1-3.アイツを守ってやってくれ
「よぉ、シャーリー」
振り返れば、串焼きを両手に持った美丈夫が立っていた。
「アシュトンじゃない。こんなところで何してんのよ? またナタリア様に駆り出されたの?」
「いんや。今日は無事に逃げ延びた。今は街の警ら中。ナタリア様ならいつもの場所で炊き出しやってたぜ。お前こそどうしたよ? こんな時間に珍しい」
制服こそ着てるけど、串焼きを両手に持って口をモグモグさせてる姿はどう見たって仕事中というよりはサボり中なんだけど……ツッコまないであげましょ。
「ついさっき魔物ぶっ飛ばして帰ってきたとこ。ちゃんと昼ごはん食べてなかったから、ここらへんになんかないかと思って――あ、そうだ」
アシュトンにはブランクを紹介してなかったわよね。コイツとはちょくちょく会うだろうし、せっかくの機会だから紹介しときましょ。
『良いのか?』
(構わないわ。アシュトンは信頼できるし、ブランクも顔を合わせといた方が何かと都合が良いと思うわよ)
街のこともよく知ってるし、女性と話す機会も多いからかアイツ、いろんな情報も仕入れてる。何よりアシュトンにはあまり隠し事はしたくないというのが本音だ。
私が促すとブランクが隣に姿を現した。アシュトンからは突然人間が現れたように見えたはずで、手の串焼きを落としそうになるくらい驚いてたけど、私が召喚した精霊だと紹介するとマジマジとブランクを眺め始めた。
「ブランクだ。アンタのことはシャーリーからよく聞いてるよ」
「あ、ああ。アシュトン・カーライルだ。精霊って会話できたんだな」
「コイツは特別変な精霊だから」
何しろ、ずっと召喚しっぱなしでも魔力の消費はほとんど無いし。どういう理屈なのかは未だにさっぱりだけど。
「元は人間をやってたんでね。ま、よろしく頼む」
「なるほど、それで精霊っぽくないんだな。シャーリーとはそれなりに仲良くさせてもらってる。こっちこそ宜しく頼むぜ」
ブランクとアシュトンはどちらからともなく手を差し出して握手してた。どうやら相性は悪くないみたい。良かったわ。
「ところでブランクさん。アンタ飯は食えんの?」
「食わなくても平気だが、飲み食いは好きだな」
「飯食うどころか、酒もタバコも好き放題よ。精霊というよりは中年のおっさんって考えた方が適切ね」
「ひでぇ言われようだな」
「事実でしょ」
「はいはい、二人が仲良いってのは分かったよ。
なら、シャーリー。お前が好きな串刺し肉の店、あっちの方で店出してたぞ」
「串刺し肉の店って……うそっ! あの怖い顔のおっちゃんの!?」
「ああ。これから飯なんだろ? だったらブランクさんにも食わせてやったらどうだ? せっかくだし、俺はここでブランクさんともうちょい話してるからよ」
あのおっちゃんの肉って他とはレベルが違うのよね。おっと、想像しただけでよだれが口からあふれちゃう。
ただ、人気なだけあってすぐ売り切れちゃう。こうしちゃいられないわ。
「分かったわ。ならブランクはここで待ってて。すぐ買ってくるから」
「気ぃつけな。人とぶつかって落としても泣くんじゃねぇぞ」
だから私は子供か……ってツッコんでる暇も惜しいわね。一刻も早くおっちゃんの店に馳せ参じなければ。さもなくば私は間違いなく後悔する。
ブランクのことはアシュトンに任せ、私は一目散に人集りの中へと突っ込んでいったのだった。
――lookie-loo
人混みの中へと猛烈な勢いで飛び込んでいったシャーリーを苦笑いで見送り、アシュトンは改めてブランクに向き直った。
目の前の人物は精霊だが元人間だという。サングラスを掛けてるせいで人相はちゃんと分からないが、雰囲気から察するに自分よりも年長だろうと当たりをつけた。
自分が話をしたくてシャーリーに席を外させたのはいいが、さて、なんと切り出そうか。アシュトンが緊張から軽い乾きを覚えていると、ブランクの方から口を開いた。
「で? 俺に何か話したいことでもあるのかい?」
「察しが良くて助かるよ。
ブランクさんはその、あー……シャーリーの事はどこまで知ってる?」
「曖昧な質問だな。だがまあアンタの聞きてぇ事はなんとなく分かる。
あの娘の事は一通り聞いてるよ。父親のことも、そのせいで到底王女とは思えない扱いをされてないことも、な」
ならば下手に奥歯に物が挟まったような言い方をする必要はない。アシュトンは「頼みがある」と切り出した。
「藪から棒だねぇ。なんだい?」
「アイツを、シャーリーを守ってやってくれ」
ブランクに向かってアシュトンは思い切り頭を下げ、思いもしなかった頼みにブランクは目を見張った。
「アイツ、自分の境遇を当然の報いだと思ってるからさ。だからあんまり泣き言も言わないし、おまけに戦場でもいろいろと無茶するだろ?
