1-2.アレが異世界の孔ってやつか
世界のすべてを染め上げんばかりの迫力を携えて、イフリルの一撃は一瞬で大型種を飲み込んだ。
着弾の瞬間に音が一瞬消え去り、遅れて灼熱の突風が辺りを焦がしながら広がっていく。木々のみならず中小型の敵もろともふっ飛ばしてって、最後には耳をつんざくような爆発音が一帯に響き渡った。
「ひゅー、さっすが。危うく巻き込まれるトコだったぜ」
いつの間にか隣にやってきてたブランクが芝居がかった仕草で額の汗を拭ってた。そういう仕草されると、ちょっとだけ「巻き込まれてみたら面白かったのに」なんて思ってしまうけど、功労者なのでさすがにそれは口にしない。
爆発が収まって大型種が立っていたところを見れば、巨大なクレーターができてて完全に消滅。小型種に関してはかなり倒せたみたいだけれどさすがに数が多いし、中型種もまだまだ健在。孔も小さくはなってるけど残ってる。
「ほら、残った敵もさっさと片付けるわよ!」
「へいよ。相変わらず人使いが荒いご主人サマで」
ボヤくブランクのケツを叩いて、また敵のど真ん中へと戻る。残った魔力で召喚可能な精霊の力を借りて手当たり次第に敵を斬り裂いていく。やってることとしては大型種が出てくる前とそう変わらないけど、数がだいぶ減ったおかげで危険度は大きく下がってるし気は楽だ。もちろん気を抜く訳じゃないけど、終わりが見え始めたっていうのは精神的な疲労の面で大きい。
「アレが『異世界の孔』ってやつか。思ったほど気味悪くはねぇな」
しばらく淡々と敵を倒し続け、やがて数えられるくらいまで敵が減ったところでブランクが声を上げた。
横目で見るとすぐ近くに孔があった。私もここまで接近するのは初めてで、なるほどブランクが言うとおり想像してたよりも不気味さは感じない。
孔の中なんて真っ黒で何も見えないと思ってたけど意外と明るいというか、例えるなら月の出てない夜中みたいな感じかしら。暗いのは暗いんだけど、想像してた何もかも吸い込むような暗闇とはちょっと違ってた。
孔はもうかなり小さくなってて、今にも閉じようってくらい。小型の魔物も出てこなくなってるし、今回の戦いももう終わりそうね。
「そうだな、あとちょっと踏ん張りゃ終わり――!?」
背後で敵を倒しながらブランクと会話してると、突然彼が駆け出した。
「ちょっとっ! どうしたの!?」
私の声には見向きもせずブランクが孔の方へと走っていく。私も追いかけようとしたけど、残ってた魔物が迫ってきたので已む無くそちらに対応するしかない。
「……ちっ、間に合わなかったか」
やがてすべての魔物を倒し終えてブランクの元にたどり着いたけど、その時にはすでに孔は完全に塞がってて、私を出迎えたのは彼の悔しそうな悪態だった。
「急に走り出して……一体どうしたってのよ?」
孔はもう塞がりかけだったし、危険そうな魔物もいなかったと思うけど。ひょっとして、ブランクの「すまほ」でも落としちゃったのかしら。イチカちゃんの写真が大量に入ってるみたいだから、ブランクにとっちゃこの世のどんな財宝よりも宝物だろうし。
なんて、のんびり考えながら質問をしたわけだけど、ブランクから返ってきたのは思いも寄らない返事だった。
「……いたんだよ、中に」
「え?」
「だから、いたんだよ、孔の中に――人間が」
その言葉を聞いた瞬間、戦慄が私の中で走ったことは言うまでもなかった。
さて。
ブランクからとんでもない話を聞かされたわけだけど、孔はすでに塞がってしまったわけだし、真偽を確認する術はない。
焦りは隠せなかったけれどもブランクに宥められたこともあって、とりあえずは気持ちを落ち着けてまずは魔物殲滅の確認と、同行してた軍本隊の司令官にその旨を報告。孔の中にいたという人間の存在については私の胸の中に留めておくことにした。どうせ報告したところで私の信用度だと「んなことがあるか!」なんて一蹴されるのがオチだろうし。
