第三話
色々あった次の日。
俺は朝からエクスプローラー協会まで来ていた。
この時期は高校を卒業したものたち(自分もだが)がエクスプローラーになろうと協会に来る。
エクスプローラーになる資格の第一条件として、18歳以上じゃなければいけないのだ。
しかし、ここは新規エクスプローラー登録用のフロアなのだが、かなり混雑している。
俺としては早く来たつもりだったが、整理券を見ると56番と既に自分の前に50人以上が確認できた。
これはもう少し早くても良かったかもしれない。というか予約しておけば良かったのか。
今更ながら予約するという行為が自分の中で抜け落ちていた事を後悔しつつ、番号が呼ばれるまで大人しく待つ。
ここは南区協会だ。神社からはもう少し近い協会があるのだが、その日に研修できる施設があり、1日かからずにエクスプローラーになれる協会で1番近いのはここになる。
「55番の番号の方〜」
俺の前の人が呼ばれたからもう少しだな。ちらっと見やると55番は女性のようだ。昔に比べると女性のエクスプローラーも増えたが、まだ男の方が少し多い。
しかし、あの子の雰囲気、なんていうか刃物って感じの冷たさがあるな。
そんなどうでもいい事を思いながら次を待つ。
「56番の方〜」
俺の番だ。呼ばれた受付へ歩いて行く。
「お待たせいたしました〜。それでは資料を持って2番会議室へ進んでください」
「はい」
なんというか間延びした喋り方をする人だったな。顔も可愛いから天然系に見えたし。まぁとりあえず2番に行くか。
案内に従って2番会議室を目指す。しばらくすると目的地が見えた。ガラッとドアを開けると20人近くの人達が椅子に座っているのが見え、席が近い人と話をしているのであろう喋り声があちこちから聞こえて来た。
恐らくは30人で一部屋の会議室を使うようにしているのだろう、3人で1つの机を使っている。
俺は56番だから・・・。あそこか。
自分の場所であろう所を見ると、ピン!と背筋を伸ばして座っている、先程の女性がいた。
なんというかあの人の所だけ雰囲気張り詰めてないか?
そんな事を思いながら彼女の右隣の席へと座る。本来なら他の机の人達みたいに親交を深めておきたい所だが、隣の彼女の雰囲気を見ると、とてもじゃないがそんなこと出来ない。
なんか気不味いなぁ。
ちらっとそちらを見ると目があった。
「・・・なに?」
冷たい声でそう言われると、見なきゃ良かったと後悔する。
「なんでもないです」
こういう手合いはいきなりタメ口で話すと嫌な顔をしそうだからと、敬語で話すことにした。
「そう。ならジロジロ見ないでくれる?」
なんじゃそりゃ!別にジロジロとは見てないだろが!
そう思いながらも突っかかっていけば、面倒くさいのは目に見えているので無視して左手で頬杖を突き、隣を見えないようにした。
しばらくするとドアが開き、57番であろう暗めの茶髪の人が入ってくる。この人は男?女?と迷ってしまう感じの子だ。体が小さく中性的な為どちらとも取れそうだが多分男だろう。俺の童貞センサーがそう言っている。
キョロキョロしながら自分の席を探しているようだが、しばらく歩いて俺の横だと気付いたみたいだ。
ちょこちょこと小動物のように歩く姿は、
なんというか保護欲をそそられる。
そんな彼を見ていると隣に来て腰を下ろし、こちらにペコリと会釈して来た。
それに俺も答えるように会釈する。すると嬉しそうに顔を綻ばせた。
「あの私は山下春っていいます。よろしくお願いします」
「ん?おう。よろしく。俺は高山田亮だ」
「高山デンスケ君ですね。隣がいい人そうで良かったです。女の子もチラホラいるし安心しました」
