1-1.力を借りるわね、イフリル
性懲りもなくまたファンタジー連載です。
どうぞお楽しみいただければ幸いでございます<(_ _)>
声が、聞こえた。
それは人間の声なんかじゃなくって、かといってよく耳にする精霊や妖精たちのさえずりとも違う、もっと醜悪な声だ。
低く、最期の最期まで誰かを恨みながら死んでった人が発してるみたいで、胸の奥深く、心臓そのものを鷲掴みにしてくるよう。どんなに好意的な解釈を試みても聞き続けようなんて気には到底ならない。
「だからって、耳を塞ぐわけにいかないってぇのが辛いとこよねぇ……」
なぜなら私――シャーリー・アージュ・リシャールが向かっているのが、まさにその醜悪な声の発生源なのだから。
王都から途中までは体力温存のために、サスをどうにかしなさいよって思うくらいお尻が痛くなる軍用車に揺られてたけれど、今は精霊師らしく精霊の力を借りて自前の脚で一直線に敵のところへ向かってる。曲がりなりにも精霊師。車なんかであちこち迂回しながら進むより、岩や木の枝を足場にして道なんて一切合切無視できるこっちの方がよっぽど速い。
「もうちょっと街に近いところで発生してくれれば楽なのに……って、それじゃ被害がバカになんないか」
距離の遠さをぼやきながら走り続けてると、やがて霞がかった空気の向こうで巨大な黒い影が浮かび上がってきた。
「■■■、■■■■――ッッッッッッ!!」
「ひ、怯むなぁっ! 撃て、撃てぇぇッッッ!!」
敵の怨嗟の声に混じって、たぶん指揮官のだと思う上ずった声を妖精たちが届けてきた。遅れて小銃や大砲が鳴り響く。距離が近づくにつれて敵のシルエットが鮮明になってきて、ようやくそこで戦場の全容が私にも理解できた。
辺り一面は黒で埋め尽くされてる。敵の姿は例外なく真っ黒で、統率も何もなく兵士たちへと片っ端から襲いかかっていた。遠くから見た感じ大多数は中小型の動物タイプで、大型種は一体だけみたい。
味方側の状況はといえば、どうやらちゃんと銃も大砲も精霊武器は揃えられたらしく、たくさんの精霊や妖精たちが銃口や砲身の上で揺らめいてた。数も十分だし、武器の質も問題なさそう。
もっとも。
「だからって、勝てるとは限らないのよねぇ……」
精霊武器は扱う兵士の素質にかなり左右されるし、実弾兵器ならその心配は無いけど、この世界とは違う「異世界」から現れる連中には効果が弱い。実際、妖精が届けてくれる戦場の光景は明らかに人間の方が劣勢で、中小型の敵を倒せてはいるけれど数の暴力に段々と押し込まれてきてるのが伝わってきた。
「『孔』は……塞がってるみたいね」
真っ黒な魔物たちがあふれ出す根源たる、こことは異なる世界との孔。敵がうじゃうじゃとしてて確認しづらいけど見た限り孔はないし、妖精たちも特に騒いでもないからたぶんもう敵が増えることはなさそう。
なら。
「ここらでいっちょ、派手にぶちかましといてやりましょうか」
少なくとも一体いるあのデカブツ――大型種は、私たちのような精霊師じゃなきゃ相手をするのは難しいはず。ちびちびと削ることはできるかもしれないし、時間を稼げばそのうち勝手に消えてくれるんだろうけど、その頃には味方の被害も甚大になってるに違いないから見過ごすわけにはいかない。
「ま、私を『味方』だと思ってくれはしないだろうけど……」
それでも私は彼らの味方であり続けなければならない。その生き方しか許されないのだから。
息を一つゆっくり吐く。木の上で立ち止まると軍服の一番上のボタンを外して中からロケットを取り出す。それを強く握りしめて、巨大な敵を睨みつけ大きく息を吸った。
「――、――――……」
詠唱を開始。足元に魔法陣が浮かび上がり、そこから文字のような模様が列となって私の周りで躍っていく。青白い光に包まれ、やがてズンという激しい衝撃が体にのしかかってきた。でもそれは一瞬。すぐに体中に力がみなぎっていく。
