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最強王女が裏切り姫と呼ばれてる件  作者: しんとうさとる
Episode 4 彼女は長き悪夢から目を覚ました
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2-1.また首突っ込む気か?



 少年がいなくなっても公園の外をしばらく見送っていた私たちだけど、やがてどちらからともなく歩き始めた。

 少年が出ていったのとは逆方向になる王城側の出口から公園を出て、来た時とは違う道を通りながら王城へと戻っていく。

 時刻はもう五時になろうかというくらい。一応は城の門限的なものはあれども私に関しては誰一人として気にかけもしないから私の方も気にしなくてもいいし、夏だからまだまだお日様は高いところで頑張ってくれてる頃合いではある――んだけれども、あいにくと今はその光を浴びることはなくって。


「一雨来そうだな」


 空を見上げてブランクがつぶやいた。

 王都に戻ってきた頃はまだ青空が覗いていたけれど、今となってはあの青空はどこへやら。真っ黒で分厚い雲が空を覆ってて強烈な一雨が私たちに襲いかかって来そうな気配がプンプンする。これはちょっと急いだ方がいいかもしれない。

 足早に路地を抜け、角を右に曲がる。旧市街ほどじゃないけど北街も作りが結構な雑具合で、何度も右へ行ったり左へ行ったりしなきゃ大通りにまでたどり着けないのが面倒くさい。

 なので。


「ちょっとお邪魔しまーす」


 なんて独り言を言いながらごく狭い路地――というより人様の敷地内を突っ切っていく。見咎められる前に素早くタッタッターっと走って、突き当りの塀をひょいっと乗り越えるともうすぐ大通りだ。


「よくこんな道知ってんな。道って言って良いんかはしらんけど」

「子どもの頃はここらを良く走り回ってたのよ」


 なにせこの辺りはずっと住んでた町だしね。来るのは久しぶりで、さっきの道を通ったのも何年ぶりかしら。懐かしかったけど、しかしまあ、我ながらよくあんな抜け道を覚えてたもんだわ。


「後はこの路地をまーっすぐ行けば王城の目と鼻の先に出るはずよ」

「ここも一発じゃ到底覚えられねぇ町だな。とはいえ、濡れネズミになることぁなさそうだ」


 空気は湿り気を帯びてて、妖精の感じからしてももう殆ど猶予はなさそう。服を濡らしていつもの侍女の手を煩わせるのもアレだし、急ぎましょ。

 ――と思ったんだけど。


「――、――――っ!!」


 路地裏で響く男の怒鳴り声を私の耳は拾って、脚が勝手に止まった。

 微かに、けれどハッキリと聞こえてくる男の声は複数。いずれも明らかに怒り狂ってて、近くのゴミ箱でも蹴り飛ばしてるのか時々「ガン!」っていう金属音が届いてくる。


「おいおい、また首突っ込む気か?」

「……仕方ないじゃない」


 ターナの時もそうだけど、相手が魔物かどうかは関係ない。誰かを助けるのは私の使命であり義務でもあって、気づかなきゃそれまでなんだけど気づいてしまった以上は見過ごすことなんてできやしない。


「文句言ってないで行くわよ」

「へいへい。付き合いますよ、お姫サマ」


 呆れるブランクを無視して声の方に走ると、すぐに私たちを怒号が出迎えてくれた。


「このヤク中のクズが! 金も無しにブツだけもらおうとかふざけんな!!」

「金も払えねぇならさっさと死ね!」


 そこで行われてたのは、紛れもない暴行の現場だった。地面に男性が一人、頭を守るようにしてうずくまってて、にもかかわらず強面の二人が何度も交互にその男性の腹や頭を蹴り上げていた。

