3-2.彼女には頭が上がらない
「イケメンってのも大変ね、アシュトン」
「……よぉ、シャーリー。戻ってきたんか」
声を掛けると、友人たるアシュトンは心底疲れた表情を見せた。ため息をついて、でも本来の対象であるやせ細ったおじさんや子供にスープを渡す手は止めない。
「またナタリア様に捕まったの?」
「まーな。用があって王城に行ったらバッタリ会っちまってよ」
「アンタがいると寄付には困らないもんね」
長身でイケメンの美男子。かつては戦場の前線で活躍し、現在も軍の警備部で働くアシュトン・カーライルは、肉体的にもガッチリしてる。であれば老若問わず女性にモテないはずがない。実態はちゃらんぽらんで遊び人気質でだらしないんだけど、見た目じゃそんなの分からないしね。
とはいえ、気のいいヤツであることに変わりはない。事実、王国中の人から蔑まれているといっても過言じゃない私とも気安い会話を交わせる、非常に限られた人間だ。
そんなアシュトンだけど、こうして炊き出しが行われるといつもナタリアに駆り出されてる。それは炊き出しにも男手が必要だというところもあるが、何よりこのイケメン特有の甘い香りに誘われた富裕層の女性が寄ってくるからである。
本来炊き出しだと無料でスープを配布してるんだけど、ナタリアはその女性たちからは寄付と称してお金を集めて炊き出しの費用に当ててる。王女なんて立場にもかかわらず必要な資金も自分の懐から出してるうえに、自らも毎度こんな貧民街近くまで脚を運んで炊き出しするという、私からしたらまったく頭が上がらない話ではあるけど、そういうところ強かなのよね、彼女。
「ま、イケメンに生まれた宿命と思って頑張んなさい。それで、ナタリア様は?」
「ここよ」
ナタリアの話をしてると、ちょうどテントの奥からご本人登場である。
赤毛の髪をアップにして少しタレ気味の目が、彼女の纏う雰囲気と相まって何とも優しそうな印象を与えてくる。もちろんそれは印象だけじゃなくて、困っている人に分け隔てなく手を差し伸べる、この国に生まれたことが不幸としか思えないくらいよくできた御人だと私は割と本気で思ってる。
エプロンをして現れた彼女の姿はまさに世間がイメージするお母さんといった感じ。常に血なまぐさい場所にいる私とはまさに対極である。歳は二つしか変わらないはずなのに、なんだろうこの圧倒的な差は。
「二人共お疲れ様。ごめんなさいね、アシュトン。いつも手伝ってもらって」
「あー……まあ、いいッスよ。どうせ暇でしたし」
愚痴りたそうにしてたアシュトンだけど、バツが悪そうに頭をかいた。王女だとかそういう立場を抜きにしても、彼女にはなぜだか私共々頭が上がらないのだ。きっとそれは彼女のお母さん然とした雰囲気がそうさせるのだと思う。
「ふふ、ありがとう。頼りにしてるわ」
奥から回ってきたスープをアシュトンに渡しながらナタリアが柔らかく微笑む。するとアシュトンはナタリアから顔を背けて何とも言えない目を私に向けた。
分かるわ、アシュトン。こうやってナタリアから笑顔を向けられると、また次も手伝ってやろうって気になるのよね。これを狙ってやってるんだとしたらナタリアも相当な悪女よ。もっとも、至って天然なんだけど。
「私も手伝いますね」
人手はあって困らないわよね。ブランクの案内の途中だけど、ま、待たせても大丈夫でしょ。そう思ってテントの中に入ろうとした私だったけど、ナタリアからやんわりと断られた。
「ありがとう。でもシャーリーは戦いから帰ってきたばかりでしょう? なら父や兄に報告しなくちゃいけないんじゃなくって?」
「それは……そうですけど、多少遅れたって大丈夫です」
「ダメよ。特に兄には早めに報告した方がいいわ。機嫌を損ねると……ね? それにシャーリーが元気そうなのは嬉しいけど、戦った後くらいはしっかり体を休めた方がいいわ。だから今日はゆっくり休んで。姉としてのお願いよ」
「……」
まいったわね。アシュトン同様、彼女もまた私に気配りをしてくれる数少ない友人であり、血の繋がりがないとはいえ優しい姉でもある。そんなナタリアに諭されたら従わざるを得ない。
「ありがとうございます。なら、今日はゆっくり休ませてもらいます」
「そうだ! 今度一緒にお茶会をしましょう。美味しいお茶を手に入れたの」
「いいですね。ぜひ」
彼女の優しさと心遣いに、昨日の今日で荒み気味だった私の心が少し軽くなる。同性ではあるけど、彼女と話してるとやっぱり癒やされるわ。
この場を離れるのが名残惜しい。唯一、私が誰かといて心を許せる場だから。なのでなおさらこの後の事を思うと脚が重くなるけど……行かなきゃならないわよね。
心の中でだけそっとため息をつくと、私は笑顔を作ってアシュトンとナタリアに手を振ったのだった。
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