「また力を借りるわね、炎の精霊」
強大な存在を感じて後ろを見上げれば、薄っすらと厳しい顔をした巨大な精霊が私に向かって小さくうなずいた。
それを見て、私は敵へと両手を伸ばした。
「――吹っ飛びなさい」
私に宿ったイフリルの力が解放され、巨大な炎の柱が敵へ伸びた。
灼熱が空気を焼き尽くし、熱風が近くの木々を焦がしていく。
着弾。その瞬間に辺りが赤白く染め上げられた。爆発の衝撃で吹き荒れる突風が私の銀色の髪が大きく後ろへなびかせ、轟音が耳をつんざく。
やがてすべてを飲み込んだ爆発が次第に収まっていく。立ち込めた爆煙が風に流されていくと、さっきまで我が物顔で闊歩してた巨大な魔物の姿は跡形もなく消え去っていた。どうやらイフリルの力はあの巨人を相手にしてなお、絶大な効果があったらしかった。
「けど、まだ終わりじゃない」
デカブツだけはぶっ飛ばしてやったけど、中小型の方はまだまだうじゃうじゃと残ってる。そりゃ多少は一緒に消し炭にしてやったけど、大部分は今の一撃なんてお構いなしに兵士たちに襲いかかっててその勢いは全然衰えてない。
もちろんデカブツが消えた効果は大きい。歓声が轟いて、兵士たちの抵抗もだいぶ勢いを取り戻したみたいではあるんだけど、如何せん敵の数が多い。劣勢なのは変わらずだ。
「ったく、ちょっとしんどいけど……しかたない」
イフリルの召喚で魔力はかなりもっていかれたけど、泣き言を言ってる場合じゃない。鬱陶しい首のチョーカーを指先で軽く撫でながら、もう少し下位の精霊を召喚して身に宿すと腰の剣を引き抜いて、刀身に炎をまとわせていく。
召喚による魔力消費と引き換えに体が軽くなって気分も上々。トン、と軽く足元の枝を蹴って地面へと真っ逆さまに落下していき、激突の瞬間に意味もなく一回転するとそのまま全力で地面を蹴り飛ばす。
そして一気に加速した。
岩の上を飛び跳ね、木々の隙間を速度を落とすこと無く縫っていき、やがて視界が開けてようやく私自身も戦場の真っ只中へとたどり着いたのだった。
「邪魔だってぇのぉっ!!」
脚を止めることなく懸命に抵抗してる兵士たちの相手を斬り倒しながら駆け抜ける。ジリジリと押し込まれる中で突然敵が次々倒れていくことにみんな目を丸くしてるが、手を出したのが私だとわかると、感謝どころか途端に嘲りや侮蔑といった色が濃くなる。まったく恐れ入る。人の感情というのはげに恐ろしいものだ。
だけどいちいちそんな事に傷ついて立ち止まる年頃は過ぎてるし、感謝されないことにも慣れてる。なにより、感謝を望める立場じゃないことは誰より私自身が理解している。
「はああああぁぁぁぁぁっっっっ!!」
私が成すことはただ剣を奮うだけ。一切の余計な感情を排して、ひたすらに敵を殺す、殺す、殺す。それだけに集中すればいい。
その思いを行動で示す。襲いかかってきた黒い魔物を燃え盛る剣ですれ違いざまに斬り裂く。私の腕に噛みつかんと大口を開けた敵の頭を魔術でふっ飛ばし、後ろから喰いかかってきた奴を叩きのめして倒れたその腹を踏みぬく。
「さっさと死ねってぇのぉぉぉぉっっっっっ!!」
そう、殺す。殺す、殺す、殺す。兵士たちを傷つける敵を殺す。彼らを守るために殺す。そのためにこの身はあるのだ。だから役割を私は果たさなければならない。
細かな傷が私の腕に、脚に、顔に増えていく。それに比例するように私の周りでは屍が増えていき、黒い山がうずたかく積もってく。
血の匂いが濃くなる。疲労もきっと濃くなっている。けれども私は止まらない。止まるわけにはいかない。死ななきゃ上等。それだけで十分。どこから湧き上がるのかもわからない衝動に押され、疲れも忘れて私は敵を蹴散らし続けた。
と、その時だ。
影が不意に覆いかぶさってきた。
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