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最強王女が裏切り姫と呼ばれてる件  作者: しんとうさとる
Episode 3 彼女は顔を上げ前を向く
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5-3.悪あがきはお終いかしら?




「――アレか」


 半歩後ろでブランクがつぶやいた。それに私もうなずく。

 王都の郊外。まばらになった木々の間に点在する富豪たちの別荘地。その中の一つに車が止まっているのが見えた。

 居並ぶ邸宅の中では一際小ぶりで慎ましくも見えるけど、そうは言っても別荘。やっぱり横領した金でそれなりに贅沢はしていたらしいわね。


「さて、それじゃお灸をすえに行きましょうか」


 デイビーズがいるであろう別荘を一度見上げてからゆっくりとドアに近づいて、そこで立ち止まる。取っ手を掴んで回そうとしたけど、鍵が掛けられてるようで動かない。ったく、往生際が悪いわね。


「往生際悪くなきゃここまで逃げねぇだろ」

「それもそうね」


 まあ私には鍵なんて関係ないんだけど。やれやれと頭を掻きながら私は息を吸い込んで――ギュンと体をひねった。

 右脚を軸に左脚を振り上げる。回転エネルギーを余すこと無く脚に伝えて、その勢いのままデイビーズ宅のドアにぶつけた。

 その瞬間、ドアが上下真っ二つに別れて永久にグッバイ。ついでに玄関としての役割も永久にグッバイして部屋の奥へと転がっていった。


「……ナイスキック」

「日頃の練習の成果ね」


 ブランクとの訓練でも度々繰り出してはいるけど、今のは体重の乗りといい動きの滑らかさといい我ながら惚れ惚れする出来だったわね。

 さて。回し蹴りを自画自賛するのもそこそこにして部屋の中へと入っていく。中は暗くて、人がいる様子はない。けれどここにデイビーズがいないはずはなくて。


「死ねぇっっっっ!!」


 奥にあったソファの後ろからデイビーズが姿を現して、何かを放り投げてくる。

 そして次の瞬間、私の目の前で爆発した。

 まばゆい閃光が瞬き、次いで凄まじい突風が襲いかかってくる。風に混じった炎が私を焼き尽くさんばかりに通り過ぎていった。

 遅れて響く爆発音。さらに窓ガラスの砕ける音がけたたましく鳴って、崩れるんじゃないかってくらい家が激しく揺れる。

 これは……たぶん最近開発されたっていう簡便な精霊術を利用した武器かしら。爆発の直前に一瞬だけ精霊の姿が見えたから精霊術を使ってるのは間違いないだろうけど、なるほど、噂に違わず素人が使っても結構な性能ね。これを量産できれば魔物との戦いもたぶんだいぶ楽になるんじゃないかしら。


「はははっ! どうだっ、裏ルートで手に入れた最新兵器の威力はっ!」


 なんかデイビーズが大はしゃぎしてる声が聞こえてくるけどさ。


「これなら、かの有名な裏切りの姫だって――っ!?」


 でもまあ、しょせん私には関係ない話よね。

 魔術で風を起こして、立ち込めた煙を屋外へ吹き飛ばす。そよ風、と言うには少々強すぎるけどあっという間に遮られてた視界がクリアになって、ボロボロになった室内が顕わになった。ソファもテーブルも結構な値がするものでしょうに、もったいない。

 それはさておいて。


「悪あがきはもうお終い、かしらね?」


 まったくの無傷の私を見て、尻もち突いて慄いてくれてるデイビーズに笑いながら話しかけてみる。簡易とはいえ精霊術を使った兵器だし、そこそこの威力があるのはデイビーズが自分の家を犠牲にして実証してくれたから明らかなんだけど――


「――精霊師をなめてもらっちゃ困るわよ」


 しょせん低位の精霊の力を使った簡易な術。この程度で私をどうにかできるつもりだったんだとしたら精霊師というものを、日常的に魔物と戦ってる私のことを理解してないわね。結構頑張って戦ってるつもりなんだけど、残念だわ。

 ため息をこれみよがしに吐いてから髪をかきあげて、私を見上げるばかりで一歩も動けてないデイビーズを見下ろす。こんな小娘相手にガチガチ震えて、今にもおしっこ漏らしちゃいそうな有様。情けないわね。

 一歩踏み出す。するとデイビーズもハッと我に返って、懐に手を突っ込んだ。


「く、来るなぁっ!」


 デイビーズが取り出したのは拳銃で、それが顕わになるより早くブランクが銃を構えてたのだけど、私は手を軽く上げてそれを制した。


「まだ悪あがきするつもり? もういい加減に諦めてほしいんだけど」

「う、う、うるさいっ! これ以上俺に近づくなっ! この――バケモノがっ!」


 バケモノ、か。酷い言い草ね。ちょっと傷つくんだけど。

 けれどあながち間違ってもないか。ただの人間なら一瞬で喰らいつくされる魔物相手に一人で突っ込んでいって生き残ってるし、何より――異形化した姿なんてどう見たって人間の枠を超えてる。

