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2021/9/22

晴れのち曇り


 最近思うことがたくさんありすぎるのだけど、日記には書いてはいけない。なぜならコンプライアンスというルールに縛られているからだ。別に社外秘のことをどうこう言いたいとか、陰謀論を唱えたいとか、大層な意図はまったくない。ただ、昨今会社はそういうのにとくにうるさい。ときどき思う。この人たちは今の情勢の中現場がどうなっているのか知っているのだろうか。現場から意見を吸い上げたって、何を参考にしているのだろうか、と。ただでさえコロナで大変なところにいろいろな問題も重なってきているというのに、今必要なのかと疑問を感じることばかり進んでいる気がする。

 会議中に「女性は…」と、「女性」が主語の内容が伝達されることがある。内容的には国で決まっていることだし、たしかに強制させるようなことがあったら無茶だよなと個人的にも思う。ただ、聞いていていい気持ちはしない。そういう内容を会議という一緒に働くみんながいる場で、何度も何度も疎通を図る必要があるのだろうか。自分には任せられない仕事があると感じて、どこか気まずいというか、疎外感が出てきそう。同じ仕事に従事しているはずなのに。

 僕は、平等でなくていいと思う。ただ、公平であってほしい。参加者が全員選手として100m走をするとき、何かと理由をつけて50mや150mからスタートするようなハンデはいらない。同じ選手という立場であるならば、全員100mからスタートして、順位がつくのでいいと思う。

 一生懸命練習してきたのに、「君は女だから50mハンデをあげる」なんていうのはいらない気遣いだ。一緒に走って、今日は僕の勝ち。僕の負け。もし途中で転んだら気まぐれにそばへ寄る。運動は得意でも勉強は苦手なら教える。それでいいじゃないか。わざわざ主語を「女性」にして言わなくったって、大変そうにしていたら手伝う、できることは任せる。それでいいんじゃないのかなと思ったりする。

 

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