3-6.あの日、父は処刑された
一言で言うならば、父、シグムンド・アージュ・リシャールは英雄だった。
大柄でたくましく頼りがいのある父は私にとって英雄だったし、街の人たちにとっても英雄だった。
性格はまさに豪快。けれどもそれだけじゃなくて優しさと繊細さも兼ね備えてた人だった。揉め事を見かければ迷わず仲裁に割って入り、その際に暴力を振るわれても決して自分は力を振るわずに慈愛と信頼をもって相手を諭す。それでもダメなら強引に酒に付き合わせ、最後にはなぜかすべてを解決してしまっている。そんな人だった。
いつだって周りには人がたくさんいてみんな頼りにしてたし、笑顔が絶えなかった。お母さんは私が小さい頃に死んじゃったらしいけど、そんな環境だったからか、まったく寂しくなかった。
そんなお父さんもまた、今の私と同じく精霊師だった。
炎の精霊と相性が良いのも私と同じ。街の人と楽しそうな毎日を送りつつも鍛錬だけは欠かさないし、魔物が現れた時は国からの要請に応じて真っ先に現場に向かい、そしていつも怪我をすることもなく敵を倒して帰ってきてた。
一度だけ戦う姿を近くで見たことあるけど、大剣や大斧を振り回して駆け回る姿は無双と言って差し支えなかったと思う。まさに英雄。そんなお父さんに、私は憧れた。
「いいか、シャーリー」お父さんは鍛錬しながらいつも私を諭していた。「俺は街のみんなが大好きだ。こんな俺を頼りにしてくれて、俺たち親子が何不自由なく、楽しく暮らせるのもみんなが良くしてくれてるからだ。
そして俺には才能があった。みんなを守れるだけの、な。ならその才能を腐らせておくこと程もったいないことはねぇ。だから俺は自分に妥協はしねぇし、やれるだけの努力はしておくんだ。お前だってそうだ。お前には才能がある。だからできるだけの事は今のうちからしとけ。いつか後悔しないようにな」
その言葉を私は信じて疑わなかった。周りにいる人はみんな素晴らしい人たちで、私もいずれは彼らを守りたい。だから、いつしか私も訓練をするようになっていた。
「――今覚えば、なんて幸せな日々だったんでしょうね」
そんな日々が終わったのは、今から十年くらい前だった。と、思う。なにせ記憶が曖昧だから。
その頃のことで覚えていることはあんまり多くない。けど当時、大規模な異世界との孔が繋がってて世界中に魔物があふれていたこと、各国から名だたる精鋭たちが集められて、その孔を塞ぐパーティが組まれたこと、そして――そこにお父さんも選ばれたということ。それは覚えてる。
「――実力もそうだけど、父には誰とでも仲良くなれる才能があった。だから、そのパーティのリーダーに選ばれたの」
出立の日、誇らしさと緊張、そして残していく私のことが心配だと、いろんな感情が入り混じった瞳で私を見つめてた。ハグをして、街の人たちに見送られて旅に出た。一人になった私だったけど、周りの大人たちに助けられつつ日々を過ごしてて。
そうして一年が経った頃、お父さんたちは帰ってきた。
何人かは不幸にも亡くなったみたいだけど、お父さんは無事ですごく安心した。王様たちに報告して、それからすぐに「孔は塞がり、危機は去った」と大々的に発表があって、街中が歓喜に湧いた。実際に魔物の数は目に見えて減ってたし、お父さんや軍が出動する機会も段々と少なくなっていった。
「――けど」
「けど? 何か気になることがあったのか?」
「ええ、父の様子が何か変わったの」
私や街の人たちの前だと旅に出る前と変わらない明るさで笑って、でも夜中に一人でお酒を飲みながら難しい顔をすることが増えてた。尋ねても「何でもない」と笑って私の頭を撫でるだけ。きっと旅の途中のことを思い出してるんだろう。そう思って私も深く追求はしなかった。
帰還したお父さんの事を街の人たちは正真正銘の英雄だと持ち上げた。住んでる王都だけじゃなくて、たぶん当時は国中の人がお父さんのことを称賛してたし、冗談だろうけど「次の王様に!」なんて噂も飛び交ってたくらい。でも別にお父さんはそれで偉ぶったりもしなかったし、旅に出る前と同じように街の人たちと楽しそうな毎日を送ってた。
そしてお父さんが帰ってきて一年が経った頃――日常は終わった。
「――ある日、突然家に兵士たちがやってきて父を連行していったわ。
罪状は国家反逆罪。父は――孔の向こうにある異世界で、魔物たちの王と内通して魔物を解き放っていた。そう言われた」
つまりは裏切り。国と国民、そして世界中の人たちへの。
そんなはずはないと私は必死に訴えたし、お父さんも否定した。けれど何一つ覆ることはなくて、おまけに塞がれたはずの巨大な孔は小さくはなっているもののまだ残っていることが発覚して、父たちの報告も嘘だとされて。他にもよくわからない裏切りの証拠や証言だけは次々と出てきた。反論は届くことはなく、やがて街の人たちの怒りもピークに達して。
父は処刑された。
「街中に響く父への怨嗟の声の中で、ね。記憶はおぼろげな部分が多いけど、その時の光景だけは今でもハッキリ覚えてるわ」
何もかもが狂ってた。お父さんが死んだ瞬間、泣き叫ぶ私の隣で仲の良かったおじさんが顔を紅潮させて歓声を上げてた。
「父への評価が高かった反動でしょうね。英雄だった父の評価はあっという間に裏切り者に転落。そして私には裏切り者の娘という烙印がついた。
その後はあっという間に私の人生も変わったわ。怒りと熱狂で興奮した街の人たちに私も暴力を振るわれて家も壊された。殺されはしなかったけど食べ物すら買えなくて、痛みと寒さと飢えで毎日震えてた。
ただ私にも精霊師としての才能があったからか、街から保護する名目で王族に養子として召し上げられて、父の死後また増え始めた魔物に対処するための犬へと成り下がった。そうして今に至るってわけよ」
しかし、思ったより冷静に話せたわね。我がことながらもうちょっと感情的になるかと思ったけど。あ、でも話をしたからか、少しスッキリしたような気もする。たぶん、父が素晴らしい人だったってことを伝えられたからかも。
「そうか……なあ、シャーリー」
「なに?」
グラスにまた酒を注いで飲み干しながらブランクに返事をする。話しながらずっと飲み続けてたけど、そういえばこれで何杯目かしら? ちょっと飲みすぎたかもしれない。まぶたが段々重たくなってきた。
「恨んでるか? 自分を……こんな状態に貶めた父親を」
「全然」すぐに首を横に振った。「私にとって父は強くてたくましくて頼りがいのある人よ。憧れでもあるし、恨むなんてことない」
「でも裏切ったんだろ? 国や国民だけじゃなくて、当然アンタのことも裏切ったことになる」
「そう……そうかもしれない。でも、なんだろ……父は裏切ったとは思ってないの。ううん、未だ信じられないだけかもしれないわ。本当は父は裏切ったわけじゃなくて、何か理由があったんじゃないかって。もっとも、そんな証拠は一つもなくて都合よく私が信じてるだけなんだけどさ」
国や街の人たちにとって父の裏切りは事実で、きっとそれが覆ることはない。父の罪は罪として残り続け、けれども父の名誉を少しでも――それが望みがかなり薄いとしても――回復させたくて私は王の申し出を受け入れたのかもしれない。
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