良い人?自慢じゃないが、俺はイケメンの親父と違って人相が悪いのだが。目付きも悪いし、髪の毛も短髪でソフトモヒカン。それをいい人そうだとは・・。なかなか良い子じゃないか。それよりも女の子だったんだな・・・。童貞センサーは何の役にも立たないことがここに証明された。
そんな事を思いながら見つめていると。
「あの・・どうしましたか?」
「あぁ、いやなんでもない」
「どうせ見惚れてたんじゃないの?」
いきなり隣から不躾な言葉がかかる。
「別に見惚れてねーよ」
「どうだか?私に対してもそんな目をしてたじゃない」
「はぁ?自意識過剰もいいとこだな」
「なによ!?さっきチラチラこっちを見てたくせに」
「いや、チラチラは見てないな。チラッと見て面倒臭そうな奴いるなって思ってただけだ」
「面倒くさいですって!?」
言い合いになっている俺たちをどうにか宥めようと春が仲裁にはいる。
「あの・・注目集めてるしそのくらいにした方が・・」
そう言われて周りを見ると皆んながこっちを見ていた。
それに気付いた俺は不貞腐れた感じで肩肘をついて前を向き。女性の方は周りを睨みつけていた。
それから程なくして受講生が全員揃い講師が到着し、座学から始まった。
ーーーーーー
「・・・であるわけで、同じパーティメンバーはレベル差が5以内が望ましいです。それとドロップ品に関しては、皆さんも知っての通り魔石、食材、魔道具、装備品が出ます。後は実際にこの後ダンジョンに潜ってみるので、そこで体験してもらいましょう。それでは10分休憩にしますので、またここに集まっていてください」
そう言って講師が出て行く。それを見た受講生達は各々トイレに行ったり、雑談したりと忙しなくなっている。因みに横の面倒くさい女はすぐに席を立って部屋を出て行った。
「わぁ〜。次はダンジョンに潜るんですね。大丈夫かな?」
春が声をかけてきたので、そちらに向き直る。
「まぁ大丈夫だと思うけどな。講師の人たちは元エクスプローラーだから、危なくなったら助けてくれるさ」
「そうですよね?でも緊張しちゃうな」
「気楽に行こうぜ。っとそれよりさっきは諌めてくれてありがとな。熱くなりすぎてたよ」
「良いんですよ!寧ろ私が話しかけたからあんな風になったみたいでしたし・・」
「いやいや、そんな事ないって。あれはもう事故みたいなもんだから。春は悪くないよ」
「あははは。ありがとうございます」
調子に乗って下の名前で呼んでみたけど、大丈夫そうでホッとした。まぁ心の中では嫌な顔をしている可能性もなくはないが考えたくない。
「高山君はどうしてエクスプローラーになろうと思ったんですか?」
「ん?まぁ色々あってな・・。てかデンスケでいいぞ?」
「え?・・はい!デンスケさん!」
あれだな。心が洗われる気がするな。スッゲェ可愛い。今日はあの女のせいでツイてない気がしたけど。春と会えただけでそんな事は些細な出来事に感じるな。
思わずニヤついてしまいそうだが、キモがられたくない為必死で隠す。
「そういう春はなんでまた?」
「私は親がエクスプローラーだったのですが、ダンジョンに行ったきり、帰ってこなくなってしまいまして・・・」
「なるほどな・・・」
この時代そういう事はよくある事だ。ダンジョンに探索に行ったまま帰ってこない人は、行方不明届が出てから1か月したら死亡扱いになる。
そうして残された子は親戚に預けられるか、エクスプローラー協会が運営する孤児院に預けられるかが多い。稀に上位のエクスプローラーが養子として引き取ることもある。
「それでもしかしたら生きているかもしれないので、エクスプローラーになって探そうと・・」
「探したいって事は遺品が全く出てないのか?」
「はい。そうなんです」
基本ダンジョン内で死んだ場合魔物に喰われるか、喰われなくても一定の時間が経つと光の粒になり消えて行く。その時に身につけていた装備やエクスプローラーになった時に貰えるエクスプローラーカードが宝箱に入って出てくるのだ。それを見つけた人はカードの場合協会に届けるのが義務となっている。なので、それが届けられた場合は、死が確定する。
