2-3.一応第二王女ってことになってるの
「俺の話はもういいだろ? 次はシャーリー、アンタの話を聞かせてくれよ」
「私の?」
「おう。別にアンタの話じゃなくてこの世界の話でもなんだっていいぜ? 召喚されたばっかでなんもかんも分かんねぇしな」
……困ったわね。私自身あんまり自分のことを語るのは趣味じゃないし、語りたい過去があるわけじゃないし。語りたくない過去はたくさんあるんだけど。
なもんでまずはこの世界のことをかいつまんで話してやる。
今私たちがいる国がヴェルシュ王国という比較的歴史の浅い国であり、私もその国民であることから始まって、隣接する友好国のリューベリック王国、シュヴァルト王国のことと、建国以来犬猿の仲であるノスト・アジール帝国、それから大陸一の大国であるファリエ・トラヴァリア帝国のことなどなど。
細かく話すのも面倒くさくて表面的な部分だけをざっと話しただけだけど、ブランクは興味深そうにうなずきながら聞いてくれるからついつい私の方も興が乗って口も滑らかになってくる。
「なーるほどね。オーケーオーケー。国際情勢としちゃとりあえず予断を許さねぇけど、まあ近々で大戦争なんざおっぱじめる様子じゃねぇってことは分かった。
んなら、昼間戦ってたあのくっそみてぇに大量に湧いてた魔物。ありゃなんだ? どっかの阿呆が術式かなんかを失敗した結果か?」
「それだったらまだマシなんだけどね……」
ブランクにはこの先も私と一緒に魔物たちと戦ってもらうことになるだろうから少し詳しく説明してあげる。と言ってもたいして話せることもないんだけど。
「ずっと昔――それこそ今ある国が建国されるより昔からこの世界は別の世界と頻繁に繋がるの」
異世界と繋がると、通称「異世界の孔」と呼ばれる真っ黒な孔が突然できるんだけど、あの大量の魔物たちはその孔を通ってやってきた異世界の魔物だって言われてる。
長いこと研究されてるけど、孔ができる前触れは普通の人間じゃ認知できなくて、妖精や精霊の力を借りることでなんとか前もって準備ができてる。もっともそれだって運が良くて一、二日前くらいでしかなくって、だいたいは半日とか数時間前くらいなものである。
「へぇ……てことは、言うなりゃ災害みたいなもんか」
「そうね。その認識が一番正解に近いと思うわ」
いろんな文献から察するに、昔から孔は繋がってたんだと思う。けれど。
「最近になって孔が現れる頻度が明らかに増えてるみたいよ」
大昔は一つの国で年に数回程度だったらしいけど、今は小規模なものを合わせるとヴェルシュ王国だけでも数週間に一度に頻度で発生してる。原因は不明。巨大な孔を父さんたちが封じた十年前に比べればマシなんだろうし、人間も馬鹿じゃなくって大砲なんかの大型武装や精霊武器なんかも開発してるから死亡者はかなり減ってるんだろうけど、それでも損害は馬鹿にならない。万が一突破されても一日二日経てば魔物たちは勝手に消えてしまうから、それがせめてもの救いかしらね。
「なるほどねぇ……孔自体を塞ぐことってのはできねぇの?」
「できなくはないわ。けど時間がかかるの。一日二日じゃ無理ね。パッとすぐに塞ぐ方法の開発は長年の課題だけど……まあ、お察しの通りよ」
「厄介なもんだ。で、シャーリーはその殲滅部隊のエースってわけだ」
「なにそれ、皮肉?」
「いやいや、正直な感想だって。昼間の動き見てりゃシャーリーがそこらの凡人とは違うってことくらい分かるさ。もっとも、お宅の指揮官殿はエースを見捨てて逃げるようなとんでもないボンクラみてぇだが」
「……別にエースでも何でもないわよ」
「謙遜すんなって」
「謙遜じゃないわ――事実よ」
ほぼ空になったジョッキを飲み干すと思わずため息が出た。
