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最強王女が裏切り姫と呼ばれてる件  作者: しんとうさとる
Episode 4 彼女は長き悪夢から目を覚ました
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2-2.もう、もう許してくれ




「う……あ……」

「おい、シャーリー。そろそろ目を覚ましそうだぜ」


 ブランクに呼ばれて、濡れた髪を拭く手を止めて振り向いた。

 あばら家の壊れそうなベッドの上では、無精髭をボウボウに生やした男の人がうめき声を上げていた。表情はとても苦しそうで、額には大粒の汗がにじんでる。

 私の口から一つ小さなため息が漏れた。心のざわつきを天井を仰いで抑え込み、枕元に置いてあったタオルでその汗を拭ってやると、少し男の人の表情が和らいだ。

 フォスター・デュラン子爵。父に罪を告げた人。

 罪を認定したのはこの人じゃなくて、彼はただ宣告するという役目を果たしただけ。それは分かってるんだけどこの人の看病をするのは……正直思うところはある。父が死んで以来顔も合わせてないし合わせたいとも思わなかった。

 嫌いというわけじゃないし、この人を憎んでるわけでもない。ただこの人の顔を見ると、処刑を告げられたあの日のことを思い出して苦しくなるから。


「……何してるのよ?」


 物音がしないことを不審に思って振り返れば、ブランクが黙って家の中を眺めていた。

 軋む床に目を落としたり、天井から漏れてくる雫に手をかざしたり、あるいは割れっぱなしで役目を放棄したガラス窓の縁をなぞったりと、なんとも忙しそうである。


「いや、なに。ここがシャーリーの家かと思うと興味深くてな」

「あまりのボロボロ具合に?」

「イエス。ターナん家も中々だったが、ここはそれ以上のあばら家っぷりだな」


 中々に辛辣なご意見ね。事実だからしょうがないけど。

 もっとも、ブランクの口調にはバカにしてるようなニュアンスはなくてからかうような感じで、けれども視線はなぜか慈しむようだった。

 さて。

 デュランさんを連れてきたのは北街の中心付近にあるオンボロの家。そこは、かつて私が住んでいた家だ。

 ブランクはターナの家と比較してたけどあそこまで狭くはなくて、親娘で住むには十分すぎるほど広い。ただし、ボロボロ具合は圧倒的にこちらが上である。

 なにせ床も天井も壁も穴だらけ、それも針の先みたいなサイズじゃなくて腕や脚が貫通するサイズだから恐れ入る。窓ガラスや家具は壊されてて役割を完全に放棄してるし、いつ崩壊してもおかしくなさそうなタンスの上ではしわくちゃになった写真の中でお父さんとお母さんが悲しそうに笑ってる。おまけに外の壁は落書きだらけという有様である。

 泣きながら消しても消してもまた書かれるから諦めてしまった「裏切り者!」の文字。他にも「街から出ていけ!」とか「人でなし!」とか書かれてたっけ。書かれた事は絶対忘れないだろうなって当時は思ってたけど、ここに来るまですっかり忘れてた。人間って意外と強かよね。


「うぅ……うあ……」


 とか懐かしく思ってると、またうめき声が聞こえてきた。さっきまでより一層苦しそうな、それこそ苦悶って表現がピッタリくるくらいに顔をしかめてる。

 いったいどんな悪い夢を見てるのかしら。なんて考えながら額の汗を拭こうと手を伸ばした時――落ち窪んだ両目がカッと見開かれた。


「大丈夫ですか?」顔を覗き込み、声をかける。「安心してください。貴方を暴行してた連中はもう――」

「待て、シャーリー。様子がおかしい」

「え?」


 目を覚ましたからもう安心、と思ってたけど、確かにブランクの言うとおり様子がおかしい。

 体は小刻みに震えてるし、大きく見開かれた両目の焦点は合ってない。どことも伺い知れない中空を怯えた様子で見つめ、そして顔が少しだけ動いて視界の焦点が私の顔で結ばれたであろうその瞬間。


「うわあああぁぁぁぁぁぁぁっっっっっ!!」


 勢いよく体を起こして突然叫び声を上げた。

 指先をめり込むくらいに目元まで押し込んだかと思うと、両手で頭を抱えてかきむしり始める。呼吸は荒くて、額からはびっしりとした汗が滴り落ちていた。


「落ち着いて! 大丈夫、大丈夫だから!」

「やめろ! やめてくれぇっ!!」


 伸ばした私の手を泣き叫びながら思い切り弾き飛ばすと、さっきまで意識を失ってたとは思えない勢いでベッドから飛び降りた。必死の形相で虚空に手を伸ばし、脚をもつれさせながら玄関へと向かっていく。彼のあまりの形相に私は一瞬反応が遅れてしまったけど、玄関のドアに手をかけようかってタイミングでブランクが彼の腕を捕まえてくれた。


「やめろォ! 離してくれっ! 離してくれぇ!!」

「分かった分かった、分かったから落ち着けって。な?」


 ブランクが宥めてるけど彼の耳には届かない。必死でもがき暴れ続ける彼の元に私も向かったけど、彼は私を見るなりいっそう激しく暴れだす始末。そんなに私の顔は怖いのかしら。これでも可愛らしい顔だって自覚はあるのだけど。

 なんて、困惑から私も現実逃避気味に考えてたら、今度は急に泣き出し頭を抱えて床に座り込んでしまった。そして彼の口から出てきた言葉は。


「ごめんなさい、ごめんなさい……すまなかった……もう、もう許してくれ……お願いだ、許して……」


 謝罪、懇願。ブランクにすがりつくようにしてうなだれて、嗚咽を交えながらずっとずっとそれを繰り返していた。

 何をそんなに謝るのか。許してくれとはどういうことなのか。事情を聞きたくなったけど、これじゃ話もできないわね。


「んー……ならしゃーねぇ、あんま好きじゃねぇんだけどな」


 足元のデュランさんを見て困ったように頭を掻いていたブランクだったけど、一度ため息をついて、それから何やら呪文を唱え始めた。

 彼の指先がうすぼんやりと青い光を放ち始めて、ブランクはその指先でデュランさんの頭を全体的になぞっていく。すると、止まることのないすすり泣きと謝罪を繰り返してたデュランさんが段々と静かになっていった。



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何卒よろしくお願いいたします。

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