1-1.頼りになる私の相棒
太陽の光が燦々と私たちに降り注いでくる。
ヴェルシュ王国は大陸の比較的北側に位置するし、標高の少し高い土地柄だから夏でもまあまあ過ごしやすい。南にあるシュヴァルト王国の南部まで行くと立ってるだけで汗が噴き出して止まらないどころか倒れるくらい暑いらしいし、それに比べればここは断然マシだろう。
だからといってお天道様が全力で仕事しまくりやがってるのには変わりない。日陰がまったくないただっ広い荒野で、直射日光にさらされて天日干しな状況というものは非常に御免被りたい所存だ。夏の日差しは肌に悪いという話も聞くし、白くてキレイな肌が密かな自慢の私としては特に避けたいところである。
とはいえ、そうもいかないのが現状で。
「ブランク! 四時方向のケアお願い! こっちは任せていいから!!」
「了解っとぉ! しくじんじゃねぇぞご主人サマ!」
「誰に言ってんのよ!」
日光で火炙りにされながら、私とブランクは絶賛魔物たちと戦闘中なのである。
「はああああぁぁぁぁぁぁっ!!」
雄叫びを上げて全力で敵へと踏み込んだ。精霊の力を借りて底上げされた身体能力で敵の攻撃をかわし、同じく精霊の力で強化された剣で次々魔物を両断していく。
「■■■■ッ――!」
「やかましいっ!!」
ひしめく小型の魔物を飛び越え、中型サイズの狼型が耳障りな咆哮を上げて襲いかかってきた。
大口開けて飛び込んできた間抜けの口に魔術をお見舞いしてやれば、「きゃうん!」なんて可愛らしい声を響かせてその場に墜ちていって、そこを剣で串刺しに。すると黒い影のバケモノはあっという間に風に流されて消えていった。
一匹、完了。されどまだ一匹。終わりは見えない。息をつく暇もなくまた新たな敵が迫ってくる。小型を蹴散らしながら押し寄せてきた別の中型種の攻撃を受け止め、その勢いを利用して一度後退。すると背中に軽い感触があった。
「――」
サングラス越しにブランクと目が合う。互いに頷きあって私たちは無言のまま位置を入れ替えて、これまでとは反対側の敵めがけて走り出す。後方からは絶え間なくブランクの銃撃音が響いてきて、振り返らずとも彼が敵を屠り続けているのが分かった。その証拠に背後にはまったく魔物の気配がない。つくづく頼りになる私の――相棒だ。
(まさか精霊を「相棒」だなんて呼ぶ日が来るなんて、ね)
安心して背中を預けられて、おまけに普通の会話もできる元人間の精霊。過去の常識からすれば摩訶不思議な精霊ではあるけれどこれを相棒と呼ばずしてなんと呼べばよいのか。もっとも、私生活はだらしないんだけど。
ついクスっと笑ってしまいながらも、敵を屠る腕を止めない。右へ左へとステップを踏みながら剣を振るい、目まぐるしく変わる視界の隅でチラリとある方向を見つめた。
(「孔」は――まだ閉じてないか)
何もない空間にぽっかりと開いた真っ黒な孔。地上から高さは目算で二メートルくらいかしら。それこそがまさに「異世界の孔」だ。私もこんな間近で見たのは初めてなんだけど、虚無を思わせるその真っ黒さは眺めてるだけで不安にさせてくる。
少し前までは絶え間なく小型の魔物が放出されてたけど、今はそこまでの勢いはない。断続的に出てきた中型種も途絶えてるから、たぶんもうすぐ閉じるんじゃないかって思うんだけど。
と思ったら。
「ウソでしょぉ……!」
孔からヌッと飛び出してきたのは巨大な頭。孔を無理やり広げるみたいにして腕が入り込み、更には体、脚と順々に出てくる。
真っ黒な全身。両目の部分は一際黒さが際立つ不気味な相貌をしてて、猫背にもかかわらず背丈は十メートルを超えてそうだ。
間違いない。大型種だ。
「あれが大型種ってやつか」
いつの間にかすぐ近くまでやってきてたブランクがのんきな声を上げる。彼の緩い雰囲気をよそに、後方から届いてた軍の攻撃が一瞬止まった。またすぐに再開したけれど、普通ではないその行動から相当な緊張っぷりがうかがえるわね。あるいは恐慌と言ってもいいかも。
