1-4.でも寄り添えるなら――
さてさて。
お腹も膨れたからこのままお城に戻ってもいいんだけど、せっかく街へ繰り出したわけだし、またブランクに街を案内することにした。
私が串焼きを買いに走ってる間、なにやらブランクとアシュトンで良からぬ話でもしてたみたいだけど、話の中身がどうあれ二人の波長が合ったみたいで何より。友人同士が不仲なんて事態は、間に挟まれる人間としては避けたいもの。
「シャーリーも良い友人を持ったもんだ。アシュトンのこと大事にしろよ」
「分かってる」
ただでさえ気のおけない友人は少ないんだから、ホント大切にしなきゃ。
そんなこんな話をしながら適当に街を歩き回ってると、私たちは北街の方にやってきていた。城の南側が裕福なエリアなのに対して、北街は全体的に治安が悪くて城から離れれば離れるほど貧困者が増えてスラムになってる地域も多い。だから住んでる人以外はあまり北街の方には脚を踏み入れない。
「なるほど、ね。確かにそんな感じがするな」
街の雰囲気を感じ取ったブランクが見回しながらつぶやいた。ま、私の住んでた家も比較的城に近いとはいえ北街にあるからあんまり悪くは言えないんだけど。
私の身なりがそれなりにキチンとしてるからだろうか、それか私が「裏切りの姫」だって気づいたからかもしれないけど、すれ違う人たちから粘度の高い視線を受けつつ進んでいくと、やがて公園にたどり着いた。
「人気がまったくねぇな」
普通公園といえば市民の憩いの場のはずなんだけどね。北街だと、余暇を楽しめるほど余裕がある人は少ないのかも。ただでさえ国全体で雰囲気が暗いご時世だし。
公園と言っても特に紹介するようなものもない。せいぜい荒れた芝生ゾーンがあるくらい。だから中を突っ切って進んでくと、公園の隅っこで集まって騒いでる子どもたちの姿が目に入った。
「子どもたちは元気で何よりね」
「……いや、ちょいとそんな様子じゃなさそうだぜ?」
そう言うブランクに促されてしっかり様子を窺ってみる。すると、確かに単に遊んでるのとは違ってるようだった。
「気持ち悪いんだよ、お前!」
「そーだそーだ! 男のくせに女みたいな見た目しやがって!」
「……」
「なんとか言えよ、この!」
私の視線の先では男の子が四人集まっていた。三人が一人を取り囲んで口々に喚き立ててたけど、取り囲まれてた髪の長い男の子は何も反応しない。それに腹を立てた一人が手を出した。押された男の子は転んでしまったのだけど、三人組は馬鹿にした笑い声を上げるばかりだ。
……やれやれ。単なる子どものケンカなら見ないふりしようかと思ったけど、これは見過ごせないわね。
なので。
「こーら!」
「あた!」
「ぶふっ!」
「いってぇ!」
こっそりと子どもたちの方へ近づくと、三人組に順々にげんこつをお見舞いしてやる。
「何すんだよっ!?」
「それはこっちのセリフよ。三人で寄ってたかって、いったい何してたのかしら?」
「うるせー! おばさんには関係ないだろ! 黙ってろよ!」
お、おば……!? いやまあ確かに子どもたちからすれば私も十分おばさんなんだろうけど、これでもまだ二十を過ぎたばかり。おばさんはちょっとひどくない?
