2-3.事情をお聞かせ頂けませんか?
「何したの?」
「ちょいとばかし精神を沈静化させる魔術をな。頭ン中を勝手に弄るみてぇで使いたいもんじゃねぇけど埒が明かねぇからさ」
ああ、それは確かに嫌悪感あるかも。でもおかげでデュランさんは落ち着いたみたい。
ぐったりとひざまずいたままだけど呼吸音もだんだん静かになってきて、ブランクがベッドに座らせると彼は疲れた表情でゆっくりと部屋の中を見回し始めた。
「ここ、は……?」
「私の家よ」
そう告げて彼の前に立つ。デュランさんは最初ぼんやりとした瞳を私に向けて、けどすぐに誰か分かったらしい。今度は取り乱すことはなくて、ボロ天井を仰ぐと「あぁ……」とうめき声を上げた。
「ご無沙汰してます。シャーリーです」
「……」
デュランさんはそのまま顔を覆ってまたうなだれ、私に挨拶を返すことなく「どうして私がここに?」と消えるような声で尋ねた。
「良からぬ輩から暴行を受けてらしたのを偶然見かけまして。痛むところはありませんか? 治療は終わったはずですが」
「いや……体の方は問題ない。そう、か……私はまた……」
大きなため息を漏らしたデュランさんに、少し迷ったけど「失礼ですが」と前置きして私の方から尋ねてみる。
「デュランさんを暴行してた連中はお世辞にもまともには見えませんでしたし、何か良からぬものを使用してるようでした。連中が口走ってた内容からしてデュランさん、貴方もそれに手を染めてしまってるのではないですか?」
「……」
「貴方のことは、生前の父もとても気に入っていました。優秀で、それでいて人間味のある立派な人物だと。ですけど、今の状態はそんなデュランさんらしくないように思えます」
父が亡くなって以来疎遠になったから近況は知らなかったけど、まさかこんな状態だとは思ってもみなかった。まだ五十になろうかというくらいだと思うけど、六十をとっくに過ぎた老人みたいに老けてしまってるし、到底健康そうにも見えない。いったい、何があってこんな風になってしまったのか。
「先程までずっとうわ言で謝罪を続けてました。何かしら事情を抱えているのであれば、私にお聞かせ頂けませんか? 御存知のとおりの立場ですので何かができるわけではないですけれど、個人としてできるだけ力になりたいと思ってます。
もし……もしも父のことを未だに気に病んでいるのであれば、その必要はありません。デュランさんは役割を全うしただけだと私も理解してますから別に憎んでるわけでもないですし。むしろ今の元気のない姿を見ている方が私としては……辛いです」
話しかけながら思い出すのは、父と楽しそうにお酒を飲みながら私を抱きかかえてくれたデュランさんの大きな手だ。家に来た時はいつも私と遊んでくれたし、いたずらして叱られたこともあったっけ。
「……」
思うところは完全に消えないけれど、それでもさっきみたいな何かに怯えて苦しんでいる姿を見続けるのは私も心苦しい。そう思って想いを伝えてみはしたけれど、やはりというか何と言うべきか、デュランさんからの返答は沈黙だった。
それからもいくつか質問をしてみたけれど、何を聞いても無言。首を縦にも横にも振らず、ただ疲れた視線だけを私に向けてくるだけだった。
「……分かりました。これ以上は何も聞きません。ですけど、せめてご自宅までは送らせてください」
意識を取り戻して落ち着いたのであれば、こんな雨漏りだらけの家より立派な邸宅で休んだ方がよっぽど良いはず。ブランクに目配せして背負わせると、デュランさんは特に抵抗することはなかった。
外に出ると、陽はすっかり沈んでたけど雨は幸いにして上がっていた。さっきは通り雨だったらしい。
そういえばデュランさんは今どこに住んでるのかしら? 以前は王城から少し離れた南街だったけれど。ブランクの背中にいるデュランさんに尋ねてみると住所を小さく口にした。かろうじて聞き取れたそれを頭の中で照らし合わせてみるけど……どうやら王都の北東部にある、本当に端っこも端っこのところらしかった。
「本当に間違いないですか?」
私の記憶してる限りだと、そこは到底人気のない寂れた地区だったはず。一応は住宅もあるはずだけど付近には商店も何もなくって、スラムも近い荒れた場所の一つだ。貴族が住むような場所じゃないはずだけど……本人に改めて確認してみるも、返ってくるのは間違いないという意味のうなずきだけだった。
仕方ないので言われた住所へと向かう。道中は終始無言。話しかけても反応はなくて、ブランクの背中で私とは反対方向へ顔を向けたままだった。
特に何事もなく目的の場所へ到着して、そこでもまた私は驚き立ち止まってしまった。
そこに建ってたのは小さなお屋敷だった。大きさこそそれなりだけど、家全体が傾いでしまってて、手入れのされていない木々が重たそうに首をもたげててなんとも不気味。子爵位とはいえ仮にも現役の貴族が住むような邸宅とは思えない。本当にここで良いのかしら?
「旦那さま!」
入っていくのを躊躇していると、中から慌てた様子で小太りの女中さんが飛び出してきた。窺うと、どうやら彼女は通いでデュランさんの身の回りのお世話を一人でしているらしく、今日来てみたら家がもぬけの殻だったので探し回っていたとのこと。
見つかって良かったと繰り返す彼女にデュランさんを引き渡すと、何度も頭を下げてそのまま彼を連れ屋敷の中に消えていった。
「とりあえずこれで安心だろ。ま、あの様子じゃまた徘徊しかねねぇけど」
「そうね……」
今日のところは安心かもしれないけど、デュランさんのあまりの変わりようが気になる。父が亡くなってからの激変具合という意味では私も負けてはないだろうけど、それにしたっていったい彼に何があったのか。
あの様子じゃ仕事も辞めてしまってるだろうし……せっかく貴族でありながら官僚としても宰相補佐官まで出世したっていうのに、どうしちゃったのかしら。
何かしら立ち直る手助けをしてあげたいけど、あそこまで頑なに拒絶されると理由も分かんないし何をして良いのかさっぱり。
「また何か手を出そうって思ってんだろうが、程々にな。あの手の人間はな、シャーリー、手を出しすぎると逆に助ける方が飲み込まれちまうぞ」
「……分かってるわよ」
ターナの時はうまくいったものの今回もそうだと思わないし、何かを手伝ったり体を動かすのは得意な反面、心に寄り添ってケアをするなんてのは私が一番苦手な分野だ。とはいえ、何かをしたいっていう気持ちに変わりはないんだけど……ままならないわね。
ひとまずはデュランさんのことを気にかけておくだけにしときましょ。今は力になれなくても、もしかするといつか何かお手伝いできる時が来るかもしれないし。
再会した時とは違ったモヤモヤを胸の中に抱え、未練がましく何度もデュランさんの家を振り返りながら、王城に向かう暗い夜道を私は歩き始めたのだった。
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