3-3.何をされようとも無視しなさい
アシュトンたちと別れると、重くなりがちな脚と心を叱りつけながら私は王城へと脚を向けた。いつものことながら一番気が重いのよね、城に戻る時が。
「シャーリーも王女なんだろ? さっきの……ナタリアって言ったっけ? あの娘とは仲良さそうに見えたんだけど、他の王族とは上手くいってないのか?」
姿を消したままブランクが話しかけてくる。結構デリケートな話なんだけど……結構踏み込んでくるのね。
「どうしたってこれからしばらく一緒にいることになるからな。どうせ俺のこともそのうちバレるだろうし、上手く立ち回るためにゃ人間関係も理解しとかねぇとドジ踏んじまうかもしれねぇだろ? そうなるとアンタに余計な迷惑かけることになるし」
そりゃそうかもだけど……ま、しょうがないか。面白い話じゃないけど少しだけ話しといた方が確かに良さそうね。
「上手くいく以前の問題よ。そもそも――私は血縁上王族と何の繋がりはないわ」
父の功績を鑑みて、憐れみで王家の養子にしてもらっただけ。その代償として私は異世界との孔から生まれる魔物と日常的に対峙する犬となり、日々対価を払い続けてる。さもなければ私はとっくの昔に国民たちになぶり殺されてたと思う。
「私は生きるべき人間じゃない。父が人々を裏切って殺された時に私も死んで然るべきだった」
だから誰しも私に厳しいし、それは一般の人たちのみならず貴族も官僚も、義理の兄であるバカ王子も同じだ。むしろアシュトンやナタリアがおかしいんだと思う。
「だから王城では私が何をされようとも無視しなさい。これは命令よ」
「……なぁんかよく分かんねぇ話だが、とりあえずこれから行く場所がロクな所じゃねぇってのは分かったよ。けど納得ぁいかねぇ。
アンタの父親がどんな罪を犯したか知らねぇけど、そりゃ父親の罪であってシャーリー、アンタの罪じゃねぇだろ? だってのにそれを是とするのが理解できねぇ。国も街の連中も、そしてアンタもだ」
「理解してもらわなくっても結構よ。私は国を守れればそれでいいの。今の状態ですべてが上手く回ってる。なら何も問題ないわ」
何もかもが歪どころかねじ狂ってるってのは私だって分かってる。けれど、良いのだ。良くはないけど、良い。私がすべてを受け入れればうまくいき、事実それで世界は何も問題なく回っている。
ブランクはまだ何か言い足りなさそうだったけど、城が目の前に近づいてきたから黙ってもらった。不満はありありとしてるのが伝わってくるけど、どうやら色々言うのは後回しにしてくれたらしかった。
城門の正面にかかる大きな架け橋――を通り過ぎて城の裏手にある、人一人がなんとか渡れるくらいの細くて頼りない架け橋どころか架け板と言って差し支えない橋を渡ると、一日中陽の当たらない苔むした場所にあるドアを開けて中に入る。
入ったのは使用人用の出入り口だ。ドアが閉まった音で、束の間の休みにおしゃべりしてた人たちが一斉に口を閉ざす。そうして向けてくるのは――蔑みの入り混じった冷たい視線だ。
(分かってるわよ)
せっかくの休憩なんだから私のことを視界にも入れたくないのは分かる。けど仕方ないじゃない、緊急時以外私が通るのを許されてるのがこの出入り口だけなんだから。
いつまで経っても慣れない恐ろしく居心地の悪い部屋を抜け、さらにその先の厨房でも同じような視線を受け止め、城の廊下にたどり着いてようやく肩の力を抜いた。
今はお昼も終わってるし、この辺りは人の往来が少ない。なので足早に階段を登り、なるべくひと目につかない廊下を通って私は部屋に滑り込んだ。
ベッドとテーブルにクローゼットだけのシンプルな部屋。意匠こそそれなりだけど、王女という立場からすればかなり質素。でも私だって別にほしいものなんてないし、これくらいでちょうどいい。
剣やら鎧やらを部屋の隅に脱ぎ捨ててすぐ側の浴室へ。狭いけどお風呂だけは近くにあってよかったと思う。そこでさっと汚れを落として、部屋に戻りクローゼットからドレスを取り出して失礼がない程度に着飾る。
「本当にお姫様だったんだな」
「あら、精霊なのに召喚主の言葉の真贋を見抜けないのかしら?」
「残念ながら根っからの精霊じゃないんでね。それに、泥棒みたいにコソコソしなきゃならん姫様がどこにいる?」
「ここにいるのよ。おあいにくさまだけど」
姿を見せたブランクの口調はからかってる感じだけど、顔は全然笑ってない。前もって言い含めてたとはいえ、受け入れ難いのもしかたない話か。
「いつもあんな感じなのか?」
「そうよ――さ、着替えも終わったし、報告に行くわよ」
まだ詰め寄ってきそうだったけど強引に話を終わらせて部屋を出る。ブランクもまた姿を消して私のすぐ後ろを黙ってついてきた。
「まずはネザロ王子を探さなきゃね」
「先に王様じゃねぇのか?」
「ワグナール王は病床で臥せてらっしゃるから」
今の事実上のトップは王子であるネザロで、王は実質幽閉されてるようなもの。病気を理由に会わせてもらうこともできないから結局報告もネザロにすれば事足りる。
さて、そのネザロがどこにいるのやら。実権を握ってるのはいいけど、結局アイツ政治にあんまり興味ないから好き勝手遊び回ってて、いつも探し回るハメになるのよね。
「よくそれで国が回ってんな」
「システムが優秀ってことでしょ」
なら王はいらないんじゃない? って話になるけど、有事には王の決断が必要になるし、何より国民の間で王家の存在ってのが根付いてるから必要なんだとは思う。もっとも、その遊び呆けてるバカ王子のおかげで王族に対する不満はうなぎのぼりだけど。
そんな会話をしながら進んでいくと、段々と行き交う人の姿も増えてきた。この辺りは普通に官僚たちの職場だったり、議員である貴族たちの社交場にもなってたりするから結構騒がしい。
だけど私が現れるとそのボリュームが一気に小さくなっていく。向けられるのは使用人たちが向けていたそれと似たようなもので、けれども使用人たちの目は冷たくて静かだったのに対して、こっちは嘲笑だとかヒソヒソと耳打ち話が主。もっとも、話題はあからさまなんだけど。
「……気分悪ぃな」
「黙ってなさい」
私だって神経逆撫でされてるけどじっと我慢。正直、面と向かって罵倒してこいと思わないでもないけど、詰め寄ったところで「何の話でしょう?」ととぼけられるのがオチだし、余計に腹が立つから完全無視するしかない。
いつもながら針のむしろの中を進んで階段を昇る。王子の部屋にたどり着いたけど、予想通り世話役から不在を告げられた。はぁ、今日はどこにいるのやら。アイツ、視察と称して街を遊び歩いてたりするからタチ悪いのよね。
部屋の前に突っ立てても無駄だから、とりあえず下のフロアでも探そうかしらと足を向けたところで――
「来たわね……」
お目当てのネザロがやってくるのが見えた。
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