本当にエースでも何でもない。私は――単なる使い潰し用の駒だ。逃げ出したあのクソハゲ指揮官がボンクラ以下なのは確かだけど、でもそうじゃなくっても今日みたいなことはいつか来る未来だと思う。
ブランクのおかげで生きながらえはしたし、それは感謝してる。けど国の誰もが私を人間だとも思ってない。生かさず殺さずのギリギリまで使い続けるつもりだ。
国の犬として。
それこそ擦り切れきって絞りカスになるくらいまで使い潰して、やがてその時が来ればあっさりと「清々した」なんて言いながら捨てるに違いない。使い勝手の良かった道具が壊れてしまったことを嘆きこそすれ、すぐに私のことなんて忘れてしまうはず。
てな事をついついブランクに話してしまった。普段はこんなに口は軽くない――そもそも話す相手もいない――んだけど、どうやら思った以上に疲れた体にアルコールが効いたらしかった。
「……今回の俺のご主人サマはずいぶんと過酷な人生歩んでるみてぇだな」
「別に? そうでもないわ。私も納得してるし」
というか、納得するしかない。父が犯した罪は父が命を賭けて贖ったけど、それでも人々の怒りは収まらなかった。なら娘たる私が償い続けるしかないだろう。
それに、こうして戦い続ける代償として衣食住には悩まなくて済んでるし、酒とタバコをたしなみながら管を巻くことができるんだから感謝しなきゃいけない。
「さて、と。飲み足りないトコだけど明日も早起きして王都に戻んなきゃいけないし、これくらいで我慢しときましょ」
「まだ飲みたりねぇのかよ……てか、シャーリー。お前見捨てられたってのに、それでも戻んのか?」
「そりゃそうでしょ。これでも王女なんだし」
「王女だぁ!?」
あ、そういえば言ってなかったっけ。
「そ。一応ヴェルシュ王国の第二王女ってことになってるの。とは言っても形だけだけど」
「そりゃあまた……これまで失礼な口を利きまして」
「止めなさいって」
急に慇懃に振る舞おうとするブランクにデコピンする。目元も口元もニヤニヤして、面白がってるのが丸わかりよ。
「しっかしそうなるとますます解せねぇなぁ……アンタの置かれた環境ってのが王女のそれとは到底思えねぇ」
「ま、そこは色々と事情があんのよ」
そこに関しては酒の勢いがあってもさすがに口にはしない。おいそれと口にできるものでもないし口にしたいものでもない。辛くて苦い記憶まで掘り起こさないといけないし。てか、今もその記憶が私を蝕もうとせり上がってくるのを感じる。
無意識に触れてた首のチョーカーから指を離して胸元のロケットを握りしめる。うん、大丈夫。私は――大丈夫。
「ほら、ブランクもさっさと飲んでしまいなさい! 注文したメニューもちゃんと残さず食べるように」
「お前は俺のかーちゃんか」
「召喚主だし、実質似たようなもんよ。あ、そういえば貴方って寝る必要あるの? それとも寝なくても大丈夫? 一応部屋は取ってあるけど」
「寝ようが寝まいがシャーリーからの魔力供給で俺の魔力も体力も回復するからな。寝る必要はねぇけど、寝た方が気持ち的にゃスッキリはする。元人間だし」
「ああそうなのね。ならしっかり寝ときなさい。貴方には明日も朝から働いてもらうんだからね」
「? そりゃ構わねぇけど……明日は王都に戻るだけだろ?」
「途中で寄るところがあるのよ」
さっきから妖精がざわついてる。私には遠く離れた孔を感知するだけの力はないけど、比較的近くなら妖精たちがなんとなく教えてくれる。そしてその場所はきっとお誂え向きだ。
「なら――見捨ててくれた御礼はしないと、ね?」
やられたらやり返す。
これでも私は執念深い女なのである。
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