化けの皮
結局のところアリサはこの一軒家に住む事となった。
2階には寝室が二つしかないため、必然フラスコは1階のソファーということなる。
アリサは元フラスコの部屋を使うことになった。だが、アリサとしては納得が行かない。
フラスコが使っていたベッドに横になったアリサは、脇に置いた椅子に腰かけて本を読んでいるフラスコを
恨めし気に睨む。
「フラスコ様は居てくださらないんですか?」
照れくさそうに顎を掻きながらフラスコは応える。
「俺がいちゃ落ち着いて休めないだろ」
「そんなことありません!フラスコ様なら」
「だからだよ」
「……え?」
本を閉じたフラスコはアリサに向き合い、手を握る。
「俺は甘えん坊なんだ……分かるか?」
握り返して見つめ返すアリサは、フラスコの声に心を澄ませる。
「きっと、今くっついたら一緒に破滅する道を選ぶと思う。まだ、終わるわけにはいかないんだ」
俯いたアリサは、くつくつと笑い始める。
違う……!
アリサの手を握る力が強まる。
「……魔王か」
顔を上げたアリサの目は、蛇のように意志の読めない粘着質なものだ。
欠損した手足を補うように黒雲があふれ始める。
ニヤニヤとした笑顔を向けるアリサはもはや別人だ。
「情熱的な告白だな。この娘は聞いていたかな?それとも私だけが聞いたのかな?」
フラスコを試すように毛布を剥がし、服の胸元を指で押し下げて見せる。
「止めろ」
「見たかったんだろ?触りたかったんだろ?抱きたかったんだろ?素直になれよ」
「必ず引きずり出してやる、カマ野郎」
フラスコから放たれる殺意の籠った視線を受け流すように布団にくるまったアリサは
挑発的な視線で返す。
「おーこわ。まあ安心しなよ。この娘可愛いから大事にしてあげる」
フッと、糸が切れた凧のようにアリサの体がベッドに崩れる。
歯がゆい。
魔王がアリサの体と声で語りかけてきたとき、何もできなかった。ナイフすら向けられなかった。
本当に……
介錯なんてしてやれるのか?
アリサはすっかり眠ってしまった。
ベッドを整えたフラスコは静かに部屋を出ると、1階から上がってきたクラーレが、
ニヤニヤと口に手を当てながら見てくる。
「あら、お楽しみだった?」
「そういう関係じゃないよ」
「ふーん……あ、そうだアリサちゃんの好物って何か知ってる?」
「さぁ……何だっけな」
はぁっと大きくため息をついたクラーレは、発破をかけるようにフラスコの肩を叩く。
「惚れた女の好物くらい知っときなよ?私聞いてあげよっか?」
「いいよ別に」
ふんすかと階段を下りるフラスコの脳裏にふと蘇ったのは、何故か母親の顔だった。