2-5.こういう時は目を閉じるもんですぜ?
「……もう終わり?」
「みたいだな。見た感じ残ってるのはいないみてぇだぜ」
妖精にも問いかけてみるけど、特に目立った反応は返ってこない。どうやら本当に倒しきったらしい。
そっか、敵の数が少ないっていうのもあったけどブランクがいたんだったわね。ついついいつもの感覚で戦ってたけど反省。
「ゴメン」
「気にすんな。ま、次からはもうちょっち周りを見て戦うよう心がけような?」
「教師みたいなこと言うのね」
「似た仕事してたこともあるからな。バイトだけど」
「ばいと」が何かはよく分かんないけど教職に就いてたってのは驚きね。昨日も周辺国との情勢の話を熱心に聞いてたし、生前は知識人だったのかしら?
「それで、どうすんだ? 敵は倒しきったわけだし、お家へ帰ろうって流れか?」
「そうね。けど、まだもう一つやることが残ってるわ」
というかむしろそれが最大の目的だ。
辺りを見回してると、こんな状況にもかかわらず一人だけひょいひょいと元気な足取りで動き回ってる目的の人物を発見。つい緩みそうになる口元を無理やりすまし顔にしてそいつへと近づいていく。
「ぬぅ……敵は倒せたようだがいったいどうやって……?」
「どうもご機嫌よう、アトワール少佐?」
「ひっ……! な、なんだ、リシャール特務大尉か……」
声を掛けた瞬間、小柄な男――アトワール少佐が、お前は小動物かってくらいに驚いて飛び上がった。けど残念ながらウサギやネコみたいな存在とは対極に位置してるこの男がやっても可愛さは微塵も感じないし、むしろ殺意さえ覚える。
そしてこのクソッタレのハゲ貴族少佐が、私を放置してくれやがった指揮官である。
「……もしかしてお主があの魔物どもを倒したのか?」
「はい、アトワール少佐が危機に陥ってると耳にしまして急ぎ駆けつけました。もっとも、昨日はおかげさまで死にそうでしたけど」
「おお、そうかそうか! それは大儀だった! 私が直々に褒めてやろう!」
露骨に嫌味を言ってみたけど笑って流された。もしかしたらこの阿呆少佐の頭からは私を放置したことなんてすでに綺麗サッパリ忘れ去られてるのかもしれない。
「昨日の戦いも見事だったな! お主が敵を引きつけてくれたおかげで我軍の損害はほぼ皆無であった! この私が直々に感謝してやろうではないか! 褒美をやろう。何がいい? 金か? 金がいいか?」
と思ったらそんなことはなかった。いっさい悪びれた様子なく、ンなことをのたまってくれやがる。そりゃ損害ないでしょうよ。まともに戦ってすらないんだから。あと金、金って、なんでも金で解決できると思ってるのかしら。しかも伯爵家とはいえ五男のアンタにたいそうな金出せないでしょ。
ブランクの様子をチラッと見たらさすがに彼も呆れ顔で天を仰いでた。残念ながらウチの国はこんなのがあちこちにいるのよ。権力についてるのは比較的まともなのが多いから何とかなってるけど。
まあいいや。金も確かに悪くないけど、今の私には必要ない。
「まあ少佐様ったら。お金なんて要りませんわ」
「はっはっは! 無欲なヤツだ。なら何が望みだ? お主が男なら良い女でも紹介してやるところだが……」
「ではアトワール少佐。私のお願いを聞いてくださいます?」
「ぬ? お願いとな?」
「はい――恐れ入りますが、こちらに立って頂けますか? ああ、そうですそうです、そこです」
私の指示に従って、後ろに誰もいない位置に阿呆が立った。本人は何を勘違いしてるのかニヤニヤしてるけど。ま、勘違いさせときますか。
ずんぐりむっくりな体を楽しそうに揺らしてる阿呆少佐の正面に立って私は相手の顔を見下ろした。冥土の土産のつもりでニコッと笑いかけてやったら、少佐はいっそうだらしなく顔を歪ませた。
「少佐殿、こういう時は目を閉じるもんですぜ?」
後ろのブランクから素晴らしい援護射撃が飛んできた。明らかに彼の格好は異質で周囲から浮いてるはずなんだけど、浮かれポンチなお花畑指揮官はそれに気づくことなく「そ、そうだな!」なんて笑いながら言われたとおり目を閉じた。
というわけで。
お膳立ては整った。私も息を吸い込んで気持ちを整える。
さっきからずっとだらしないアトワールの顔をじっと見つめ、左足を後ろに引いて半身に。左腕を大きく振り上げ、私は思いっきり踏み込んだ。
そして――
「うおぉぉらぁぁっっっ!!」
「へぶしぃぃぃぃっっ!?」
拳をデブの顔面にぶち込んでやった。全力で一切手加減なく。
デブの体がキレイに縦回転しながら、地面をけずって吹っ飛んでいく。なお、殴った瞬間「めきょ」だか「ぐちょ」だか変な音がしたけど気にしない。精霊の力で本気で殴るとアレしちゃうから生身の力だけだし、転がってった先でピクピク手足が動いてるから生きてるでしょ。ならまったく問題ない。
「見事にすっ飛んでったな」
ホント、スッキリした。これでやっと気持ちよく眠れるわ。なにせ昨夜は目を閉じるとアトワールのニヤケ面が浮かんで中々寝付けなかったし。具体的には五分くらい。
「寝付き悪くなくね?」
「私にとっては悪いの」
冗談はさておき。こっちは殺されかけたんだから、むしろこれくらいで許してあげる私は実に寛大な心の持ち主だと称賛こそされ、非難されるいわれはまったくないはず。
「んじゃ帰るわよ」
指揮官はふっ飛ばしちゃったけど軍なんだから次席の誰かが新しい指揮官になって、後は勝手に帰ってくるでしょ。
そんなわけで、もやもやを吹き飛ばした私は、ポカンとしてる他の兵士たちをよそに、気持ちよくブランクと一緒に王都へと戻ったのだった。
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