5-2.分かりません
「昨夜、お父上の邸宅が何者かに襲撃されたわけですけれど、犯人とその理由について何か思いつくところはありますでしょうか?」
「……」
「襲撃した連中と鉢合わせしましたが、奴らは素人ではありませんでした。明らかに暗殺などに慣れた連中で、おそらくは依頼した者がいるはずですわ。
デュランさんが現役の宰相補佐官、あるいはまだ官僚だった頃であれば気に食わない連中が差し向けたと考えることもできるでしょうが、もうとうの昔に引退された身ですし、今のご様子から察するに国政にも何かの商売にも携わったりはしてないかと想像します。私なりにいろいろと考えを巡らせてみましたが、犯人にも理由にも思い当たる点がありません」
「……」
「原因を叩かねばデュランさんは愚か、もしかするとルイーズさんとそのご主人にも累が及びかねません。王城内では何の権限も発言力もない非力な身ではありますが、できる限りの力添えはしたいのです」
「……」
「なのでもし、ルイーズさんの方でご事情に思い当たる節があるのであれば、ぜひお聞かせ頂けませんか? 憶測や些細なことでも構いませんので」
私が話してる間、ルイーズさんはずっと無言。顔も伏せ気味で、けれど最後に改めて「いかがでしょう?」と心当たりを尋ねると、彼女は顔を上げた。
白かった肌を青ざめさせ作り物めいた笑顔を貼り付けて、そして彼女は応えた。
「分かりません」
「絶対、何か知ってるわよねぇ……」
部屋に残してきたルイーズさんの様子を思い浮かべながら、私はそっとため息をついた。
嘘が吐けない性質なんだろうけど、彼女の表情や仕草は明らかに事情を知っていると物語ってる。けれど知らない、とハッキリ言っている以上、問い詰めたところできっと震えながら頑なに否定するに違いない。
彼女は慌ててここに来て気を抜く暇もなかったわけだし、デュランさんのことも心配だろう。しばらく二人きりにして気持ちが落ち着けば考えも変わるかもしれない。そう思って一旦私は部屋を出てきたのだった。
『で、あの兄貴のところに報告に行くってわけか』
今度は姿を消したブランクがため息をついた。気乗りしないのは分かるわ。私だって行きたくはないけど、さすがに報告くらいはしとかないとね。じゃないとそれこそネザロから何されるか分かんないもの。下手に隠してアイツの気に障ったら、デュランさんは愚か、ルイーズさんたちもお家取り潰しなんて事態になりかねないし。
『まったく、面倒なことだねぇ……シャーリーもよくもまあ、あれこれ首を突っ込むもんだとつくづく感心するね』
「ご理解いただけて幸いだわ」
ま、こればっかは私の性分だからね。損な性格だって理解してるけど、見て見ないふりなんてできないし、一度首を突っ込んだら最後まで見届けないと気持ち悪いじゃない?
『へいへい。ま、お付き合いしますよ』
呆れ半分のブランクとそんな会話をしつつ、ネザロのいる上階に向かおうと階段に差し掛かったところで、下から昇ってきた軍服の男性と鉢合わせた。
「……失礼」
彼は一瞬驚いたような表情を見せたものの、私が立ち止まって先を譲ると一言そう述べて階段を昇っていった。珍しいわね、軍人が上の階に用があるなんて。上はネザロの部屋とか、後は隅っこに直属の使用人の控室があるくらいだけど。
そんなことを考えながら、少し距離を置いて私も階段を登り始める。やがて踊り場を曲がって見上げると、すでに彼の姿はなかった。
『あー、シャーリー。悪ぃけどこっからは俺はちょっち離れさせてもらうぜ』
「別に構わないけど……どうしたのよ?」
『いや、まあ、なんだ。アンタがあの王子に何されるか分かんねぇからな。命令だから俺からは手を出せねぇわけだが、今度アンタが殴られたり蹴られたりしてる姿を見ると我慢できる自信がねぇ』
そういうこと。確かにネザロの機嫌によってはどうなるか分かんないしね。私もこの間みたいな姿を見せたいマゾヒスティックな趣味があるわけじゃないし、いいわ、報告の間自由にしてて。
『すまねぇな。もし必要になったら呼んでくれ。魔力を回路に流してくれりゃすぐに飛んでくからさ』
そう言い残してブランクが離れていくのを感じる。
「さて、と」
ここからは一人でネザロと話さなきゃならないからね。気合入れてかなきゃ。ま、その前にアイツが部屋にいるかどうか分かんないんだけどさ。
そうボヤきながら、私は階段を一人登り始めたのだった。
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