大型種の瞳が私たちを捉えた。瞳らしい瞳がないからどこを見てるかは実際分かんないけど、たぶんこっちを見てる。そんな気がする。その証拠に、人間っぽいシルエットにそぐわない不自然な方向に腕が伸びて、中小型の魔物ごと薙ぎ払いながら巨大な腕が押し迫ってきた。
「どわっ! ……ハハッ、こりゃすげぇ迫力だ!!」
跳躍して避けながらもブランクから笑い声が聞こえてきた。分かるわ。中小型とはあんまりにもスケールが違いすぎて変な笑いが出ちゃうのよね。
空中で上下逆さになりながら後方の様子を確認する。どうやら大型種の腕は軍本隊までは届かなかったみたいだけど、巻き込まれた木や礫にやられてそれなりに被害は出てるらしかった。一応反撃として精霊武器の大砲や銃撃が飛んではいくんだけど、大型種はまるでダメージらしいダメージは受けてない。
やっぱり軍の武器じゃ無理か。なら。
「ブランク! 一発でかいのお見舞いしてやるから時間稼ぎよろしく!!」
「オーケー! 任されたぜ!」
そう叫んで私が小型種の囲みを飛び越えると、すぐにブランクも跳躍した。そしていつぞやも見た小型の大砲みたいな武器を出現されて肩に担ぐと、早速一発ぶちかましてくれた。
着弾の途端に地上は炎に包まれ、その熱が私にも伝わってくる。程なくして炎が収まると、小型種がかなりの範囲で一掃されたのが分かる。とはいえ、軍本隊も近いから威力を抑えてたのか、まだだいぶ残ってはいるんだけど。
それでもうじゃうじゃいた小型種が私たちの周囲からは一時的にいなくなった。その隙に私は魔物たちの群れから一旦大きく離脱して、近くにあった手頃な木のてっぺんに立った。
「頼りにしてるわよ、ブランク……」
眼下ではポッカリと開いた空白部分を瞬く間に他の小型種が埋めていっていって、ブランクがかつての私みたいに一人で奮戦してくれていた。踊るようなステップで攻撃をかわしながら全く危なげなく敵を次々と倒していく。しかも小型種だけでなく中型種も含めてだ。
ホント、頼りになる相棒だこと。なら私もうかうかしてらんないわね。
「――、――――……」
胸元のロケットを握って私は詠唱を開始した。足元に青白い魔法陣が浮かび上がり、そこから文字のような幾何学的模様が浮かび上がって私の周囲を躍り始める。そして一瞬だけまばゆい光が私を包み込んで、遅れて重い衝撃が私にのしかかってきた。
見上げれば、ブランクを召喚して以来ご無沙汰だったイフリルが厳しい顔で私を見つめていた。ごめんね、なかなか喚んであげられなくて。
「……、……」
そう謝罪を口にするとイフリルが「気にするな」とばかりに怖いその顔を少し和らげてくれた気がした。いや、実際のところイフリルの表情はさすがに分かんないからなんとなくなんだけどね。
ともかく、イフリルの召喚も無事に終わった。大型種を見遣ると、巨大な黒い腕を振り上げていた。黒い相貌が見つめるのは私。しまった、感づかれたか。
急がなきゃ、と思ったのも束の間。地上側から白い閃光がほとばしって大型種の顔面付近で爆発した。
「■■■、■■■■ァァァァァッッ――!!」
大型種から伸びてた異常に長い腕が急に半ばから消滅し、着弾した顔の辺りを押さえて叫び声を上げる。視線を動かせば、やはりと言うべきか何と言うべきか、ブランクが自分の背丈と同じくらいある砲身の武器を構えていた。
砲口から白い煙をたなびかせ、やがて空気に溶け込むように武器が消滅する。そして次々襲いかかってくる小型種の攻撃を避けながら、こちらに向かってサムズアップしてた。
まったく、頭が上がらないわね。借りが溜まっていって、そのうち私の方がブランクにこき使われるようになるんじゃないかしら。
なんて軽口を一人叩きながら両腕を前に伸ばす。
狙いは無防備な大型種。ブランクの攻撃のおかげで敵はのたうち回るばかりで、これなら外しようがない。
魔力を全力で注ぎ込み、私の全身から赤白いものが立ち昇っていく。
「いっけぇぇぇっっっ!!」
そしてイフリルの腕から巨大な炎が敵へと襲いかかっていった。
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