5-4.親友でいてくれるかしら?
「実は今度、リューベリック王国に留学できそうなんです」
もうすっかり馴染みとなったターナの家で紅茶とお菓子を楽しんでると、少しはにかみながら彼女はそう切り出してきた。
突然の話に驚いて紅茶をこぼしそうになり、指摘されて慌ててカップを持ち直す。危ない危ない、熱々の紅茶をかぶるとこだったわ。
驚きを数秒かけて消化すると、私の顔もほころんでいく。そして自然と口から「おめでとう」と言葉があふれた。
「良かったじゃない! じゃあ夢が叶ったってことなんだ」
「はい。まだ本決まりではないんですけど、入学が認められそうだって内々に向こうの大学から連絡が来たんです」
「驚いた。いつ申し込んでたの?」
「シャーリーから事件の全容を教えてもらってすぐです。復帰しようと思って大学を訪れたら、ちょうど募集の締め切り間近だったのでその場で申し込んで、数日後に試験を受けました」
事も無げにターナは言ってのけてるけど、それがどれだけ難しいことか。勉強するための本は一冊しかないし、仕事もしてるから満足に勉強する時間だって取れなかっただろうに、それでも合格するなんて。普段から相当努力してたんだと思う。
本当にすべて解決してよかった。そう思いながらカップに口をつけつつ、私は事件後の事をつらつらと思い返した。
さて。
ターナが留学する、なんて話になっているということは当然彼女の抱えてた父親からの借金は全部チャラになったということである。それどころか多大なお釣りさえ返ってきた状態だ。
国庫に手をつけた、というのは事実なのでターナのお父さん――グラヴィスさんの罪は消えないけれど、デイビーズがすべて語ったところを信じるならば、横領された額の大部分はデイビーズがやったものらしく、グラヴィスさんが手をつけたのはせいぜいが一ヶ月の給料分程度。
失職は仕方ないにしても、横領分のカタに持っていかれたグラヴィス家の財産を考えれば国としては相当に奪い過ぎなわけで、その分が還付されたというわけである。
また、発覚当時にグラヴィスさんにすべてをなすりつけることになった捜査もずさんだった。横領額の認定も今となっては適当すぎと言わざるを得ないけれど、たぶんどっちもデイビーズが上手いことやったんでしょうね。アイツ、口だけは上手そうだったし。
とはいえそんな事はターナには一切関係ないわけで、そういった国の不手際に対する謝罪と口止め料も上乗せされた結果、借金地獄から一転して、ターナの手元には莫大なお釣りが転がり込んできたのである。
(借金も完全になくなって、あのヴェロッキオ・ファミリーとも縁が切れたわけだし、本当に良かったわ)
カップから口を離して一息つく。
グラヴィスさんがヴェロッキオ・ファミリーで作った借金も全部チャラ。グラヴィスさんに過失は無いとされ、加えて本人がすでに死亡していることから残った借金は国が一旦全部肩代わりして、そのうえで後はデイビーズから取り立てていくことになった。
「ほい、これが借用書と返済証明書ですよっと」
そう決定が通知されると、トマーゾはすぐに書類をターナのところに持ってきた。偶然その日も私がターナの家に来た時だったから一緒に確認したけど、書類にごまかしとかはなさそうだった。
「ずいぶんと仕事が早いじゃない」
「そりゃもちろん。仕事が早いのがウリのひとつなんで。金を貸すのも回収するのも、ね。どうです? シャーリー王女も金が必要となればいつでもどうぞ」
「その場合の返済は、ファミリーの建物を精霊術で更地にするってことでいいかしら?」
正直、コイツのことも疑わしい。デイビーズと組んでグラヴィスさんに借金させてたんじゃないかって気がするんだけど、デイビーズは特に何も証言しないし証拠もないからあくまで私の中の疑惑留まりではある。とはいえ、そんな状態なので万が一金に困ったとしてもコイツから金を借りるなんて絶っっっ対にありえない。
「おーおー、怖ぇ怖ぇ。さすがは裏切りのお姫サマ。
んじゃ間違いなく必要なもんはお渡ししたんで、俺は退散しますよ」
「待ちなさい。私にも返さなきゃいけないものがあるんじゃなくって?」
「おっと、そうでしたそうでした」
私が呼び止めると、トマーゾは頭をかきながらポケットに手を突っ込み、私が預けてたロケットを手渡してきた。
さも忘れてたふうにしてるけど、これは確信できた。こいつ、私が思い出さなきゃそのままパクるつもりだったわね。ジロリとにらみながらロケットを奪い取り、精霊の力を少し借りて思いっきりその手を叩いてやると痛みで顔がひきつってた。ざまあみろ。
ともあれ、ヴェロッキオ・ファミリーとも縁が切れ、私のロケットも手元に戻ったところで事件はとりあえず解決。今日はそのお祝いをしようとターナを尋ねたわけだけど、留学ほぼ決定なんて、お祝い項目がまた増えたわけね。うん、なんて素晴らしい日なんでしょ。
「これも全部、シャーリーのおかげです」
お茶を飲みながら一人感慨にふけってたけど、ターナから突然そんな言葉を掛けられた。キョトンとしてしまった私をよそに、彼女は真剣な目をしてた。
「シャーリーのおかげで夢を叶えられそうです。どれだけ感謝しても足りないですが、いつか何らかの形で頂いた恩をお返しします」
「相変わらずね。別にいいわ。私が好きでやったことなんだし」
「いえ、頂いたものには相応のお返しをしなければなりませんから」
ホント、その言い方はターナらしい。頑固よねぇ、この娘も。
けどまあ、そうね。せっかくお返しをしてくれるっていうんならありがたく頂戴しようかしら。
「それなら一つ、お願いがあるんだけど」
「なんでしょう?」
「私と――これからも友達でいてくれるかしら?」
私にこの国に友達といえる人は少ない。ターナは私が裏切りの姫だってことも知ってるし、事件は解決してしまったけれど私はこの縁を切りたくなかった。
だから思い切ってそんなお願いをしてみた。返答を待つ間、私の心臓はバクバクと激しく鼓動しっぱなしで、お茶を飲むふりをしてるけどカップの中身はもうとっくに空っぽ。だけど、怖くてターナの顔を見られないんだから仕方ないじゃない?
