ブロンソンの商店街
フラスコの家はブロンソンの街の外れにあるため、商店街へ向かう道からは必然的に首都ペキンパーの中心に位置するペキンパー城が見える。
汗だけでない水を垂らして娼館での肉体労働に勤しんでいた頃は、まさかあの城に足を踏み入れるとは思いも寄らなかった。
フラスコと顔を合わせる数日前のことだった。
クラーレがいつものように職場に着くと、外套を纏った烏のようなシルエットの紳士の周りに同僚が屯している。
「何さあれ」
この館の主人、サルパがクラーレの呟きに応える。
「英雄様に充てがう姫君探しだってよ」
「ふーん、アバズレしかいないのに」
「ここのが手っ取り早いんだよ。何せ数揃えなきゃならん」
なるほど、同僚たちはその売り込みをしているのだろう。世知辛くも若さと美貌の合計点の高い淑女から順にカラス紳士は招待状を手渡していく。
招待状を持つ中には、クラーレの親友カミルの姿があった。
同じ日に働き始めた2人は、高圧的な先輩連中やマナー知らずの客への恨み言から意気投合したのである。
不安げに招待状を手で揉んでいたカミルがクラーレに気付く。
「クラーレ来てたの?」
「ん、ところでそれ貰ったんだ」
「押し付けられた、かな」
クラーレはカミルを舐めるように眺める
小柄で巨乳、小動物のように怯えた態度と来たらそれは引く手数多だろう。
「嫌って訳じゃないんだけどね、もしかしたら素敵な相手かも知れないし……」
「どーだか、んでいくらくれるって?」
選ばれなかった同僚の恨みがましい視線を避けるように、カミルは唇をクラーレの耳元に運ぶ。
「一生、苦労しないくらいだって」
「本気で信じてんの」
「分かんない、けどこの仕事だって一生は食べていけないでしょ?だったら賭けてみたい」
と、カラス紳士の周りがざわめき始める。
「こんなところだな、それでは皆様明後日」
不満の声を上げる女たちを掻き分けて出口に向かう紳士は、ふっとクラーレと目が合う。
「君にも渡しておこう、明後日の昼時にペキンパー城へ」
クラーレに招待状を押し付けた紳士は見せを出て行った。
恨みがましい怨嗟の言葉や歓喜の笑い声を叩き潰すようにサルパが手を叩く。
「仕事に戻るぞお前ら!」
ぶつくさと散っていく女たちについていこうとするクラーレの腕をサルパが取る。
「お前らは俺が買ったっての忘れんなよ。国のお偉いさんは買ったことも忘れてハナっから国の持ち物だと思い込むだろうがな」
「そうね、どっちか盤石な方にアタシは座るけど。行こカミル」
フラスコの家から商店街までの道は実に単調な道だ。
お陰で思索に溢れた道中ではあったが。
クラーレは生まれてこのかた食事にこだわったことは皆無だ。
たまに高級な店に連れて行ってくれる客はいたが、その場では確かにこの世でこれほどの幸福も無い。なんて考えたりもするが、翌朝には動けるだけの栄養があればいーかと落ち着いてしまうのである。
フラスコが表立って文句を垂れやがったり、皿をひっくり返しでもすれば多少は改善されるかも知れないが、この1週間でそんなことは起きなかった。
商店街には何でも揃っていると言っても過言ではない。
肉に魚、食用野菜から魔法植物、包丁から剣、杖から魔法のステッキ、料理本から錬金本etc……
いつ何時行ってもこの商店街は彩りとサイケな誘惑に溢れている。
「おばちゃん、まんまで食べれる野菜ちょーだい」
「料理しないのにフライパンいるのかって?主人叩き用ですのよオホホ」
かくしてボンクラメイドは陰気で皮肉屋な主人の昼食事情そっちのけでショッピングに没入するのであった。