 ちょっとだけ、本当にちょっとだけ落ち込んでると突然頭の上にバフっと手が置かれた。振り返ると、ブランクが微笑んでた。

 ……ホント、こういうのは見逃さないんだから。


「……ありがと」


 言葉は何も発しないけど、少しささくれだった心を慰めてくれたブランクに私は小さな声でお礼を伝えて顔を上げた。

 止めてた脚を動かす。一歩踏み出す度にデイビーズは震える銃口を私に向けたまま後ろに下がり、けれどもすぐに壁にぶち当たって逃げ場がなくなった。


「う、撃つぞ!? それ以上近づいたら本当に撃つからなっ!?」

「撃ってみなさいよ。逃げられるつもりならね」

「う――うおおおおおおおおっっっっ!!」


 鼻で嘲笑ってやると恐怖心が決壊したのか、デイビーズは狂ったように叫び声を上げた。

 けたたましい破裂音が何度も響いて鉛玉が私の顔面めがけて飛んでくる。けれど、精霊の力で作り上げた不可視の壁に遮られてただの一発たりとも私には届かない。

 やがて虚しく響くカチッ、カチッという弾切れの音。どれだけ引き金の指に力を込めたって何も起こらないはずなのに、デイビーズは恐怖で引きつった顔で、壊れた機械みたいに無意味な動作を繰り返してた。

 素直にやったことを認めて懺悔するなら、と思ってたけどこれ以上待つのは無意味ね。弾の出ない銃口を私に向け続けるデイビーズに近づき、目の前に立ち塞がった。


「ひ、ひぃぃ……!」

「逃げるな」


 這いつくばってなおも逃げようとするデイビーズの首根っこを掴んで力任せに引き寄せる。そして――その頬めがけて私は拳を振り抜いた。


「が、あ、あ……?」

「国民が一生懸命働いて収めた税金を横領した。それだけでも言語道断なんだけど」


 地面に横たわったまま涙をにじませるデイビーズにまたがる。いつもどおり胸元のロケットを握ろうとし、それが無いことに気づいて寂しさを覚えつつ呪文を詠唱した。

 薄っすらと私の背後に現れる精霊。デイビーズにも見えるように精霊には姿を現してもらい、クスクスと笑う彼女の声を聞かせてやる。

 笑いながら精霊はその指先をデイビーズに向けた。指先が光り始めて、それが何を意味するのか嫌でも理解してしまったらしいデイビーズが涙と鼻水をボロボロと流しながら懇願の目を向けてくる。けど、もう遅い。


「何より私が許せないのはね、グラヴィスさん、そして娘のターナ……真面目に生きてた二人の人生をアンタというクソみたいな人間が台無しにしたってことよ」

「た、助け……」

「今更命乞いなんて無駄。知ってのとおり私は――バケモノよ。精霊の力を借りればアンタの死体なんて跡形残らず消すことだって簡単。死んだグラヴィスさんは戻ってこないけど、せめて責任くらいはその身を以て取りなさい」


 じゃあね。最後に発した私の言葉が合図。精霊の指から閃光がほとばしって、デイビーズの頭――の横の床を貫いていった。

 直接体には当たってないはずなんだけど、どうやら恐怖の限界を彼方までぶっちぎっていってしまったみたいで、デイビーズは泡を吹いて白目で気絶してた。ついでにお漏らしも。自業自得とはいえ、みじめね。


「殺したりはしないわ。どんなクズでも、私が守るべきこの国の民だもの」


 手加減したとはいえ殴ってしまったんだけど、やっぱり正当な裁きを受けるべきだと思う。まあ王子が私刑上等なだけに、一応は同じ王族である私が言ったところでお前が言うなという話にはなるんだけど。


「とりあえずはこれで一件落着か」

「そうね」


 改めて室内を見回してみると奥にも部屋があって、そちらを覗けば大量の札束が散らばっていた。どうやら横領した現金はここに保管してあったらしい。窓はタンスなどで完全に塞がれて、外からはまったく見えない状態。横領があったのは一年も前だから、それからずっとこんなふうに現金むき出し状態だなんて考えられないし、となるとデイビーズがここで何をしてたか……品性を疑うわね。


「悪いけどブランク、そいつを抱えてくれる? 夜が明けたらアシュトンのところに連れてくわ。そこの現金があれば、デイビーズが横領の主犯だったって証拠になるでしょ」

「まあ良いけどよ……よりにもよってションベン漏らしたおっさんを抱っこかよ」


 ブランクがぶつくさと文句を口にするけど、気持ちはわかる。私だって担ぎたくないから押し付けたわけだし。

 ともかくもこれで事件は終わり。ターナの事を思えば必ずしも心は晴れないけど、彼女の苦しみもこれで終わるはず。少しは気が楽になった心地を覚えつつ、私たちは王都へと戻っていったのだった。






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