 うずくまってる男の人はまったく動かず、蹴られるがままになってる。


「大人のいじめ……ってレベルじゃ済まねぇな、こりゃ」


 蹴り上げてる連中の形相からして、このままじゃ殺しかねない。そう直感した私は迷わず声を張り上げた。


「待ちなさいっ! それ以上やると死んでしまうわ」

「何だテメェはぁっ!? ああん!?」

「関係ねぇ女はすっこんでろ!」

「がなり立ててないで落ち着きなさいっての。この人が何したってのよ?」

「うるせぇな! このクソッタレの盗っ人野郎に、しでかした後始末つけさせてんだ! 分かったら失せろ!」

「テメェのその顔、グチャグチャにしてやっても良いんだぞ!」


 制止しようとした私の手を連中は振り払って、なおも男の人を蹴り上げようとする。どうやら完全に頭に血が昇ってて、私の声に貸す耳なんて到底持ち合わせてなさそう。

 なら仕方ないわね。


「止めなさいっての」


 連中がそうしてるように、私も力づくで対応させてもらいましょ。

 無理やり連中と男の人の間に割って入って蹴り上げてきた脚を受け止めると、連中は一瞬面食らった顔をしたものの、またすぐにひどい形相でにらんできた。


「何を盗もうとしたかしらないけど、もう十分制裁は受けてるわ」

「やかましい! だからテメェはすっこんでろ!」


 怒鳴りながら男の一人が、今度は私めがけて拳を振り上げた。

 ターゲットが私に変わるのは好都合。もっとも、黙って頬を差し出すほど私の精神は博愛に満ちあふれてはいない。

 手のひらで拳を受け流して腕を掴むと、そのまま男の腕を捻り上げる。


「落ち着いたかしら?」

「いってぇ! この……離しやがれ!」


 どうやらまだ興奮冷めやらぬようだけど、リクエストにお答えして腕を離してやる。ただし、もう一人の方へ向かって尻を蹴り飛ばしてやるっていうおまけつきで。

 そのもう一人の男が受け止めようとしたけど受け止めきれず、二人もんどりうって倒れた。さて、これでいい加減諦めてくれればいいんだけど。


「このアマァ……!」


 どうやら逆効果だったらしい。二人ともポケットから小型のナイフを取り出して、お目々を見ればたいそう血走っておられる。こりゃダメだ。


「死にさらせぇやぁっ!!」


 はち切れそうなくらい血管を額に浮き出させて襲いかかってくる。闇雲にナイフを振り回して連携なんてお構いなし。そろって私を血まみれにしてやることしか頭にないらしい。

 一般人ならナイフを持った大男に怒り心頭の強面でにらみつけられたら、それだけで足がすくんで動けなくなりそうなもの。だけど私からすればしょせん相手は人間で、ビビる余地はない。何度も死にそうな目に合ってるのは伊達じゃないってね。自慢にはならないけど。

 最小の動きでナイフの切っ先をかわしていく。普段はただっ広い場所で戦うことが多いけど、狭い路地だって別に苦じゃない。いつも魔物ばっかりで自由に動けるスペースなんてないし。


「このっ……! ちょこまかとっ……!」


 それにしても。

 改めて襲ってきてる連中を観察してみると、怒り狂うにしてもちょっと興奮しすぎじゃないかしら。血走ってる目といい浮き出てる血管といい異常だ。顔色も悪いし。そういえばさっき、ヤク中がどうこう言ってたっけ。

 薬物が蔓延るのはいつの時代も同じだろうけど、実際にそれに溺れた人間を目の当たりにすると残念としか思えないわね。


「クソがっ、死ね、死ねっ!」

「――そう望まれるのは慣れてるけど」


 あいにく、まだ私は死ぬわけにはいかないの。そう嘯いて一歩前に踏み出す。

 連中の手首を掌底で打ち払うとナイフが落ちて転がる。さらに足払いで体を宙に浮かせ、その体をもう一人めがけて蹴り飛ばす。二人揃って壁に叩きつけたところに魔術で氷の剣を即席で作り上げ、二人の喉元にそっと押し当てた。


「どうする? まだ遊んでほしいのかしら?」

「ち……、くそっ……!」

「おい、この女、ひょっとして――」


 どうやらこっちの男は私の正体に気づいたみたいね。悔しそうな、それでいて「なんでコイツがここに」みたいな顔を向けてきた。いや、単なる偶然なんだけど。


「行きなさい。この人に関わらないなら追いかけたりはしないわ」


 そう言ってやると、一人はまだ未練がましく倒れてる男の人の方をにらんでたけど、私に気づいた方が引っ張るようにして立ち去っていく。やれやれ、やっと行ったか。

 残された男の人の方を振り返ると、ブランクが魔術で治療しながら様子を確認していたので私も後ろから近づいて覗き込む。


「そっちの人はどう? 大丈夫そう?」

「そうだな……気を失っちゃいるが、見た感じ大怪我はしてなさそうだぜ。とりあえずしばらくは安静にしといた方が良いだろうけどな」


 そう。なら一安心かしら。とはいえ、こんな道端に放置しとくわけにもいかないからせめて病院なり警察なりに預けたいところなんだけど……アシュトン、まだこの辺りにいるかしら?

 なんにせよ、いつぞやみたいにブランクに運んでもらいましょ。

 私がそうお願いするとブランクはため息を吐きながらも、抱えるために男の人を仰向けにして。

 そして顕わになったその顔を見て、私は固まった。


「どうした、シャーリー? ひょっとして知り合いか?」

「……ええ、よく知ってる顔ね」


 久しぶりに見たその顔。記憶の中にあるそれよりもかなり老けてて、けれども間違いない。


「父の友人だった人であり、十年くらい前に宰相の補佐官をしていた人よ。そして――」


 処刑を、父に宣告した人でもある。

 冷たい雨が降り始めた。またたく間に強さを増した雨はあっという間に私をずぶ濡れにして、けれども脚は止まったまま。

 雷鳴が響き渡る。その轟音に負けないほどに心臓が激しく鼓動するのを感じながら、私はいつまでもその人の顔から目を離せなかった。





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