3-1.国は小さいけど街は立派でしょ?
ま、そんなわけで。
敵のど真ん中にほっぽらかして逃げやがったアトワール少佐に渾身のストレートを喰らわせてやった私は、意気揚々、気分良く王都に帰還した。
王都から出ていく時は精霊の力を借りての超特急だったけど、帰りはのんびりと歩いたから到着はすでに昼過ぎ。この時間ともなればさすがは王都というべきで、入り口の門をくぐった途端に押し寄せてくる街の喧騒と熱気に少しげんなりした。
「へぇ、ここが王都か」
「そ。東門から真っ直ぐ伸びてるのが東大通りで――アレが王城」
今しがた通過した門を指差して、そこからぐるっと反対側に指を向けて姿を消したままのブランクに教える。
「つまり、街のど真ん中に城があって、そっから東西南北に大通りが伸びてるって感じか?」
「ご明察」
他にも何本か大きな道はあるけど、基本的にはブランクが言う通り街の構造としては東西南北が一番の大通りになってて、城を中心に同心円状に街が広がる形になってる。西側には近くの河から引いた水路が入り込んでて、少しずつ分岐しながら基本的には街全体に水が行き渡る作りだ。
「どう? 国は小さいけど街はそれなりに立派でしょ?」
「ああ。思ってたよりおっきな街だな」
ブランクがどれだけここを田舎だと思ってたのかは気になるけど、興味を持ってくれたようで何よりだ。いい思い出はないけど、やっぱり自分の住む街が好意的に見られると嬉しいものである。
と思ってたら、ブランクの声色がどこか難しいものに変わっていった。
「どうしたの? トイレならもうちょっと我慢しなさい」
「だからお前は俺のオカンか……そうじゃなくってだな、なんつーか……にぎやかなんだけどなーんか街の雰囲気暗くね?」
その感想を聞いて、私はそっと小さくため息をついた。ま、ブランクは結構周囲を観察してそうだもんね。そりゃ気づかれるか。
ブランクが言ったことはたぶん外れてない。実は私だってそう思ってる。
街には一見活気があるように見えるけど、それは人の多さでごまかされてるだけ。もちろん普通に会話はみんなしてるし、威勢のいい叫び声だって聞こえてくるけど、多くの人に共通してることがある。
みんな、基本的にうつむきがちなのである。
表情は暗いし、それがどんよりとした印象を与えて、加えて建物の壁も汚れたままであまり清潔感はない。それが何とも不穏な感覚を抱かせるんだと思う。
理由は単純。みんな生活が苦しいからだ。税金は重いし、金持ちは王子や貴族に金品を渡して優遇されてる一方で大多数の一般市民は搾取されるだけ。議会はあるけど庶民の意見が届くかといえば疑問で、なおかつ、実質的な王とも言える王子――一応は私の兄にはなる――は好き勝手やりたい放題。まさにこの国の未来はお先真っ暗。そりゃ気分が暗くもなろうってもんである。
「東門側は貧民街に近いからね。どうしても貧富の差は出てきちゃうし、他所から王都に来る人もあんまりこっち側から入門しないから、なおさら暗く感じちゃうのよ」
「ふぅん、そんなもんかね」
私と一緒にこの街で過ごすからどうせそのうち実態はバレるんだろうけど適当にごまかしておく。貧民街に近いのも事実だし。
「さ、行きましょ? せっかくだし、ちょっと寄り道しながら行く?」
「お、良いのか? なら案内よろしく。これから住む街のどこに何があるか知っときたいしな」
というわけで、王城に伸びる道から敢えて離れて、遠回りしながら私たちは街の中心へ向かっていった。どこそこにどういったお店があるだの、この道を真っすぐ行けば広場があって朝にはたくさんの露店が並ぶだの、そういったことを簡単に説明しながらブラブラ散歩がてらブランクに街を案内していった。
そうして少しずつ城に近づいていってた途中で、不意に人だかりと遭遇した。
「何かしら?」
ここらにそんな人が集まるような有名店とかないはずだけど。大道芸でもやってんのかしら。そう思いながら人だかりの隙間を縫っていくと段々と列が見えてきて、さらにその先頭には簡易なテントが設置されてた。
「炊き出し……か?」
「みたいね」
ってことはナタリアもいるわよね。ならせめて挨拶だけでもしとこうかしら。
炊き出しの列を横目に見ながら先に進んでいくと、それまで汚れた服装のおじさんたちばっかりだったのに、段々と若い身ぎれいな女性が増えていってた。どう見ても炊き出しに並ぶような人たちじゃないんだけど……
首を傾げる私だったが、列が並んでた先を見て合点がいった。
女性たちが並んでたその先には、立っているだけで薔薇の花が咲き乱れる美丈夫が笑顔を振りまいていた。そんな彼が、炊き出しなのに列の女性からお金を受け取ると、「ありがとうございます」と微笑んでスープを優しく手渡しする。
するとそのイケメンスマイルを受けた女性は見事に顔を真赤にして、スープを落としそうになるくらいにフラフラしながら、夢見心地でどこかへと去っていってた。なるほど、こいつのせいか。
列に割って入ると確実に背中からナイフを生やさないといけないことになりそうなので、列の順番がおっさんになるまで待ってから私はテントに近づいた。
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