとしきり経ってようやくネザロは私の方に向き直った。二人ともあられもない姿丸出しでこちらとしても目のやり場に困るんだけど、そこらへんはおくびにも出してやらない。


「また魔物退治の報告かぁ? ならもう行っていいぜ」

「いえ、本日は別件でお耳に入れておきたいお話がありまして参上しました」


 もう一戦やろうというつもりなのかネザロはまた女性を抱き寄せ、酒を飲みながらおざなりな返事で私を追い出そうとするけど、こちらとしてはできればこの場でネザロの了解は取り付けておきたい。

 私の言葉にネザロが身動ぎする。機嫌を損ねてしまったか、と危惧したけどどうやら単に姿勢を変えただけで、女性の乳を揉みしだきながらながらも話を聞いてくれるらしい。

 ありがたいことではあるんだけれど、とはいえ、目の前でそんな情事を見せつけられてると私の方が落ち着かない。なので手短に、細かいところは抜きにして昨夜の出来事の要点だけを報告して、しばらくデュランさんを部屋に匿うことについて了解を求めた。

 ネザロの様子を覗えば、やはりというかまったく興味はないみたいでとてもつまらなさそうな顔をしていた。


「あー、分かった分かった。ンなもんテメェの自由にしろや。俺は忙しいんだ。テメェも脳みそ詰まってんだろ? その程度、俺に一々報告するんじゃねぇ」


 そんなこと言ったって、機嫌が悪い時にはそのことをダシにして鬱憤晴らしするくせに。なんて思うけれど口には出さない程度の分別は私もある。


「承知致しました。ではデュラン子爵については以降、私の判断で――」

「それよりも、だ。シャーリー」


 話を遮ってネザロは私を手招きしてきた。何かしら、と思いつつ未だ情事の匂いが強いベッドへ近づくと不意に顎を掴まれて引き寄せられ、酒の芳醇な香りを漂わせるネザロの顔が目の前に広がった。


「どうだ? せっかくだし、お前も一緒に楽しまねぇか? 今の俺は気分が良い。俺のでコイツと一緒に悦ばせてやって構わねぇぜ?」

「……お戯れを」


 今日のネザロの機嫌からして、なんとなくこんなことを言い出すんじゃないかって感じてた。だから驚きはない。


(だって言うのに……)


 酒に酔った赤ら顔を間近で見るとドキリとしてしまう。チョーカーの巻かれた首から顔に向かって熱が伝わっていくのを感じ、胸が鳴る。

 どんなに顔が良くったってコイツは最低最悪のクソ野郎だと分かるのに、この誘いだって私を罵倒するためのフェイクだって理解してるはずなのに、どういうわけか期待じみた物を抱いてしまう。普段の気持ちは冷めきっているっていうのに、だ。

 そんなにも私は心の奥底でこのクソッタレを欲しているのだろうか。認められることを期待しているのだろうか。バカな、そんなはずはない、と思いながらも近づいてくる顔から目を背けることができずにいた。

 やがて唇と唇が触れようか、というところでネザロの動きが止まった。ああ、分かる。いつぞやと同じくこの後に私は突き飛ばされて罵倒される。熱に侵された頭の、どこか冷静な部分でそう感じとって身構えた。

 ――のだけど。


「相変わらずか、ネザロよ……」


 突然嘆き声が降ってきた。久しく聞いていなかったけれど、この声は――


「……なんだ、クソ親父じゃねぇかよ」


 振り返れば、病床に臥せっていたはずのワグナール王が杖を突いてそこに立っていた。

 ネザロが私から体を離して、不機嫌そうに押しのける。少し咳き込みながらその顔を見上げると、不敵に口元を吊り上げ、王である実の父親に向けるとは思えない瞳でにらみつけていた。

 対してワグナール王はその視線にも動ずることはなく部屋中に視線を巡らせ、そして大きなため息をついてみせる。


「私が動けずにいた間、ずいぶんと好き勝手やっていたようだな」

「は! そうだな、好きにやらせてもらったぜ。評判が悪かった耄碌ジジイがこれ以上恥をかかないようにな」


 王の嘆きをネザロが鼻で笑う。確かに病に倒れる前の王は失政続きだったけど、ネザロよりは数倍マシなんだけどね。そもそもコイツ、まともに政治やってないし。


「以前から言っているはずだ。国の金はお前が遊ぶための金ではない、と」

「いいや、俺の金だね」ネザロは歯をむき出しにして笑った。「この国の物は全部俺の物だ。金も物も人間も。誰にも渡さねぇ。もちろんクソ親父にもだ」

「はぁ……もう良い。お前は何も喋るな」

「口を閉じるのは親父の方だぜ? まあいい。それよりもどうしたんだよ? ベッドに寝そべってなくていいのか? 病んだ体で無理するとぽっくり逝っちまうぞ?」

「心配は不要だ。これ以上この国をお前の好きにさせておくわけにはいかぬからな。皮肉なものだ。お前という毒のおかげで、誰かがくれた体の毒も抜けたのだから」


 王のセリフに私はハッとした。ひょっとして……王が病に臥せっていたのは、誰かに毒を盛られたから、ということなの?

