魔の痕
私……フラスコ様に会いに来て……抱きついて……
「起きたか、体大丈夫か?」
「フラスコ様……」
目を覚ましたアリサの視界にまず入ったのは、心配そうにみつめるフラスコだった。
その後ろから、クラーレが顔を出す。
「クラーレさん……ごめんなさい、こんなご迷惑を……」
「別に、あたしは気にしないよ」
「クラーレ、悪い。何か病人でも食えそうなの買ってきてくれないか」
「んー……果物とかでいい?」
「うん、頼んだ」
クラーレが買い物に出ると、アリサは甘えるように縋るようにフラスコの手を握る。
あの頃は、ここまでストレートに甘えられたことは無かったな……
フラスコからすれば、アリサは格好つけるタイプである。その彼女がこうとは……
「さ、俺とお前だけだ。何があったか話してくれるな」
あの日、私たちが魔王の首を城に届けた日です。
みんなバラバラに収容されて、行先も分からない馬車に揺られて家に送られました。
きっとフラスコ様もそうでしょう?
ええ、その馬車が野盗に襲われたんです。
……私は後衛ですし、既に魔力を使い果たしていましたから……馬車に乗り合わせていた護衛の兵士の方々を見捨てて逃げました。
幻滅しましたか?
……ありがとうございます。けど、兵士の方々はそうは思ってくれなかったみたいです。
森の中を彷徨って生き残りに出くわしたら、なぜ見捨てたんだって。化け物とやり合うのはバケモノの使命だろってね。
そう言って組み伏せられて……私なんのために闘ってきたか分かんなくなっちゃったんです。
そしたら、いきなり兵士さんが黒い雲に呑まれたんです。
動転していたし、疲れていたのもあってあまり詳しくは覚えていないのですが、その雲が人の形になったんです。
私たちが首を撥ねた魔王の姿に。
「お前以外のメンバーで城に呼び出されたんだ。その時も、魔王軍はまだ残ってるって」
「ええ、あの黒雲が魔王の力の源でしょう。あれら全てを消滅させない限り存在し続けます」
「厄介だ……で、なんでそれがアリサの中から出るんだ」
「理由は分かりませんが、黒雲が私の中に入ってきたんです……恐ろしいことに疲れも傷も一瞬で癒えました」
「フラスコ様、私の体の中にはあの黒雲、魔王が棲んでいます。世間にバレたら袋叩きでしょうね」
「そんなこと無いさ。過激な奴らは吠えるかもしれんが、今のお前はただのアリサだろ?」
アリサが身を起こし、フラスコに抱きつく。
首の後ろに手を回し、胸と胸を合わせ、腰を腹に押し付けるように強烈なものだ。
「私はあの黒雲を制御できません。もし人目のあるところで漏れ出したら私にはどうしようもないんです」
「アリサ……」
「もし、誰かに殺されるなら、フラスコ様に殺して頂きたいのです……そのためにここまで参りました」
フラスコは、何も言えなかった。
黒雲の対処?分からない
魔王の殲滅?分からない
人心の善意?分からない
隊長として、頼られたものとして、男としてフラスコは答える。
「分かった……けど今じゃない、どうしようも手がなくなったら介錯する」
「ありがとう……やはり、あなたは頼りになるお方……」