そんな私の精神ダメージはともかく。
「関係なくないわ。悪いことしてるのを見つけたんだったら、それを正してあげるのも大人の役目よ。ほら、その子を起こして謝りなさい」
そう促すけど、子どもたちは不服そうに口を尖らせるばかりで倒した子を起こそうともしない。私としては自発的に行動してほしいから仁王立ちのまま待ってたんだけど、そんな私を見上げてた一人が「あっ!」と声を上げた。
「俺、コイツ見たことある! 知ってるぞ! お前、悪いお姫様なんだろ!」
「その話、俺も知ってる! 父ちゃんが言ってた! この国の王女はとんでもないヤツだって!」
私を指差してそう叫ぶと、それまでバツが悪そうだった子どもたちの表情が一転、私を見上げながらニヤニヤし始めた。
どうやら私が「悪いやつ」という一点を以て精神的優位に立ったつもりらしい。子どもたちにまで私の悪評が広まってるという事実は悲しくはあるけれど、でもまあ私がこの程度で動揺するはずもなくて。
「で?」
「え?」
「私が悪いやつだから何? それが君たちのいじめと何か関係があるのかしら?」
仁王立ちのまま冷たく睨んでやる。子どもたちは反論を思いつかないらしく口をモゴモゴさせて、やがて気まずくなったのか「行こうぜ」と一人が私に背を向けると、他二人もそれに付いてく形で公園から出ていった。
やれやれ。結局、誰一人謝罪も手を差し伸べもしなかったか。子どもを改心させるなんて簡単じゃないんだろうけど……ちょっと残念ね。
ともあれ、いじめっ子たちはいなくなったわけだし。
「君、大丈夫?」
押し倒されて尻もちをついたままの少年に向かって手を差し出す。だけど、小さな手に私の手は払いのけられた。
「……」
少年は無言のまま涙目で私を睨みつけて、それから腕で目元を拭うと一人で立ち上がった。そしてクルッと私に背を向けて立ち去ろうとする。うん、足取りを見る限りケガはなさそうね。なら良かった。
私はそのまま少年を見送るつもりだったんだけれど、その頭が突然ガシッと掴まれた。ブランクだ。
「こーら、少年。助けてもらったんだからお姉ちゃんに礼ぐらい言いな」
「……別に頼んでない」
「でも助かったろ? それともあのままいじめられっぱなしの方が良かったか?」
ブランクの問いかけに少年は首を横に振った。良かった、余計なお世話じゃなかったみたい。
「望んでないにしても、助けてもらって嬉しかったらお礼は言うべきだし、悪いことをしたんなら謝る。それが人間ってもんだ」
「……」
「さっきの連中は誰一人少年、お前に謝んなかった。少年はアイツらと同じになりたいか?」
「……ううん、なりたくない」
「だよな。ならまずはお礼をしっかり言える人間になろう。礼を心からちゃーんと言える人間に悪い奴はいねぇからな」
最後に頭を軽くポンポンっと叩いてからブランクは少年の背中を押す。少年は私の前にやってきてモジモジとしてたけど、やがて恥ずかしそうに上目遣いをした。
「その……ありがとうございました」
「どういたしまして。困ったらいつでも呼びなさい。どこにいたって駆けつけてあげるんだから!」
お礼なんて期待してなかったからか、小声ではあるものの少年のはっきりした言葉になんだか嬉しくなって、ついつい私もおどけてみせると少年はようやく笑ってくれた。そして公園の外に走っていって、出たところでまた私に振り返り手を大きく振ってから去っていった。素直ないい子だこと。いじめに負けず、まっすぐに成長してほしいわね。
それはそれとして。
「やるじゃない、ブランク。さすがは父親をしてただけのことはあるわね」
「そりゃそうだ。いくら可愛くて可愛くて仕方なくても、娘のしつけはしっかりしてたつもりだからな」
それが最低限の義務ってもんだ。からかい半分の私の口調に珍しく真面目に答えると、ブランクは少年が去った方を見つめて目を細めた。
サングラスの隙間から垣間見えたその眼差しは少し寂しそうだった。ひょっとすると、亡くなった娘のイチカちゃんの姿を重ねてるのかもしれない。いなくなったのもあの少年くらいの歳だったはずだし、思うところはあるわよね。
ブランクの心情なんて推し量れるとは思わないけど、でも寄り添えるなら私もブランクに寄り添ってあげたい。だからブランクが歩き出すまで、私はじっと彼の隣で同じように少年の去った方を見つめ続けたのだった。
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