2-1.ウチと似たようなレベルかしら
家まで送り届ける途中で、助けた女性はターナ・グラヴィスと名乗った。
私の方は名前だけ名乗って――名字はともかく、名前だけならありふれたものだし――世間話がてら事情を聞いてくと、どうやらターナは中心街にある王立図書館へ通うつもりだったらしい。
あまり目立った特徴がない我がヴェルシュ王国だけど、図書館だけは結構立派なものだ。伝承では初代の王の晩年に完成したようで、派手さを好まないとされる初代らしい地味な外見でありながら大きさと蔵書数はかなりのものであり、最新の学術書から法律本、娯楽小説に絵本と多岐に渡って収集されてる。
国民であれば無料――じゃないもののそこそこ安価で誰でも利用できる、王国きっての名所だ。まあ、ネザロが料金を爆上げしようとしてるなんて噂もあるんだけど。
「今日はお仕事も休みで、お金も少しありましたから図書館で過ごそうと思ったんです」
それでショートカットがてら旧市街を通ろうと思ったら、迷子になった挙げ句にあの三人組に絡まれてしまったんだとか。確かに旧市街は王都に暮らしてても通り慣れてなきゃ迷子になるような場所だけど、なんというか運が無い話だ。
「てか、いいのかい? 図書館に行くつもりだったんなら、無理に俺らの相手しなくても構わねぇんだぜ?」
「構いません。図書館はまた行けますし、返せる恩はすぐに返すべきですので」
頑固と言うべきか義理堅いと言うべきか。まあでもどうせ私たちも何か用があるわけじゃないし、ここは素直に好意に甘えておきましょう。
そうして歩くこと十分くらい。西街から北街に差し掛かろうというところの、家が密集している地域の中でターナは立ち止まった。
「どうぞお入りください。粗末な家ですが」
表情を変えず淡々とした口調で彼女はそう言って中に入っていったが、私は思わず立ち止まったまま家を眺めてしまった。
この辺りは比較的きれいめの石造りの家が多い場所だけど、そんな中にあって彼女の家はあまりにもこじんまりとして、そして異質だった。「粗末な家」なんて、普通は謙遜の類で使われるけど、正直に感想を言うなら――彼女の家はまさに粗末な家だった。
大きな四階建てくらいのアパートに挟まれた、細い路地の奥にある木造の小さな平屋。いつの時代から存在してるんだろうってくらいにボロボロで、壁を覗き込めば小さな孔から家の中が見えた。ちょっとした嵐が来たらあっという間にふっとばされてしまうんじゃないかしら、これ。
(……ウチと似たようなレベルかしら?)
「シャーリー」
つい私の生家を思い出して立ち尽くしてしまったけど、ブランクに促されて中に入る。
家の中もまた相当なものだった。狭い部屋が一つに狭いキッチン。家具は使い古しが最低限で、歩く度に床板がギシギシと悲鳴を上げてくる。まるで私が重たいみたいである。
床板を踏み抜かないかヒヤヒヤしつつ奥へ進み、勧められて椅子に座ろうとしたその時、急にターナが「あっ!」と声を上げた。
「すみません、こちらの椅子を使ってください。脚が腐ってますので」
見れば、椅子の脚がボロボロで今にも折れてしまいそうになっていた。あのまま座ってたら間違いなく私がトドメを指してたと思う。もっとも、ターナが持ってきた別の椅子も一度脚が折れたようで、紐でグルグル巻に補修されてるんだけど。
「どうぞ。たいしたおもてなしもできませんが」
「ありがとう。頂くわ」
ターナが紅茶とお菓子を差し出してくれた。カップは少しヒビが入ってるし、お菓子も味が抜けてしまってるけど、私は微笑みながら何食わぬ顔で口に運ぶ。家を見てれば嫌でも分かるけど、ターナのお財布事情は相当に苦しいものだ。それでもこうしてもてなそうとしてくれてるのだから、その気持ちはありがたく頂戴しなければならないだろう。それに、こういった粗食の方が私の性に合ってるし実際慣れ親しんでる。王族に召し上げられる前はこれより酷い食事ばっかりだったし。
ターナも少し心苦しかったらしく、私が美味しそうに微笑んでみせると少し安心したように表情が緩んだ。とは言ってもほんの僅かだけど。三人組に絡まれてからずっと見てたけど、どうもあんまり表情に感情が表れないタイプみたい。
「少し失礼します」
そう言ってターナが一度離れる。狭い家だし仕切りも何もないから私たちからも丸見えで、だから何気なしに彼女の後ろ姿を追うと、家の奥の方に祭壇と小さな棚があった。
棚には細々とした物がキッチリと几帳面に並んでいて、そんな中に鎮座する分厚い本が一冊よく目立っていた。隣の小さな祭壇には壮年の男性と比較的若い女性の写真がそれぞれ飾られてて、彼女はそれに向かって少しだけ祈りを捧げてから私たちの方へ戻ってきた。
「お待たせしました。
助けて頂いたこと、改めてお礼申し上げます。ありがとうございました」
「たいしたことじゃないんだし、別にそんな堅苦しくしなくてもいいのに」
「いえ、誰かに助けて頂いた時にはキチンと礼を尽くさなければなりません」
「最初っから思ってたけど、ターナって律儀よね」
「そうでもありません。本来であればもっと盛大におもてなしすべきなんですが……なにぶん経済的に余裕がなくて粗末なものしかお出しできず、申し訳ありません」
言葉どおり、彼女から申し訳無さが伝わってくる。私としては気持ちだけで十分なんだけど……たぶんそう言ってもターナは譲らないだろう。ホント、律儀な娘だ。
ブランクも苦笑いを浮かべていたが、祭壇に視線を向けてターナに尋ねた。
「あの写真はご両親か?」
「はい。母は私が生まれてまもなく、父はつい半年前に亡くなりました」
「そっか……亡くなってもこうして写真を飾ってもらって、ご両親も嬉しいだろうな。特に親父さんは男手でアンタを育てて来たんだろうからな。
ところで失礼なのは承知の上なんだが、昔からここに住んでるのかい? アンタを見てると結構キチンとした教育を受けてきたように思えるんだが」
そう言われれば確かに。律儀すぎるくらい筋を通そうとする性格は生まれついてのものなんかじゃないだろうし、深い知性も感じられる。きっとちゃんとした教育を受けてきたんだと思う。
不躾なブランクの質問だけど、ターナは少しだけ考える仕草をしたものの事情を話してくれた。
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