正直届けられず、ずっと心残りになるよりはそっちの方がいいと俺は思っている。ダンジョンなりの優しさとか言ってる奴がいるが、俺としてはダンジョンに感情があるとは思えないがね。
「そんなの死んでるに決まってるじゃない」
急に後ろから声がかかる。振り向くと隣に座っていた女が腕組みしてこちらを見下ろしていた。
「あんたねぇ。死んだ人の事をいつまでも思っていても無駄よ。」
そんな言い草はないだろう。マジでなんなんだコイツは。
俺は腹が立ち一度怒鳴ってやろうかと立ち上がろうとすると、春に手を握られ立ち上がることができなかった。
「あはは。そうですね。これは私の自己満足です。忠告していただいてありがとうございました」
俺の手をギュッと握り愛想笑いを返しながら我慢している春を見る。
「あっそ。精々死なないようね」
そいつはそんな捨て台詞を言いながら去って行った。
「大丈夫か?」
「はい。・・・手を握っちゃってすみません」
「いや、お陰でアイツを殴らなくて済んだよ」
そう言いながらそっと手を離す。少し名残惜しかったが、仕方ないだろう。
「春はよく我慢できたな?」
「そうですね。言われ慣れてるって事もあります。それに自分でも分かってはいるんですよ。それでもせめてカードだけでも・・・」
「そうだな・・。俺もダンジョンに入ったら探すよ」
「ありがとうございます・・」
「さて、そろそろ時間じゃないか?」
そう言って話題を変える事にした。それに気付いたのか春もそれに答える。
「ですね。次はダンジョンですからね。頑張りましょう!」
程なくして講師が戻ってきて、全員で協会の近くにあるダンジョンへ向かった。
ーーーーーー
ダンジョンについて早速講師が魔物の倒し方を説明する。
「えー、知っているとは思いますが、ダンジョンの魔物は普通の人にとっては傷をつけることすら難しいです。まぁ決して倒せないわけではないのでしょうが、普通は倒すより先に倒されます。それと地球産の武器などもほとんど意味を成しません。そこでこの講習では協会から貸し出したこのダンジョン産の武器を使って敵を倒してもらいます」
なるほど、ダンジョン産の武器ならレベル1でもダメージは入るだろうからな。貸し出されるのは短剣か。
「それでは31番の方から前に出てきてください」
31番の男が前に出る。そいつに武器を渡し、講師を先頭にダンジョン内を進む。因みにここは洞窟タイプだ。洞窟だからと言って真っ暗ではなく、周りが見渡せるほどの光はある。
これは魔光石と言われる石壁で洞窟が出来ているかららしい。それを持って帰ろうと様々なエクスプローラーが挑戦したそうだが、採取して外に出ると光の粒になり消えてしまうらしい。何度、誰がやっても結果は同じで結局は持って帰れないという結論になったそうだ。
しばらく進むと講師が立ち止まる。
「それでは魔物が来ますので31番の方前に出て下さい。相手はゴブリンです。今の君達では倒せないので相手をする際は私が補助魔法をかけます」
そう言って31番に補助魔法をかける、この補助魔法をかけるだけでレベル1でもレベル2であるゴブリンを倒せる様になるらしい。逆にレベル1と2の差がどれだけあるんだよって感じだが、まぁレベル1と2の間だけ何故かその差が設定されているらしい。ダンジョンの不思議だ。
「さぁ来ますよ」
講師がそういうと、ゴブリンがゲギャゲギャと喚きながら歩いてきた。そしてこちらを見ると醜い顔をニィッと歪ませて31番に突っ込んでいく。
「え?」
いきなりの事に対応できない31番は思いっきり吹き飛ばされた。それを見た俺たちは一様に息を呑む。
おいおい。結構な距離飛んだけど大丈夫なのか?
