4-2.また遊びにきてくれますか?
「さて、それじゃ報告だけど――」
お菓子を食べ終えた私は、ここまでの調べた内容とか私の考えを話し始めた。
職場で聞いた借金や横領の経緯を話す時、彼女は熱心に相槌を打ちつつも表情はあまり変わらなかった。けれど話題が彼女のお父さんの人となりに移り、人柄が彼女の知るそれと変わりないことを伝えると、普段は仕事を放棄してる彼女の表情筋が活躍して、ハッキリと安心した顔をした。良かった、やっぱりターナも気になっていたのね。
「ありがとうございます……正直に言いますと、少し不安だったんです。本当のお父さんを、私が見れていなかっただけだったんじゃないかって」
「大丈夫。間違いなくターナの知ってるお父上は、職場でも変わらなかったわ。ま、そうなるとますますどうしてあんな借金をしたのってことになるんだけど……ねぇ、ターナ。前に聞かせてくれた借金の額。あれば間違いない?」
「そう、ですね……」ターナは少し考える素振りをしてうなずいた。「細かい額は自信がないですが、概ね間違いないと思います。あの……何かおかしなところがありましたでしょうか? まさか、父が他にも借金をしていたとか――」
ターナが眉間にシワを寄せたのを見て、私は慌てて「違う違う!」と否定した。
「実は――」
そして職場で聞いた横領の額の方が借金よりも遥かに多いこと、にもかかわらず多額の借金が残っていること、そしてお父さんが深酒やギャンブルに突然手を出したことなど不可解な点を踏まえて、もしかしたら誰かにハメられたんじゃないかってことを伝えた。
ターナは黙って話を聞いていたけど、私の考えを伝えたところでちょっとだけ驚いた様子を見せた。それから一瞬だけ表情が明るくなったけど、すぐに顔を伏せて頭を振った。
「そうであれば朗報です。けれど……たとえ誰かに陥れられたのだとしても父が背負った借金には変わりないですし、ヴェロッキオ・ファミリーも事情は勘案してくれないと思います」
「……そうね」
単なる私の推測に過ぎないし、証拠があるわけでもないしね。
少しは希望が持てるかと思って報告したんだけど……ターナの借金が減るわけでもないし、ぬか喜びさせただけかも。彼女の様子を見る限り特段気落ちした風でもないから大丈夫だろうけど、喜んでくれたわけでもない。私だけが焦りすぎたかも。
「とりあえず私が伝えたかったのは、もしかするとターナのお父さんの借金も帳消しになるかもしれないってこと。そうしたら、リューベリックにも留学できるかもしれない。だからもう少しだけ諦めずに頑張って!」
なんとかそう励ますと、ターナもうなずいて少し微笑んでくれた。
さて。もう伝えるべきことは伝えた。ここで彼女ともうしばらくおしゃべりしていたいけれど、なんだかだんだん時間が惜しくなってきちゃったわね。
たった一時間やそこら惜しんだって変わらないのは分かってるけど、今は一刻でも早くターナのためにできることをしてあげたい気分。半ば衝動に突き動かされるように私は立ち上がった。
と、そこで私を見上げるターナと目が合った。
「どうしたの?」
「……一つ尋ねても宜しいでしょうか?」
「なに?」
「どうして、ここまで私なんかのために頑張ってくれるのですか?」
真面目くさってそんな質問をターナはぶつけてきた。バカね、そんなの決まってるじゃない。私は迷わず即答した。
「私がそうしたいから」
魔物から守るだけが私の責務じゃない。真面目に頑張って毎日を生きてる、そんな人を私は支えたいのだ。
本当なら国全体を対象にそうしたい。でも残念ながら私は財力も権力もないので、あくまで私の手の届くところ限定にはなってしまうんだけど。
少し照れながら返答した私をターナは見つめて、やがてポツリ、とこぼした。
「……やはり噂はアテにならないものですね」
「噂?」
「はい。シャーリー『王女』の事はかねてから耳にしていましたので」
やっぱり気づかれてたか。まあヴェロッキオのトマーゾがバラしてたしね。
「いえ、最初に助けて頂いた時から気づいていました。正確にはシャーリーが名乗った時に、ですが。何度か昔、お見かけしたことがありましたので」
「そうだったの? 全然普通に話してくれてたから気づかなかったわ。
……幻滅した?」
「いいえ、まったく。逆にこの目で直に確認できたことで、巷で言われてるような非道な方でもなんでもなく、噂が無価値なものだと確信できました」
言いながらターナが立ち上がる。表情は無に近いけれど、眼鏡越しに真っ直ぐな視線が私に向けられ、そして彼女は私の手を握った。
「同時に、いつか伝えたかった言葉を直接伝える機会ができて良かったです。
――いつも私たちを魔物から守ってくれてありがとうございます」
ああ。思わず私の口から息が漏れた。手から温もりが伝わってくる。それと自分の目元が熱くなっていくのを感じながら私は目を閉じて上を向いた。
王女になって、精霊師として魔物と戦い始めてもうどれくらいが経つだろうか。一生聞くことがないだろうと思っていた感謝の言葉を、まさかこんな場所で聞くことになるなんて。
体が震えそうになる。涙がこぼれそうになる。御礼を言われることがこんなにも嬉しいことだなんて、思ってもいなかった。
けれど。唾を飲み込むと喉が動いて、首に巻かれたチョーカーの存在を感じた。
私には泣くことも喜ぶことも許されない。裏切りの姫として生きることしかできない私にとって、それは義務であり責務であるから。
ゆっくりと息を吐いて気持ちを整える。勝手に引き絞られそうになる喉を無理やりにこじ開け、ターナに笑顔を返しながらそっと握られた手を離した。
「こちらこそありがとう。その言葉だけでまた頑張れるわ」
胸の奥に残った暖かいものを感じながら彼女に軽くハグをして、「それじゃ」と手を振って家を出ていく。扉を開けると、日陰のせいで幾分冷たい風が私の火照った目と頬を冷やしてくれた。
「シャーリー」
家から数歩進んだところでターナに呼び止められる。なんだろう、と振り向くと彼女が少し不安そうな目を向けていた。
ためらったように口ごもる。それでも彼女は私にこう尋ねてくれた。
「また……ここに遊びにきてくれますか?」
それはつまり、裏切りの姫という私の立場が明確になっても、これまでと変わらぬ関係を申し出てくれたわけで。
であれば私が拒む理由はない。
「ええ、もちろん。今度はおっきなケーキを持って遊びに来るわ。真実と一緒にね」
私がそう答えると、不安そうな顔が一転。ターナがこれまで見せたことがないくらいに破顔して手を振ってくれた。分かりづらいけど、彼女も意外と表情が豊かよね。
そんな事を思いながら私も彼女に手を振り返し、そして足裏に地面の感触をしっかりと感じながら城への帰路についたのだった。
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