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最強王女が裏切り姫と呼ばれてる件  作者: しんとうさとる
Episode 3 彼女は顔を上げ前を向く
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3-2.横領額はいくらだったのでしょう?



「こんにちは。約束したシャーリー・アージュ・リシャールですが」


 気にせず姫様然とした仕草で声をかけ、厚みのある扉を強めにノックすると、中からは青白い顔をした痩せぎすの男性官僚が現れた。眼鏡の奥にある大きな目をギョロッとこちらに向け、ため息ともつかない息を短く吐き出して中へと促してきた。


「ヴィクトールです。どうぞ。こちらへ」


 短く名乗った彼に促されるままに中に入れば、一瞬だけ他の職員たちがジロっと視線を向けてくるけどそれだけだった。すぐにまた自分の仕事に戻り、私には目もくれない。


「お忙しそうですね」

「ええ。国のお金を扱う以上、気も抜けないんですよ」


 素っ気ない口調で返事をされるとすぐに部屋の端っこにあるソファに座らされる。口では「王女様にはふさわしくないソファで失礼します」なんて事を言ってくるが、表情が言葉のすべてを裏切ってるのが丸わかりである。なら、色々と雑談するより用件を早く済ませてしまった方が良さそうね。もっとも、私が歓迎される場所なんて何処にもないんだけど。言ってて悲しくなるわね。


「ではお聞かせくださいます? グラヴィスさんがどのような御人だったか」


 金を横領してクビになった人だから色々と言い渋るかなと予想してたんだけど、対応してくれた男性は意外にも質問に真面目に答えてくれた。特に私情に塗れた情報が出されるわけでもなく、良くも悪くも淡々と事実だけを答えてくれてる印象である。

 その結果わかったのは――


「端的に申し上げれば、グラヴィスさんは真面目で信頼の厚い方でした」


 ――ということだ。

 仕事ぶりは真面目の一言。若手が仕事で近道行為をしようとしたならば何故それがダメなのかも含めて優しく諭し、決して手を抜かない。気弱な面はあるものの、同僚たちに煙たがられてるふうでもなく、上司からの覚えも部下からの評価も悪くない。そして目の前の彼が知る限りでは、酒もギャンブルも無縁な人だったみたい。


「だからグラヴィスさんが借金があると聞いた時は正直驚きました」


 お酒は年に数回だけ、彼を含めた同僚たちと嗜む程度。終わればすぐに別れて家に帰る。聞けば聞くほど到底ギャンブルで身を崩した人物とは思えない。


「人間、何がきっかけで変わるか分かりませんし、我々に見せてない別の顔を持っていたのかもしれません。残念ではありますが」


 亡くなったターナのお父さん本人から話を聞けないのがつくづく残念だ。


「もう宜しいですかね? 仕事に戻りたいのですが」

「お忙しいところ感謝致します。最後に一つだけ。グラヴィスさんと一番仲が良かったのはどなたですか?」

「それなら――」


 立ち上がったヴィクトールが部屋の奥を指差した。指し示された先に視線を送れば、背のやや低い、他の同僚と笑顔で喋ってる男性がいた。


「デイビーズでしょう。他の人間よりは比較的一緒にバーに行っていたようです」

「グラヴィスさんの年齢を考えると、ずいぶんとお若い方ですね」

「ウチの部署では珍しく口が達者で社交的ですから。おそらく誰とでも仲良くなれるタイプです」


 確かにそうかも。今喋ってる相手もかなり年上みたいだけど話は弾んでるみたいだし、懐に入るのが上手いのかもしれないわね。


「デイビーズさんとお話させて頂いても?」

「少しであれば」


 ヴィクトールに彼を呼んでもらって入れ違いでデイビーズがやってくると、彼は私を見てニコニコしながら手を差し出してきた。


「どうもどうも! デイビーズです。姫様のことは存じ上げておりましたが、思った以上にお美しい。お会いできて光栄です!」


 握手をしながらスラスラとお世辞を述べ始める。表情も笑顔を崩さないし、容姿も特別良いわけじゃないけど好感を持たれるタイプだと思う。私は得意じゃないけど。とはいえ得意だ苦手だと言ってられる場合じゃない。握られた手をそっと引き剥がして本題へと入っていく。

 すると根っからの話好きなのか、彼は色々とエピソードを交えながらターナのお父さんについて教えてくれた。話は時々脱線するけど、一番親しいという彼から聞いたグラヴィス氏の人となりは、やっぱり真面目で品行方正。一緒に飲みに行っても深酒をすることもなく、デイビーズの方が介抱されるばかりだったみたい。


「――だから本っ当に驚きましたよ。まさかあのグラヴィスさんが、ってな感じでして。いや、本当に残念ですよ。あの人のこと信頼してたから」


 事件の事を聞いても同じく残念だっていう反応。ターナのお父さんはみんなに慕われてたようね。


「あっと、そろそろ仕事に戻らなきゃ。お美しい姫様とお話できて良かったです」

「そう言って頂けて私も光栄です。ところで」

「はい?」

「貴方はお酒がお好きなようでしたが、賭け事の方はなさるのですか?」

「うーん、そうですね……しなくもないですけどそこまでは、というくらいですかね」


 デイビースの返事は曖昧な感じだけど、まあ国としてはギャンブルに否定的だしこんなものかもね。

 最後までデイビースは人好きのしそうな愛想を崩さずに仕事に戻っていった。

 その後も何人か話を聞いたけど、特に目新しい情報はなし。一人ひとりは短かったはずだけど、時計を見ればもう結構な時間が経っていた。

 話の最中はそこまで露骨な視線は向けられなかったけど、部屋の空気が「まだいるのかよ」って感じになってきてるのをなんとなく感じる。そろそろお暇しましょうか。


「ありがとうございました。皆様のおかげでグラヴィスさんのことがよく知れました。娘のターナもきっと喜ぶでしょう」


 手短にそう挨拶して部屋を辞そうと歩きはじめ、そこで私は一つ確認し忘れていたことを思い出した。

 最後に話を聞いた職員を呼び止め、そして小声で尋ねる。


「そういえば――グラヴィスさんが横領してしまった額というのはいくらだったのでしょう?」





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何卒よろしくお願いいたします。

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