泥の町コルブッチ
3日間アリサの経過を観察したがあれ以降魔王が顔を出すこともなく、クラーレにアリサを任せて調査に出ていた。
もちろんただで任せているわけではない。
「交信紙片」「跳躍水晶」
1対1の交信機能を持つ交信紙片は、レオーネ国全域をカバーできる商品だ。
さる魔法使いが手作りで一枚一枚手作りで生産しているため、市場への流通は珍しい。
結社狩りに奔走していたころに偶然手に入れた品である。
跳躍水晶は使い切りの転移魔法具である。
目的地を思い浮かべ、魔力の詰まった手のひらサイズの水晶を破壊することで長距離を一瞬で跳躍することが可能だ。
これもまた希少な品だが、結社連中は緊急時逃亡用でよく持っていたため、報告義務があったにも拘らずちょいちょい拝借したものをいくつか持っていた。
クラーレに交信紙片を預けたフラスコは、跳躍水晶とナイフを持って魔王を討った地、コルブッチへ向かう。
コルブッチの町は、泥の町という通称が表すように泥濘に埋もれた町である。
元は何の変哲もない農耕の町であったが、採掘の町バレルでの過剰採掘の影響で地下水脈が変化、町は徐々に泥の海へ沈んでいったのだ。
ほんの少し残った安定した地盤の上に町は集中し始めたが、段々と人々は離れ始めている。
馴染みの安宿に到着したフラスコは、老店主によっと手を挙げる。
「今日は一人かい」
「まあな。部屋空いてる?」
「満員になる日なんて無いさ」
細い階段を上って狭い廊下をの突き当りにある部屋に、荷物を放り込んだフラスコはさっさと探索に出かけた。
腐った木々の間を抜け、泥の上を慎重に進むフラスコの目的はただ一点。
魔王の首を撥ねた場所だ。
あの時はただただ生きることに必死だったため、首を抱えて皆一目散に町に逃げ帰ったものだ。
今一度現場を確認しなければならない。もう何も残っていないかも知れないが。
ここだ。
首を落とした瞬間に見上げた空と山。脳裏にこびりついている風景。
さて肝心の手がかりだがまるで見つからない。
普通の人間ならともかく魔王とまで呼ばれる存在なら、痕跡も長く残るものかと思っていたフラスコであったがその予想は外れた。
だが想像通りだったかもしれない。
ただ、アリサやクラーレと離れてひとり考える時間が欲しかっただけかもしれない。
考えるうち、交信紙片が淡い光を放つ。
紙片を握りしめて耳を澄ます。
『聞こえる?使い方これで会ってるのかな』
『大丈夫聞こえるよ』
クラーレからだった。切り株に腰を下ろしたフラスコは、暫しクラーレとの会話で心を落ち着けた。
アリサが何を食べただの、アリサが可愛いだの、土産買ってこいだの……ちょっと不安だから急いで帰ってきてね?だの。
家、家族、家庭……戦場に放り出されてから、考えないようにしていたことが、今になってじんわりと胸に染み入る。