3-4.お前の方が不憫に思えるけどな
私も女性としては背が高いほうだけどそれよりも頭半分は大きい体で、ネザロのアシュトンにも劣らない美形な容姿はよく目立つ。だけど酒を昼間から飲んでるのかガハガハと品がない笑い声を上げてて、両脇には扇情的な格好の美女を侍らせてる姿は、血の繋がりはまったく微塵もない私でも嘆かわしく思えてくる。ちなみに両脇の美女は王族でもなければ貴族でもない、単なる高級娼婦である。下の階で働いてる人たちはこの王子の姿をどんな気分で見送ったんだろうか、とか考えると彼らが不憫に思えてくるわ。
「俺はお前の方が不憫に思えるけどな」
囁いてきたブランクを無視して私はひざまずいて王子を出迎えた。こんなヤツでも王子は王子だし、責務は果たさなければならない。
「王子」
「ガハハハっ! でさ、聞けよ! そいつに俺は――ん? よぉ、シャーリー。どうしたんだぁ? そんな床に這いつくばって」
そう言うとネザロは――私の頭を踏みつけ床に押し付けた。良かった、今日は機嫌が良い方らしい。
「っ……、無事、魔物たちを駆逐して参りましたのでご報告に参上致しました」
「おお、そうかそうか。ご苦労さん」
私が報告すると気が済んだのか脚をどけて満足そうにうなずいた。が、その際にふと違和感を覚えた。
(血の……臭い?)
私にとっては嗅ぎ慣れた臭いが微かに鼻の奥をくすぐる。嗜虐趣味のあるネザロだから誰かを拷問でもしたのかも。誰か知らないけど……無事であることを願うわ。
「……ではご報告まででしたので、私は失礼致します」
立ち上がって不快極まりないネザロの前から去ろうとする。ネザロの機嫌さえ良いならこれでお終いで、だけど今日はすれ違ったところで呼び止められた。
「おいおい、他に報告することがあるんじゃねぇのかぁ?」
言い方からして明らかに何かを聞き及んでそうだけど、私には魔物の件以外に心当たりはない。何を言いたいんだろうか。
「聞いたぜぇ、シャーリー? テメェ、指揮官をぶん殴ったんだってなぁ」
「……耳がお早いですね」
別にごまかそうというつもりはなくて、すっかり忘れてたというのが正直なところである。
軍の統帥権は王、ひいては王子に属するものだし、その軍上層部が任命した指揮官を殴ったのだ。確かに報告すべきことかもしれない。
「テメェが殴った……あー、なんつったっけか?」
「アトワール少佐ですか?」
「ああ、そうそう、そいつだそいつ。人がいい気分でいるところに帰ってきやがってピーピー騒ぐわけよ。お前に殴られたってな。抗議するだなんだ俺に向かって吠えまくるから嫌でも耳に入るわけよ」
あのバカ少佐……命知らずにも程があるわよ。
「それは……お騒がせしまして、誠に申し訳ございません」
「別にテメェが謝ることじゃあねぇ。テメェのその卑屈さは好物だが、喚く他人の口を塞げとまではいくら俺でも言わねぇよ。ま、もうあの野郎が騒ぐこともねぇからテメェも安心しな」
「え?」
「騒ぐから話を聞いてやったらよ、野郎、テメェをほっぽり捨てて逃げ出したとか言うじゃねぇか。だから――その場で首を斬り落としてやったぜ」
「なっ……!?」
殺したって……いうの? たったそれだけで?
「王子っ! それはいくらなんでも……」
「やり過ぎってか? は! 相変わらずとんだ甘ちゃんだ。テメェがトンデモねぇクズの娘で許されることのねぇ咎人だろうが、現状じゃ魔物から国を守るための重要な『王族』なんだよ。
自分と相手の立場の違いすら理解できてねぇ喚くだけのゴミなんざ、たとえ貴族だろうが用はねぇ。だから首を落としてやった。それのどこが悪い?」
「どこが悪いって――」
何もかも悪い。殴った私が言うのもアレだけど、別に殺す必要はなかった。けれど、この兄王子には私が何を言おうと話は通じないだろうと思う。分かってはいたことだけど、価値観がまるきり違いすぎるし、異議を唱えたところで機嫌を損ねるだけだ。
「ま、テメェごときと議論する気なんぞねぇ。それよりも、だ」
口をつぐんだ私の顎に手を当てると、ネザロは強引に自分の方へと向かせた。そうして酒臭い口から吐き出されたセリフは、だ。
「よぉ、シャーリー。どうだ? 俺の女にならねぇか?」
だった。何を馬鹿な、と思うがネザロはこちらの瞳をじっと覗き込んでくる。
目の前には相当な美形だ。黙っていれば相当な魅力がある彼の姿に、バカ王子で性格も最悪だとわかってるけど思わず息を呑んでしまった。
「嘘に決まってんだろ、バーカ」
答えあぐねて口をパクパクさせてしまっていたら喉元を強かに押されて、気がつけば私は床に転がっていた。喉が一瞬潰れて激しく咳き込んでいると、見上げた視界にネザロの足裏が覆いかぶさってきた。
「何本気にしてんだ? アホ親父が情けでテメェを養子にしたがな、俺は裏切り物の娘なんざ要らねぇんだよ。せいぜいこき使ってやるから、犬らしくご主人サマの役に立ってみろ」
言い放つとネザロは私から離れていった。そしてすぐに侍らせてた美女の肩を抱き寄せて笑い声を上げ始める。まるで、私など最初っから存在しなかったみたいに。
仰向けに寝転んだ私の視界の端を、わざとらしい忍び笑いを上げながら何人もの貴族や官僚たちが通り過ぎていく。
(たぶん――)
通り過ぎた彼らもネザロの機嫌に日々怯えながら仕事をしてるんだろうな。そんなことを思うと、ホンの少しだけだけど自分が慰められたような気がした。
周囲の何もかもを見ないようにしながら体を起こす。踏みつけられた鼻をこすれば、少し赤いものが付いた。それをドレスの裾で拭うと、私自身何もなかったかのように心に蓋をして部屋へと戻っていったのだった。
傍らで、ブランクが何か言いたげな気配をずっと感じながら。
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