足音
どこからか足音が聞こえる。
誰かが新しく屋敷に来たようだ。ようやく私は解放されるのだろう。長かった、本当に長かった。
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せっかくの休日に遠くまで出かけようと山道を車で走っていると、急に車が動かなくなった。
「ガス欠か・・・。」
色々見てみたがどこが悪いかわからない。修理業者に聞くしかなさそうだ。
「もしもし。すみませんが山道で車が急に止まってしまい、原因も分からずで困っているんです」
「わかりました。それでは大体の場所で結構ですので教えてください」
大体の場所と名前、連絡先を伝え電話を切った。都市部から大分離れているので四時間ほどかかるらしい。こういう時に保険に入ってないことが悔やまれる。そんなことを考えながら、あたりを見回していると、ぽつりと頬が濡れた気がした。
「んっ、雨か」
つくづくついていないようだ。幸いまだ雨は小降りだがいつ強くなるかわからない。どこか屋根がある場所があるといいのだが。
再びあたりを見回していると少し離れた場所で何かが光ったような気がした。
「ん、何かあっちにあるのか」
もしかしたら人がいるかもしれないので向かってみることにした。
「大きいな」
思わず声に出てしまったが、それほどに大きな屋敷があった。
こんな大きな家に住んでいる人が雨宿りに応じてくれるか不安だったが、勝手に軒下で雨宿りをするわけには行かないので呼び鈴を鳴らしてみることにした。
「どなたですかな」
五分ほど待っているとドアから初老の男性が出てきた。いかにも執事という感じで上品さがにじみ出ていた。
「実は・・・」
俺は経緯を簡単に話して助けを求めた。
「そういうことなら仕方がありません。私はこの屋敷の管理を任せられている身ですが、ご主人様も許してくださるでしょう。ささ中へ」
お礼を言って中に入れてもらうと、大きな暖炉がある部屋へ通された。
部屋には大きな絵が飾られていた。四十代ぐらいの上品そうな男性の絵だった。おそらくはここの主人だろう。俺もこういう屋敷を所有できるくらいの男になりたいものだ。
「まだ夏の終わりで温かいといっても雨に濡れてはさぞ寒いでしょう。ささ、温まってくだされ」
そう言って執事さんは上品そうなふかふかのタオルを差し出してくれた。
「ありがとうございます」
差し出されたタオルを受け取り、暖をとることにした。
しばらくの沈黙の後、突然電話が鳴った。例の修理業者からのようだ。
「すみません。電話がかかってきたようです」
「構いませんよ。どうぞ」
笑顔でそう答えてくれたので電話に出ることにした。
電話の内容は悪い内容だった。
「どうされたのです。浮かない顔をされているようですが」
「実はですね。雨の影響で土砂崩れが起き、道が塞がってしまったみたいで、明日には復旧するみたいなのですが、どうしようかと思いまして」
「それならここで泊まっていかれてはどうですか。仕方のないことですし。食事なども簡単なものしかご用意できませんが、食べっていってください」
「ありがとうございます。何から何まで甘えてしまってすみません」
泊めてくれたらなぁと思いながら話していたが、食事まで出してくれるとは。いい人でよかった。
食事をした後、執事さんと話をし、念のため車まで戻り、持っていかれないように張り紙をしておいた。
「お戻りですか」
「はい。すみませんが、少し疲れてしまったので休ませてもらいます」
「それもそうですね。では、こちらへ」
少し急な山道を往復した疲れもあり、客席に通された私は早々と眠ることにした。
部屋に入るとベッドがきれいに整えられていて、上に寝間着が置かれていた。どうやら車を置きに行っている間に執事さんが用意してくれていたのだろう。何から何までありがたい。せっかくなので着替えて、ベッドに入り私は眠った。
どこからか足音が聞こえる。
誰かが扉に近づく気配がする。足音が止まった。虫の鳴き声さえ聞こえない。眠る前までは鈴虫の音が聞こえていたはずなのに、とても静かだ。
なにか部屋の空気が変わったような気がした。だが自然と恐怖心はない、少し違和感があるだけだ。何時か気になったが時計を見て目がさえてしまっては嫌なので再び目を瞑ることにした。
「ようやく私は自由だ」
急にどこからか声が聞こえた。
「だれだ」
明らかに執事さんの声ではない。
「ありがとう。私はようやく眠りにつけるんだ」
体を動かそうとしてもうまく動かない。金縛りにあったみたいだ。かろうじて首だけは動いたので、私は声のする方を見た。するとそこには四十歳くらいの上品そうな男性が立っていた。どこかで見たことがある。肖像画の人だった。なぜか彼はこちらを向いて微笑んでいる。そう思った瞬間俺の意識は途絶えた。
「おはようございます。朝ですよ」
どうやらぐっすり眠っていたらしい。変な夢を見た気がするが覚えていない。
「朝食のご用意ができておりますのでどうぞ」
そう言って執事さんは部屋を去った。
俺は昨日の部屋に向かい朝ご飯をいただいた。
「朝食まで用意してもらってすみません。ありがとうございます」
「なにをおっしゃいますやら」
そういうと執事さんは不思議そうな顔をしながら、食器を片付けてくれた。
「何から何までありがとうございました。では俺はそろそろ」
そう言って俺は玄関のほうに向かい、ドアノブに手をかけた。何か変な感じがした。
「どこに行かれるのですかご主人様」
振り返ると執事さんがすぐ後ろに立っていた。
「なにを言ってるのですか。そろそろ修理業者が来る頃なので、行きますね。ありがとうございました」
ドアノブを回して外に出ようとしたが、なぜかピクリとも回らなかった。鍵が閉まっているようにも思えない。まったく動かないのだ。ノブが付いた壁を押している感じだった。
「どこに行かれるのですか。ここはあなたの屋敷なのですから、どこに行く必要もありませんよ」
「ど、どうゆうことですか。ここの主人はあの絵の人ですよね」
そう言いながら俺はさっきの部屋に戻り肖像画を見上げた。初老の男性の姿はどこにもなかった。
そこには真面目そうに微笑む俺の姿が描かれていた。