それでもやっぱり彼女の反応が気になって、恐る恐るカップの縁から様子を窺ってみると、今度は彼女がキョトンとしてた。
そして、彼女は首を横に振った。
「ダメですよ、そんなの」
ダメ、か。ま、そうよね。「裏切りの姫」と友達なんて、醜聞が過ぎるものね。
――と、思ったのだけれど。
「最初からそのつもりなので、それじゃお礼になりません」
「ターナ……」
「だから他のお願いにしてくれませんか?」
……まったく、嬉しいこと言ってくれるじゃない。
涙がにじんだ。こぼれそうになるそれを指先でそっと拭って、今度は私が首を横に振った。
「なら少しだけ変えるわ。これからは親友でいてくれるかしら? それと、リューベリックでも元気で過ごして。時々、お手紙でもくれるとなお嬉しいわ」
「それも全然お返しになってない気がしますが……それでシャーリーが喜んでくれるのであれば」
なら交渉成立ね。
お互いに顔を見合って微笑み、だんだんと訳もわからずおかしくなってきて。
同時に、そう遠くない未来に来る別れも寂しくなって。
私とターナはどちらからともなく抱き合って、しばらく泣き笑いし続けたのだった。
「お、戻ってきたかい?」
道端でタバコを吹かしてたブランクが、家から出てきた私を出迎えてくれた。
私の少し赤くなった目を見て察してくれたのか、「ま、これでも吸って落ち着きな」って言いながらタバコを一本手渡してきた。普段は人前じゃ吸わない私だけど、ここなら人はほとんど来ないしいっか。そう思って吸ってると少し気分が落ち着いてきた。
「ターナ、リューベリック王国に留学するんだって」
「……そうかい。良かったじゃん」
「うん、本当に良かった。正直、寂しくはあるけどね」
でも頑張る彼女だし、心から応援してあげたい。だって親友だものね。
「そうだな。これまで苦労した分、報われてほしいよな」
ふぅ、と吐き出して、煙がゆらゆらと昇っていくのをぼんやりと追いかけてるとブランクと目が合って、そういえば、と思い出した。
「その、今回はいろいろとありがと」
「なんだ、急に?」
「うん、解決に向けて一生懸命動いてくれたのブランクだったのに、ちゃんとお礼言えて無かったな、と思って」
「気にすんな。戦ってばっかいるよりはよっぽどマシさ。それに、こうして駆けずり回るのは慣れてる。いつ誰に呼び出されても似たようなもんだしな。アンタは相当優しい方だよ」
「それでも、よ。普通の人間と違って貴方には言葉以外お礼ができないから」
「そんなことねぇさ。これがもらえりゃ十分」
そう言ってブランクはくわえてるタバコを指差してニッと笑った。まったく、ずいぶんと安上がりなこと。とはいえ、何かお礼も考えなきゃね。労働には報酬で報いないと。
「それより、アンタの方こそお疲れさん」
「何のことよ?」
「ターナに補償させるために、その動きにくい体であちこち奔走してたろ?」
「……バレてたの?」
「なんとなくな」
参ったわね。大臣に頭下げたり、逆に責任問題を盾に脅してみたりしてたからあんまり知られたくない部分だったんだけど。そのためにわざわざブランクには別の用事を頼んでたってのに。
タバコも吸い終わって、魔術で吸い殻を燃やしつくすとターナの家に再び背を向けて歩き出す。
「別にたいしたこと無かったわ。ブランクの頑張りに比べれば全然よ」
「そう言ってくれるのは嬉しいんだけどよ、もうちっと自分を褒めたってバチ当たんねぇんだぜ?」
「私の自己満足のためにちょっと手間を掛けたってだけよ。そんな胸を張るほどのものでもないわ」
「……頑固だねぇ」
隣を歩くブランクが困ったような顔をした。私は別に意固地になってるわけでもなんでもなく純粋にそう思ってるだけなんだけど……そんなに頑固に見えるのかしら? 少なくともターナよりはマシなつもりよ。
「ともあれ、だ。これで本当に全部解決だな。無事にアンタのロケットも戻ってきたし、誰も損せず苦しんでた女の子を一人救ったってのは誇って良いところだぜ」
「……ありがと」
そう言ってもらえると嬉しいわね。普段の魔物相手とは違う戦いだったから中々上手くいかなかったけど、頑張ってみて良かったわ。
角を曲がり切る前に足を止めて振り返る。
ボロボロの小さな家。ターナたちが親娘で長く住んでいた家じゃないし、たぶんあの家に彼女も思い入れはないとは思う。けれど……なぜだか親娘で楽しそうに暮らしてる二人の姿を想像してしまった。
「お父さんも……」
「ん? なんか言ったか?」
「……いいえ、別に。さ、行きましょ。お腹空いてるし、せっかく街に来たんだから何か買って帰りましょうか」
お父さんも、こんな風に誰かにハメられたんだったらまだ良かったのに。
浮かんでしまったそんな思いを胸の奥にギュッと押し込んで、首のチョーカーを指先で撫でてからロケットを握りしめた。
体の内側深くで軽い痛みを覚えた。けどそれに気づかないフリをして、そして前を向きながら私は脚を踏み出したのだった。
episode3――完
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