 ネザロの方を仰ぎ見る。挑発的な表情は消えて、平静さを装ってはいるけれど王を今まで以上の敵意丸出しでにらむばかりだ。そして王もまた、息子に向けるものとはまるっきり違う冷徹な目で見つめていた。

 二人のその様子に、不意に私の中である考えがよぎった。


(ひょっとして、毒を盛ったのは――)


 もう一度ネザロを見上げる。目に宿るのは家族愛とは正反対の憎しみだ。だけど、だけどまさかそこまでは……

 よぎった考えを振り払うように視線を外すと、ベッドにいた女性は何処かに消えていた。どうやら上手く逃げ出したらしい。抜け目ないわね。

 にらみ合う二人の間に取り残され、張り詰めた空気が痛い。どうにかして逃げ出したいと思っていると王の方がため息をついて視線を外し、少し空気が緩んだ。


「シャーリーよ。病に臥せている間にも、魔物からこの国を守り続けてくれたことは聞き及んでいる。感謝する」

「は……ありがたいお言葉です」


 いつの間にか浮かされていた熱が頭から逃げて、今度は首元が締め付けられるような感覚とともに頭が下がる。王直々に感謝を述べてくださるとは思っても無かったからちょっと面食らったけど、素直に嬉しくなった。


「ネザロと違って国を守ること、それを第一に考えてくれているようで私としても嬉しい限りだ。それでこそお主を王女として迎え入れた甲斐があったというものよ」

「……私こそ王には感謝しております。父が犯した罪の大きさにもかかわらず、あろうことか私を養子として迎え入れて頂いたのですから」

「うむ。だからこそお主にも言っておかねばならぬ」

「……何でしょう? 至らぬ点がありましたのであれば、改善に励みます」


 私としては全力を尽くしてきたつもりではあるのだけれど、何か気づいた点があるのであればぜひ伺いたい。殊勝な気持ちで頭を垂れていた私だけれど、王から投げかけられたのは思いもしない言葉だった。


「余計なことを考えるな」

「……どういうことでしょう?」

「簡単なこと。お主の役割は、異世界との孔を通じてやってくる魔物たちからこの国(・・・・・・・・・)を守ることだ。故にそれだけに専念し、他のことに煩わされて本来の役目が疎かにならぬよう、肝に銘じておくように。よいな?」


 静かだけど有無を言わさない口調で念を押してくる。

 私としては余計なことというのに一切合切の心当たりが無い。常に私の心は一つ。ただ国民(・・)を守るということだけだ。まさか酒とかタバコとか、そんな些細なことを指しているわけはないだろうし、本当に分からないんだけど……


「……」


 かと言ってこの厳しい顔をした王に「何のことです?」なんてノーテンキに尋ねるなんてできない。ブランクならやりそうだけど。


「承知致しました。お言葉、深く肝に銘じて責務に邁進致します」

「それでよい」

「では私はこれで失礼致します」


 なので結局分かったフリをして頭を深々と下げたわけだけど、どうやら王にはバレなかったみたい。ワグナール王とネザロのピリピリした空気の中にこれ以上身をさらしたくなかったからそそくさと部屋を辞したけれど、特に呼び止められることはなかった。

 部屋を出てドアを閉めると緊張が解けてつい大きなため息が漏れた。


「はぁ……まさか王が登場するとは思ってなかったわ」


 一応は養父であるわけなんだけど、ネザロとは違った意味で苦手だ。心の準備が必要なので、来るなら来るで前もって教えておいてほしい。まあそんなことお願いできる立場じゃないんだけどさ。

 それはともかく、あの様子だとだいぶお元気になられたようだし、王が復帰されるのも時間の問題だろう。喜ばしいことだ。報告相手がネザロからワグナール王に変わるだけでも気持ち的にはかなり楽になる。

 早く本格的に復帰なされてほしい。デュランさんについて了解を得られたこともあって、幾分明るい心持ちで私は自室へと戻っていったのだった。





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