しかし、心配をよそに31番がムクリと起き上がる。
「あれ?思ったより痛くない・・」
「補助魔法がかかっていますからね。しかし効果は3分ですので早めに倒せるように頑張って下さい」
そう言われて31番が協会から借りた短剣を構える。
「やってやる。やってやるぞ!」
自分自身を鼓舞するように呟く31番。それを見たゴブリンは先程の攻撃があまり効いていない事を悟り、イラついた様子で地団駄を踏んでいる。地団駄を踏んであまりこちらを意識できていないのを見てとった31番がゴブリンに襲いかかる。
思ったより早いな・・。
補助魔法のおかげだろうか。その辺の一般人では真似できない速度でゴブリンへ肉薄し、短剣を突き刺す。
上手い具合に胸を貫いた事で、ゴブリンは光の粒へとその姿を変えていった。
「・・・よっしゃーー!」
勝利の雄叫びを上げる31番に講師が近づいていき短剣を回収する。
「さてゴブリンを倒した事により、君はSPを得たはずです。スキルボードが出るように念じて下さい」
「ん〜・・。出た!これがスキルボードか!」
「ではそこから後は先程の講義で説明した通り自身にどんなスキルが獲得できるかを見ていて下さい。スキルスロットに関しては先程の座学で教えた通り、人によって数が違うので、必要ないスキルは取らない方がいいですよ。あとスキルスロットが1つしかない人も出るでしょうが、レベルが上がると増えていくのであまり気にしなくても良いと思います。どうせ最初は1個しか取れないでしょうからね。皆さんの後ろの方で確認をお願いしますね」
「わかりました!」
嬉しそうにその場から後ろの方へと移動する31番。スキルボードは同じくSPを得たものにしか見えないらしい。
「さてそれではドンドン行きましょうか。次32番の方」
そうやって番号順に進んでいく。途中人型魔物であるゴブリンがどうしても倒せない人が数人いた。そういう人は今回は資格が取れなくなる。また後日挑戦するのは自由だが、大体の人がトラウマになり、エクスプローラーになる事を諦めていくそうだ。
「56番の方〜」
俺の番まで回ってきたようだ。前に出て講師から短剣を受け取り、補助魔法をかけてもらう。かけられた瞬間急に体が軽くなった。
これが補助魔法か・・。マジでかける前とかけた後では体調が悪い日と絶好調の日くらいの違いがあるな。これはスキルスロット枠一つ潰すだけの価値はある。
しばらく体の調子を確認していると講師から声がかかる。
「補助魔法がかかった体の動きに慣れるのも重要ですが、ゴブリン来ましたよ」
そう言われて注意を前方に向ける。下品な声を上げながらゴブリンがやってきた。
大丈夫。他の人も出来たのだから自分もできるはずと心を奮い立たせる。
ゴブリンはこちらに気づくと、相変わらずの顔でこちらに突進してきた。
いつも母さん達からの愛情ハグを避けてきた俺からすれば、早いとは感じない。まぁ補助魔法の効果もあるだろうが。
スッと横に避けると、ゴブリンが通り過ぎていき、急ブレーキをかける。だが、そんな事をすればこちらが見えてない。大きな隙を見せるゴブリンの首めがけて短剣を突き刺す。何の抵抗も無く短剣が沈んでいき、それと同時にゴブリンの背中を思いっきり蹴った。所謂ヤクザキックだ。
声を上げることすらできないまま蹴られたゴブリンは吹っ飛び、そのまま光の粒へと消えていった。
スキルポイントを1獲得しました。
レベルが2に上がりました。
機械音声のような声が頭に響く。
なるほどこういう風に聞こえるのかと頭の中で冷静に受け止める。
「はい。それでは短剣を返して下さいね」
こちらに余韻を与える事もなく、講師が短剣を回収する。
「では後ろに下がってスキルボードを確認してみて下さい」
そう言われて素直に他の受講者のところへと歩いていった。春がこちらへと小走りで近寄ってくる。
「デンスケさん、凄いです!熟練のエクスプローラーみたいでしたよ」
「え?ありがとう。でも補助魔法のお陰で体が動きやすかったからさ」
春が俺を持ち上げてくれるのが少し恥ずかしい。
照れる俺を前にニコニコとしている春を見ると、中々上手いことできたのだと実感する。
「57番の方〜」
「あ!呼ばれたのでいきますね」
「おう。頑張れな」
手を振りつつ講師の元へ春が向かっていった。スキルボードを見たい気もするが春の様子も気になったため、俺は春とゴブリンの対決を見守る事にした。