5-1.父がこちらにいると伺いまして
夜が明けて王城の中もにぎやかになり始める頃になると、デュランさんも女中さんも目を覚ましてくれた。
自身が殺されそうになったっていうのにデュランさんは相変わらず反応が鈍くて、対照的に女中さんの方は最初はとんでもなくうろたえてた。けれど事情を理解して落ち着いた後は私が裏切り姫と知っても丁寧にお礼を述べてくれ、そのうえで自分がいると不都合だろうからと早々に帰っていった。
聞けば彼女は元々王城で働いてたらしい。当然私のこともご存知のはずなんだけど、去り際にも私を慮った言葉を掛けてくれて、王城で働く人も全員が私を蔑んでるわけじゃないんだと認識させてくれたのがちょっと嬉しかった。
「それじゃブランク、デュランさんのこと宜しく」
椅子に座ってぼーっとしっ放しのデュランさんをブランクに任せて、私は彼の娘さんのことを調べに部屋を出た。
デュランさんが元々勤めていた部署に赴き古株の人に彼の娘がどこに嫁いだか知らないか尋ねると、あっさりと嫁ぎ先が判明した。
彼と同じ子爵の家に嫁いだようで、いろんな人に尋ねまくってなんとか邸宅の住所を聞き出しアポ無し訪問を敢行したわけだけど、残念ながら娘さん――ルイーズという名前みたい――は不在だった。
なので使用人にデュランさんを保護してる旨をごく簡単に伝えて、ルイーズさんには王城へと来てほしいと伝言を残してから一度私は王城に戻った。
「ただいま。デュランさんの様子はどう?」
部屋に戻ってブランクに尋ねると、軽く肩をすくめるだけだった。どうやら様子に変わりないみたい。
テーブルの上に置かれたカップには手をつけた様子もないし、準備させた簡単な食事にも手をつけてないみたい。
ただ目覚めた直後と違って、なんとなく落ち着きがないように見える。目覚めた直後はどっちかっていうと呆然としてた感じだったけど、今は動きはあんましないけど視線だけはキョロキョロとあちこちさまよってる。そして私を見ては勝手にビクッと体を震わせたり、硬直させたりするのだ。
思わず私の口からため息が漏れる。気持ちは分からなくはないけど別にデュランさんを取って喰うわけじゃあるまいし、もうちょっとリラックスしてくれてもいいんじゃないかしら。
「そっちはどうだったよ? 娘さんとは会えたか?」
「残念ながら不在。一応迎えに来るよう言付けだけはしてきたけど」
タバコに火を点けながらそう答える。デュランさんとルイーズさんの関係性がどうなのか知んないけど、できれば迎えに来てほしいところだわ。家も壊れちゃったわけだし、可能ならデュランさんをそのまま引き取ってほしいんだけど……嫁いじゃった以上、それは難しいかもね。
もうすぐお昼だし、のんびり待ってましょ。そう提案したところで部屋の扉がノックされた。
「どなた?」
「はぁ、はぁ……あの、ルイーズと申します! 父がこちらにいると伺いまして……」
あら、思ったより早かったわね。
扉を開けるとそこにはまだ肩で息をしてる女性が立っていて、彼女は部屋の中にいるデュランさんを認めると「お父様!」と大声を上げた。
「ルイーズ……」
「ああ、良かった! お父様が襲われたって聞いて私、私……」
「……心配をかけてすまない」
彼女はデュランさんに駆け寄って抱きつき、すすり泣き始めた。デュランさんもおずおずとだけど抱きしめ返して謝罪を口にする。どうやら二人の関係は悪くないみたい。デュランさんの顔にも少し元気が出たみたいだし良かったわ。
しばらくルイーズさんは無事を喜んでいたけど、娘と会えて安心したのかデュランさんがうとうとし始めた。彼をベッドに寝かせて一息ついたところでルイーズさんはハッとして、慌てて私にカーテシーをした。
「あ、あの……シャーリー王女。ご挨拶もせずに大変失礼致しました……」
