1-2.さすがは大型種ってところね
「■■■■ッッッ!!」
「大型種ッ!?」
どこからともなく現れた巨大な人型の魔物。さすがに最初にぶっ飛ばしたタイプほどではないが、それでも背の高い木々から頭が突き出るくらいにはでかくて、当然強さも中小型とは段違いだ。
「■■■ァァァッッッ!!」
巨人型の魔物が咆哮し、私へと一気に近づいてくる。世界が震え上がるようなその声に、誰もがすくみ上がったのがわかった。
「私の周りから離れなさいっ!!」
立ちすくんでいた兵士たちの足元めがけて魔術をぶっ放して退散を促す。そして私はといえば――両足を開いて迫りくる黒い巨人を待ち受けた。
「■■■■ォォッッッ!!」
「くっ!!」
曖昧だった影の腕が明確に拳へと変形して私の頭上へと振り下ろされた。地面を蹴ってそれを避けるとまるで爆撃みたいな衝撃で地面がえぐり取られて、礫が散弾みたいに飛んで来る。その弾丸を叩き落としながら巨人の背後に回り込む。けど、奴はすぐさま振り返って虚で満ちた瞳で私を見つめた。
「この! すばしっこいんだからぁッ!」
雄叫びとともに振るわれる巨大な腕も厄介だけど、人型のくせに腕以外からも伸びてくる影がいろんな角度から襲いかかってくるのが何より面倒。周囲に立ち並ぶ木々を使って避け続けてるけど、反撃の糸口がつかめなくてイライラしてくる。
「ああ、もうっ! ちょっとは見かけどおりノロマになりなさいってぇの――……っ!?」
叫びながら一瞬意識に空白ができたのを自覚した。
たぶん魔物の血に酔って動きすぎたんだと思う。魔力と体力を思った以上に消耗した反動で、後ろから迫ってきた影の存在に反応が遅れてしまった。
「やばっ……!」
とっさに体を回転させて影をやり過ごす。けれどまた別の角度からやってきてた真っ黒な拳までは避けることはできなくて。
視界が黒く染まる。そしてあっという間に私の体は大きく宙を舞っていたのだった。
殴り飛ばされた直後に感じたのは、ただただひたすらに衝撃。とっさに魔術で防御はしたけれど、あまりの衝撃に体の中身が全部外に飛び出しちゃったんじゃないかって思ったくらいだった。
弧を描いた私の体は地面に強かに叩きつけられて、気がついた時には薄曇りと埃で塗れた空を眺めてた。遅れてとんでもないくらいの激痛が全身にのしかかって、勝手に喉から悲鳴が、目からは涙があふれた。
だけど。
「やって……くれたじゃない、のぉ……!」
口の中はまたたく間に鉄臭さで満ちた。咳き込めば血の塊が地面に落ち、口元を拭った手の甲にはベッタリと赤い線が伸びている。
でも、体は動く。途方もなく痛いことを除けば――まだ私は戦える。
「さすがは大型種、ってところね……下位の精霊じゃあ太刀打ちできないか」
防御力もそうだけど火力もたぶん足りない。けれど首のチョーカーのせいでイフリルみたいな上位精霊を呼ぶだけの魔力は残ってない。なら、私が取れる手段はもう一つしか残ってない。
激痛に苛まれてる体で無理やり立ち上がる。追撃を加えてきた巨人の攻撃をかろうじてかわして距離を取ると、着地と同時に魔術を周囲に放った。
旋風が砂煙を巻き上げて私の姿を覆い隠していく。大型の魔物は私を見失ったようで、また耳障りな雄叫びを上げながら辺りを手当り次第に薙ぎ払い始めた。
「よし、これで――」
私の姿は誰からも見えない。敵からも、そして味方からも。
「あんまりこれは使いたくないけど――」
でも使わざるを得ない。使わなきゃ守れないのなら躊躇するな。
そう自分に言い聞かせると、私は右手で剣を掲げ――自分の左腕へと勢いよく振り下ろした。
「ああああぁぁぁぁっっっっ!!」
精霊の力を宿した剣は私の腕をあっさりと切断した。手首から先が跳ね飛ばされて血が吹き出す。頭の中は痛覚の信号に占められてロクに働かない。狂った機械のように私の口からは悲鳴しか出てこないし、そうしたところで痛みが和らぐこともない。
傍から見れば何という愚行も愚行。まさに気が狂ったとしか思えない行動だ。
でも、私にはこうする必要があったのだ。
「ぎぃぃぃぃぃぃっっっ……!!」
歯を食いしばって先っぽを失った左腕を影の巨人に向ける。痛みに震えながら涙目で敵を見据えた。
そして私の思惑通り左腕に変化が現れた。
皮膚が泡立ち、切断面の肉が盛り上がったかと思うと突如として何かが溢れ出す。肉とも金属ともつかないその何かは、鋭利な先端となって私の心臓や肩の辺りに突き刺さりながら肥大化していき、やがて左腕全体を覆い隠していった。
目が熱い。視界がこれまでよりも鮮明になって、砂埃の向こう側にいる巨人のシルエットもハッキリ捉えられる。
さらに浮かび上がるのは銃の照準器のような十字架。その中心がシルエットの頭を捉えた。
その瞬間、左腕を覆っていた素材が巨大化した。痛みはすでにない。さながら妖精の翼のように大きく広がり、私の左腕は大砲の砲身へと変形していた。
先端の孔が輝き出す。地面とも繋がった左足を通じて魔力が地中から吸い上げられていくのがわかる。心臓が激しく鼓動して、魔力を砲身となった左腕へと送り込んでいった。
「いぃぃぃっっっけぇぇぇぇぇっっっっ!!」
叫び、頭の中に現れた銃のトリガーを引く。
その瞬間、視界が閃光で真っ白に染まった。砲身となった腕の先から凄まじい威力の閃光が放出されて、その衝撃に私自身も吹き飛ばされそうになる。イフリルの力を借りた攻撃よりも遥かに凄まじくて、直撃どころかかすりもしてないはずの周囲の大木さえ幹からへし折られて転がっていく様子が視界の隅に映った。
すべてを飲み込んでしまいそうな極限の威力。ほどなく私が為したとは思えないその攻撃が終わり、役目を終えた左腕の装飾がボロボロと剥がれ落ちていく。地面に落ちたそれはあっという間に風化して消えてしまった。
覆っていたものがすべてなくなった腕を見ると、切り落とされたはずの手首は当たり前のように私にくっついていた。軽く動かしてみると問題なく思い通りに動いて、わかってはいたことだけどつい安心してため息が漏れた。
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