本当はダチである俺がアイツを守ってやれれば良いんだけど、俺じゃ王城の奥まで入れないし、戦場でも一緒に戦ってやれるほどの実力もないんだ。だけどブランクさんは違うはずだ。精霊ならアイツが一人で泣いてる時だって一緒にいてやれるし、戦いでも守ってやれる力もあるだろ? だから――頼むよ」
アシュトンは苦しげに言葉を絞り出した。
ずっとやきもきしていた。傷つき、苦しんでるシャーリーを、そのことを押し隠して生き続ける彼女を見て、何もしてやれない無力さを痛感する日々だった。何かをしてやりたい、けれどただ何気ない会話くらいしかしてやれない自分が恨めしかった。誰でもいい、誰かが彼女に寄り添ってやってほしかった。
そこに現れたのがブランクだ。精霊であれば常にシャーリーと共に行動するはず。であるならば戦場ではもちろんのこと、不遇過ぎる人生を生きる彼女に精神面でも寄り添ってあげてほしい。
そう願ってアシュトンが頭を下げ続けていると、その肩が優しく叩かれた。
「分かってるさ。あの娘は守る。だから頭を上げてくれ」
「ブランクさん……」
「召喚された身じゃああるが、あの娘は俺にとっても本当の娘みたいなもんだ。アンタと同じくシャーリーの幸せを心から願ってる。なら、あの娘を身を挺して守るのは当然ってもんさ」
アシュトンの思いは、ブランクもまた同じだ。できることは限られてるが、それでも可能な限りシャーリーを守るし助ける。その気持ちに変わりはない。
「……ありがとうございます」
「礼なんてよしてくれ。むしろ俺の方からもアシュトンに礼を言いたいくらいさ。
数は少ないかもしれねぇが、あの娘は良い友人に恵まれてる。アシュトンも、これからも良い友人でいてやってくれ」
「もちろん」
どちらともなく手を差し出して握手を交わし、アシュトンは「我ながら恥ずかしいことしたな」とうそぶきながら頬をかいた。
「男同士見つめ合って何やってんのよ」
と、そこにシャーリーが戻ってきた。両手には分厚い肉が刺さった串焼きが何本も握られていて、そのうちの一本を頬張りながら訝しげな視線を二人に送っている。
「なぁに、ちょっち話したら意気投合してな。握手で友好を確認してただけさ」
「ふぅん、そ。あ、これブランクの分。ついでにアシュトンにも」
ブランクの返答に興味なさげに応じると、それよりも、と手の串焼きを二人に差し出した。そして花より団子とばかりにシャーリーは新しい串へとかぶりついていく。その様子を眺めながらアシュトンは呆れたように後ろを頭をかいた。
「……まあ、こんなヤツだけどよろしく頼む」
「いやいや、こういう娘だからこそ可愛いってもんさ」
二人の会話を聞いて何の話かしらと首を傾げつつも、それよりも腹ごしらえが優先とばかりにシャーリーはまた肉を頬張っていったのだった。
BreakUp――
読んでみて少しでも「面白かった」「続きが気になる」などと思って頂けましたら、画面下部の☆評価、画面上部の「ブックマークに追加」などで応援頂けると励みになります。
何卒よろしくお願いいたします。




