3-3.信じろって方が無理よ
「ぜーっっったい怪しいわ!」
自室に戻った瞬間、私はそう叫ばずにはいられなかった。
だってそうでしょ? 誰に聞いてもターナのお父さんの事を悪く言う人もいなくて、判でついたようにお酒とギャンブルに無縁な人物だったという。どれもターナ自身が語ってた人物像と変わらない。
「そんな人が酒に酔った挙げ句にギャンブルで借金? 信じろって方が無理よ」
「まぁな」
ブランクは姿を現すと、勝手に人の机からタバコを取り出して吸い始めた。ちょっと、せめて一言断ってよ。
「ああ、悪い。今度買ってきてやるよ」
「貴方お金持ってないでしょうが……」
ケチくさい事は言わないけど……でもそういえば、ターナの借金の利払いに備えてお金貯めないといけなかったのよね。ならスパスパ吸ってもらっちゃ困る、って――
「そうじゃなくって! それに借金の額! 貴方もおかしいと思わなかった?」
「分かってるよ。横領された額と実際の借金の額が違いすぎるってんだろ?」
私は無言でうなずいた。
そう。ターナから聞かされた借金の額に比べて、ついさっき聞いたターナのお父さんが横領したとされる額が大きすぎるのだ。
もし横領額が本当ならばその差額はどこに消えたのか。ターナのお父さんが持っていたのなら借金なんてしてないでしょうし、でも横領したお金は戻ってきてないから何らかしらに使ったことになる。残った借金と消えたお金。矛盾だ。
「だとしたら――」
部屋の中をウロウロしながら考える。私が思いつく選択肢は二つ。出納係で聞かされた横領額、あるいは借金額が間違ってる。もしくは。
「ターナの親父さん以外の奴が、どさくさに紛れて横領したってことか」
「そうでしょうね」
横領額に関しては、たぶんいろんな人が確認してるだろうから間違ってる可能性は低い。であれば先程の部屋にいた誰かが犯人の可能性が高いと思う。ターナのお父さんがそうしたように、国のお金を扱う部署ならそういう不正もやりやすいだろうし。
とりあえずいろいろ話を聞いた成果はあった。とは言っても――
「結局、最初っから考えてたことの裏付けが取れただけなのよね……」
この一週間、ずっと考えてたうえに話も聞いてみたけど、分かったことはやっぱりターナのお父さんが誰かにハメられた可能性が高いわよねってことだけだ。
「……やっぱり小説の名探偵みたいにはいかないわよね」
たまに読む探偵小説を思い出す。彼らはそう時間もかけずに真犯人へとたどり着くけど、彼らの倍以上の時間を掛けて私ができたのは事件性の確認だけ。ダメだ、自分の無能さに泣けてくる。
「何でも裏を取るってぇのは大事なことだぜ?」
「そうかもしれないけど……」
まったくゴールにたどり着ける気がしないのは私だけだろうか? 不安に苛まれて椅子に力なく腰を下ろすと、ブランクがタバコを差し出してきた。
「なあ」
「なに?」
「もうマフィアごと精霊術でぶっ飛ばしちまえばいいんじゃね?」
突然ブランクがとんでもないことを言い出した。何言い出すのよ、とタバコを受け取って笑いながら見上げる。ブランクも笑ってた。だけど、目の奥は本気っぽかった。
「連中まるごとぶっ飛ばしちまえば、ターナも借金帳消しで万々歳。街からは怖い連中が消えて市民も嬉しい。国としても厄介な連中が消えて大喜び。うまい手だとは思うんだがなぁ。どうせろくでもねぇことばっかりやってる連中だろうしよ。
ま、でも派手にやったらシャーリーが犯人って分かっちまうか。なら俺がちょちょいとやってきてやろうか? 足をつけずにそういうことするのは一応得意だぜ?」
声色からは、果たしてブランクがどこまで本気で言ってるのか分からない。冗談だとは思うけどそう断じてしまうには、ブランクの声がいつもよりずっと冷たく聞こえた。調子はいつもどおりなのに、だ。
「……ダメよ。気持ちはわかるけど、彼らだってこの国の国民よ。マフィアだって罪を犯したなら真っ当な裁きが必要だわ。私刑は許されない」
「そうかい」
変と思われるかもだけど、そこは譲れない。そして、たとえ犯罪者だろうと私が守るべき国の人。そんな相手を手にかけることはできない。
チョーカーを撫でながらそう伝えると、ブランクは軽く肩をすくめてから私の頭をグリグリと撫で回し始めた。ちょっと、止めてよ。貴方の娘じゃないんだから。
「おお、悪ぃ悪ぃ。何十年経とうが癖が抜けなくってな。
ま、なんだ。あんまり気負うことはねぇ。万が一何も分からなかったとしても、ターナもシャーリーを恨みはしねぇさ」
「そうかもしれないけど……」
「今日は朝っぱらから魔物相手に奮闘してきたからな。疲れてんだよ。ネガティブになった時は飯食って酒飲んでとっとと寝ちまうのがいい。大丈夫、酒代とタバコ代くらいは俺がバイトして稼いでくるさ」
「ふふ、なによそれ」
ブランクの適当な言い草に思わずクスッとしてしまった。
だけど確かに彼の言う通りかもしれないわね。疲れてる自覚はないけど、気持ちが落ち込みやすい時は一度全部忘れて頭をリフレッシュするのがいいかもしれない。
「分かったわよ。今日は早めに休むようにするわ」
「それがいい。そうだ。どうせ夜中は暇だしな。アンタが寝てる間に事件の資料とか俺が調べといてやるよ。資料室とかどうせあるだろ? なんかヒントが見つかるかもしれないしな」
「そうね。お願いしようかしら」
今日聞けなかった情報とかもひょっとしたら出てくるかもだしね。城の中ならまさか戦闘なんて起きないだろうし、魔素の供給も私から離れても問題ないか。
さて、だとすると資料室を探さなきゃ。官僚たちがいるフロアだからあんまり立ち入らなくてわかんないのよね。どこだったかしら。
みんな帰宅した頃に探しにいかなくっちゃ、とこの後の予定を決めつつ窓の外を見る。まだ陽は落ちてないけど、今日はブランクの助言通り一旦頭を空っぽにするとしますか。
そう言い訳しつつ、私はいそいそと机からグラスとお酒を取り出したのだった。
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