報告を終えて王都への変える道すがら、ブランクが目撃した内容を改めて確認したところ、どうやらハッキリと人間だって確認したわけではなさそうだった。
「魔物とは違った影が中に見えたんだよ。とっさに暗視強化の魔術使ったんだが、直後に孔が完全に閉まっちまってな」
魔物とは明らかにシルエットが異なってたみたいで、強化した視力で一瞬だけ人っぽい姿が見えたとのことだ。
「もし人だとしたら……無事だと良いんだけど」
私たち以外で孔まで近づける人間がいたとは思えない。けど、戦ってる最中に偶然軍の人間がたどり着いて、何かの拍子に孔に落ちてしまった可能性は否定できない。孔に入った人間がどうなるのか分かんないし、仮に次に現れた孔で助けに行けるかも分からないけど、どうか生き残っててほしい。頭では絶望的だって思ってはいるけど、そう願うことしかできない。
「いやぁ、どうだろうな。落ちたって感じじゃなくてこっちの様子を窺ってる感じだったぜ」
そっか。なら人型の魔物かしらね。だとしたら杞憂に終わるんだけど。
というところで、ふと疑問が湧いた。
「そういや孔の中ってどんな風になってんだ? 人間が生きていける環境なのか?」
ブランクも同じ疑問を抱いたようで、私を見て首を傾げた。
改めて考えてみれば、孔の中がどうなっているのか私もまったく知らないのよね。
お父さんたちが孔を塞ぎに行ったわけだから研究はされてるはずで、たぶん孔の中の様子も知ってる人はいる。けれどそこらの情報は驚くほど開示されてないし、世間も知ろうとしてなかったように思う。
「魔物が生きてるくらいだし、たぶん人間も生きていけると思うんだけど……」
「でも魔物はこっちに来ると数日で消えちまうんだろ? だったら環境が全然違うんじゃねぇの?」
「私だって分かんないわよ」
でも、そう言えばお父さんが昔、酔っ払った時に少しだけ話してくれた気がする。孔の向こうに行ったって。なんて言ってたっけ……植物とかは見たことない種類だけど全体的にはこっちとあんまり変わんないって言ってたような。もうちょっと突っ込んで話聞いとけばよかった。とっくに後の祭りだけど。
そうこう話してるうちに王都に帰着して、いつもどおりネザロに報告。今日のネザロは……まあ、うん。ご機嫌斜めだったみたい。何をされたか、思い出すと惨めになるだけだからさっさと風呂で汚れと口元の血を記憶と一緒に洗い流す。それから手早く着替えて、明らかに不機嫌なブランクを宥めるために私たちは街へと繰り出した。お昼も簡単にしか食べてないしね。精霊だってきっとお腹が膨れると機嫌も良くなるに違いない。
時刻は午後三時くらい。昼食としてお腹を満たすには遅すぎるけど、夕食の時間を後ろにずらせばいいか、と思って東街の市場付近の露店を物色していく。
「何か食べたいのある?」
私は気にしてないとアピールするように、努めていつもどおりの口調で話しかける。すると王城からずっと険しい顔をしてたブランクが大きく息を吐いて頭をかきむしった。どうやらさすがに大人げないと思ったらしく「気を遣わせたな」と謝罪してきた。
それは良いんだけど……私の頭を撫でるのは止めなさいって。
「悪ぃ悪ぃ。どうもちょうどいいところにシャーリーの頭があるんでな」
「悪いって思うならさっさと手をどかしなさいっての」
謝りながらも頭からどかそうとしないブランクの手を叩き落とす。もうすっかり慣れたやり取りをしつつも、ブランクからは「腹に溜まる物が食いたい」とリクエストを賜ったので、何が良いかしらね、と露店の匂いを頼りにぶらついていく。
と、突然ブランクが姿を消した。
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