3-3.貴様らの手を借りるつもりはない
「危ないっ!」
立ち上がった女性だったけど体力的に限界なのか、それともケガのせいかすぐに崩れ落ちていって、けれどかろうじて私の腕が間に合った。
抱きとめて女の人の全身を確認。白い髪に浅黒い肌というのはここら辺じゃ見かけない人種だ。どこから来た人だろうか。
「ダークエルフか?」
「何よ、それ?」
駆けつけたブランクが魔物を攻撃しながらなんか変なこと口走ったけど、それはともかく。
まとっているローブのようなものをめくって確認。手足にはいくつか擦り傷があって、頭からも血を流してるし、胸の辺りを触ったら苦しそうに顔を歪めてうめき声を上げた。呼吸も荒いし、早く治療が必要かも。
「変わって、ブランク。彼女をお願い」
魔術で治療ができるブランクと交代して彼女を任せる。背後で詠唱を聞きながら、やってくる魔物たちを倒しているとやがてまた銃声が聞こえ始めた。
「大丈夫なの?」
「ああ。俺ができる限りのことはした。後は目覚めるのを待つだけだ」
そう。なら一安心ね。とはいえ、彼女を守りきらなきゃいけないんだけど。
魔物たちの中に放置するわけにもいかないから、眠っている彼女を絶対に傷つけさせないよう、私とブランクで挟み込みながら敵を蹴散らしていく。
そのままどれだけ時間が経っただろうか。早く終わってよ、なんて願いながらもう一度孔の様子を窺ってみる。
孔の二つは完全に閉じていて、比較的大きかった三つ目の孔もすでにほとんど閉じてた。完全に殲滅できるまでは時間の問題っぽい。良かった、何とか守りきれそうね。
「う……ん……」
剣を振りながらホッとしてるとうめき声が聞こえて、振り返れば眠っていた彼女の目が少しずつ開いていってた。
女の人は何度かまばたきをしてから急に上半身を起こした。キョロキョロと焦った様子で周囲を見回して、ふらつきながらも立ち上がろうとしてる。
「まだダメよ! 無理しないで!」
私の声は届いていないのか、制止に構わず立ち上がった。立ち上がれたのはいいけど、このままじゃ危険ね。
敵の様子を改めて確認。中型種は見当たらなくて、数は多いけど小型種ばかり。なのでブランクに魔物の対応を任せて私は彼女の方へと近づいた。
「もうしばらく休んだ方が良いわ。ほら、座って」
彼女を促し、肩に手を掛ける。
けれど、その手がパシッと弾かれた。
「え?」
ジンジンとした軽い痛みを覚えた手のひらに視線を落とし、それから白髪の彼女の顔を見た。
青い瞳で彼女は私を睨みつけていた。顔には怒りと軽蔑が浮かんでて、手に持っていた杖を私に向けている。思いもしなかった反応に私は困惑するしかない。
彼女は明らかに私を警戒してる。けど、胸の辺りを触ってから不思議そうに首を傾げると、その視線が少し緩んだ気がした。
「ま、まだ痛むところはある? 一応治療はしたつもりなんだけど……」
「……感謝する」
彼女は短くそう言った。言葉は通じるみたいで、ホッとしながらも私は両手を上げて無害をアピールしてみる。
「ね? 私は敵じゃないわ。だからその杖を下げて――」
「いや、敵だ」
ハッキリと彼女は告げた。当然ながら私には彼女を害する気持ちなどこれっぽっちもない。どこかへ行こうというのであれば安全を確保できる場所まで送り届けるし、お金だってもらおうとも思わない。
だから敵のつもりはないんだけど。そう伝えたんだけど、彼女は険しい顔を私に向けたまま崩さない。
「治療してくれたことについては感謝する。だが……我らを裏切った貴様らの手など借りるつもりはないっ!」
……裏切った? 何の話をしてるの?
彼女とは初対面なんだけど、裏切ったなんて言うってことは……ひょっとしてお父さんの件と関係があるってこと?
疑問が次々に湧き出てくる。けどそれが私の中でまとまる前に彼女が動いた。
杖の先を私から孔の方へと向ける。いったい何を、と私も孔に目を向け――そして言葉を失った。
それまで閉じかけていた孔が、彼女が杖を向けた途端に少しだけ開いたのだ。けれどすぐにまた閉じ始める。
まさか、彼女が孔を広げたの? いや、そんなことが人間にできるわけない。だって、そんなことができるなら、孔を制御できるなら世界はこんなにも苦しんでるわけがないし、私だって戦わなくったっていいはず。
半信半疑どころか、九割がた信じられない気持ちで浅黒の肌を持つ彼女に視線を戻すと、彼女は悔しそうに下唇を噛んで閉じ始めた孔を睨んでいた。
「ダメか……! ならばっ……!!」
すると今度は、何か私の知らない言語を唱え始めた。ブランクの詠唱ともまた違った響きで、やがて彼女の杖先に黒い光が集まり始めた。
「何をする気っ!?」
私の問いかけには一切反応せず、褐色の彼女は黒い光を魔物たちの方へと放った。そしてその光が魔物たちの頭上で大きく広がった直後だ。
「なっ!?」
ブランクが戸惑ったように声を上げた。
魔物たちの動きが明らかに変わったのが私にも分かった。それまでブランクが引き受けてた魔物たちだけど、突然彼へと襲いかかるのを止めて新たなターゲットへと向かっていく。
そのターゲットは、私だ。
「くっ……!」
ブランクも何とか引き受けようとするけど流れは変わらなくって、私も意識を彼女から魔物たちへと移さざるを得ない。
そんな状況にもかかわらず彼女は何故か魔物の方へと走り出した。危ない、と思う間もなく周囲を魔物たちに囲まれていって、けれどもどういうわけか魔物たちは一切彼女へ見向きもせず、私にばかり襲いかかってくる。
「待って!」
彼女を追いかけようとするけど魔物たちが邪魔をしてくる。小型種ばかりだから簡単に斬り伏せることができるけど、彼女との距離はどんどん開くばかりだ。
間違いない。彼女は私から逃げようとしてる。それも、魔物を使って。
「お願い、待ってっ! まだ、まだ……聞きたいことがあるのっ!」
彼女は何者なのか、どうやって孔や魔物を操作したのか。疑問は尽きない。けれど私の口からでてきたのは。
「裏切ったって何っ!? どういうことっ!? 貴女も私の――お父さんのせいで傷ついたの!? ねぇ、教えてっ!!」
魔物を倒しながら必死に声を張り上げた。けれど彼女の脚は止まらない。やがて魔物の壁の向こうに彼女の姿は完全に消え去ってしまった。
仕方なく魔物たちを倒す方を優先したけど、殲滅させた後ですぐに彼女が走り去っていった方向を追いかけた。
妖精たちにもお願いし、懸命に探し回る。彼女は何か、私の知らない大切なことを知ってるのではないか。そんな直感に背中を押されてなんとか彼女を見つけ出そうとした。
けれど。
「……ダメだ。どこにもいねぇ。もう近くにゃいねぇよ」
結局彼女と再会することはできず、肩を落として王都に戻らざるを得なかったのだった。
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