最後は消え入りそうな声でルイーズさんが謝罪してきた。思った以上にご丁寧な挨拶と謝罪に少し面食らいながらも私も同じくカーテシーで応える。挨拶なんてまともにされたことないから、こうしてカーテシーするのも何年ぶりかしらね。
「いえ、気にしてませんから。お父上が襲われたなんて聞けば慌ててしまうのも当然ですし。それに、私の事はルイーズさんもご存知でしょう? こんなに丁寧にご挨拶頂いて、むしろ私の方が恐縮してしまいますわ」
冗談交じりに自虐をかましてみたんだけど、ルイーズさんは気まずそうに愛想笑いを浮かべた。しまった、どうやらスベッてしまったらしい。
「俺の冗談ベタはご主人サマに似たらしいぜ?」
やかましい。
失礼なことを言うブランクにはとりあえずみぞおちに一発肘打ちをお見舞いしつつ、彼女を椅子に座らせてお茶を準備する。手を動かしながら横目で彼女の様子を窺ってみるけど、やっぱり裏切り姫である私に対してあまり悪感情は持ってなさそうな様子で、けれどデュランさん同様にどうにも落ち着きがない。部屋の内装はシンプルすぎるほどシンプルだから、そんな目の置き場に困るような物も無いはずなんだけど。
彼女の前にカップを差し出すと、ずいぶん恐縮した様子でお茶を口にする。私もお茶を飲みながらカップ越しに様子を観察するけど、彼女は私からなるべく目を離そうとしてるみたいに思えた。
私が気に食わないから目を合わせたくないってわけでもないみたいだし……私、何かしたかしら?
怪訝に思いながら、人がいる空間で無言というのもなんとも居心地が悪いのでとりあえず話しかけてみる。
「ルイーズさんが王都にいらしてくれて助かりました。デュランさんのご親族をルイーズさん以外に存じ上げなかったので」
「いえ……あの、こちらこそ父を助けて頂きましてありがとうございました。その、いずれまた改めて御礼に伺います」
「お気になさらないでください。私はやれることをしたまでですから」
デュランさんと偶然遭遇したとはいえ昔に良くしてもらったわけだし、御礼と言うわけじゃないけど知り合いが窮地に陥ってる状況で見捨てるつもりはない。それに、私という人間の存在価値は人々を守るためにあるのだから御礼なんてもってのほかだ。
それよりも、よ。
「私の方からもルイーズさんに伺ってよろしいでしょうか?」
「え? あ、はい。何でしょうか?」
「差し出がましいとは重々承知してますが……お父上の普段の状況についてどこまでご存知なのでしょう?」
そう尋ねると彼女は表情を曇らせた。どうやら知らないわけじゃなさそうね。
「お気持ちの方を病んでおられるのか、良からぬ輩から怪しいお薬まで購入しているみたいですが、理由について何かお心当たりはありますか? もしお父上のことでできることがあれば私にもお手伝いさせて頂ければと考えているのですが……」
「……ありがとうございます」彼女は震える手でカップに口をつけた。「父は私にもあまり詳しくは話してくれないので憶測にはなるのですが……どうやらシャーリー様の実のお父様――シグムンド様のことを気に病んでいるようです」
やっぱりそうか。そうじゃないかって薄々感じてはいたけど。
「デュランさんはお役目を果たしただけですから。気に病む必要はないと本人にもお伝えはしてますので、気持ちが良き方向に向かうと良いのですが」
「重ね重ねお気遣い感謝致します。シャーリー様のお言葉、きっと父にも届いているかと思います」
何処かぎこちない笑みを浮かべてルイーズさんは頭を下げた。そしてデュランさんの様子を窺うように眠っている彼の方を向いたけれど、私はもう一つ聞きたかった質問をその横顔にぶつけた。
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