第十一話 勇者は賢者と出会う
「か·····カンナ·····!」
青年は思わず少女へ呼び掛ける。
自分より遥かに小さいその背中に守られている事実に直面しながらも、エイトはただ声を掛ける。
気付けば。
彼女の足元は血の海と化していた。
ドロリと、自ら踏み入れた足が彼女が作り出す血の海の上だと言うことを今更知る。
「カンナ·····! 止めなさい!」
「お前·····死ぬぞ·····!」
サムとナナが声を張り上げるも、カンナは手を突き出す事を止めない。
何故彼女の額から血が吹き出しているのかは分からないが、今すぐに絶対防御圏を止めさせなければ彼女が死んでしまう事くらいなら容易に想像がつく。
絶対防御圏の外がどうなっているかはまだ不明だが、それより先にカンナの命を優先すべきだと決断したエイトは己の左手を絶対防御圏へと突き出す。
·····がそれも束の間。
突如、絶対防御圏は〝消失〟した。
それと共に先程まで守られていた筈の盾がなくなり、途端に衝撃波がパーティーに襲い掛かるも、最初の頃の勢いよりは収まっている事が分かる。
(ただの温風になっている·····。収まったのか?)
彼は周囲を軽く見渡す。
そこには絶対防御圏が消え去った事により、明らかとなる周りの景色。
それは先程とは全く違う異様な光景がエイトの目に映っていた。
大都市と呼ばれた場所は何処にも存在などせず、ただ目の前には只管に荒野が広がっていた。
思わず目を疑ってしまうが、何度見返したとしても目の前に広がるのは荒野だ。
「一体どうなっているーーー?」
エイトは思わず口に出してしまうが、そこでバタリと目の前で何かが倒れる音が聞こえた事に気が付く。
予想通り、それは当たり前の光景が広がっていた。
目の前には当たり前のようにカンナが倒れ込んでいた。
まるで壊れた玩具のように動く気配もない。
「なんて出血の量だ·····! カンナはリタイアだ!」
「まだ意識は失ってないんじゃない? だから幻想世界から抜け出していない·····」
「そうじゃねぇ·····! カンナはもう戦えない·····! 休ませるべきだ!」
「だな。だが·····この攻撃は一体何処から·····?」
「私、ちょっと様子を見てくるわ。貴方達はここに居て。」
唐突にナナは立ち上がると、返事を聞くことなく、それだけを言い残して走り出していく。
一体、これだけの攻撃を放たれておいて一人で向かう事がどれだけ愚かな事か。
人は冷静を欠いてしまうと、正常な判断が出来なくなる典型である。
それを横目に見たサムは呆れを通り越して荒々しく叫んだ。
「止めろナナ! まだ攻撃の正体も何もかも分からないままなんだぞ! ここに居ろッ!」
吠えるように叫ぶサムの罵声に慌てて立ち止まるナナ。
我に返ったような顔でこちらを見つめる。
「ごめんなさい·····。冷静じゃなかったわ。」
「今は敵の正体を時間を掛けてでも探るべきだ。飛んで火に入る夏の虫状態になる。」
「そうね·····ごめんなさい。」
「そんな事より今はカンナをどうするかだ·····!彼女を匿わなければ·····。」
一目見ただけでも死人の一歩手前状態であるカンナを目の前にエイトら三人はただ立ち尽くす。
ナナは軽く回復呪文は唱える事が出来るものの、それも気休め程度だ。
だが今はその気休めに頼るしか方法はない。
「ナナ·····回復呪文を頼む·····」
「分かったわ·····!」
「俺はなるべく遠くへ離れる。邪魔になっても·····な。」
エイトはただ一人、パーティーから5m程の距離を取る。
遠くからカンナを癒すナナの姿を見ながら、己の唇を噛み締めた。
(なんで俺は·····仲間を助ける事が出来ないんだ·····。)
ふと思う。
それは己の身体に宿る力について。
(なんで俺は呪文だけを無効化してしまうんだ·····しかもそれだけじゃない·····)
強く。
それは強く己の拳を握り締める。
(なんで俺はこんなに弱いんだ·····。)
「なるほど。君達が生き残ったのか。」
突如、背後から掛けられる声。
それはエイトでも、サムでも、ナナのものでもない。
また別の誰かの声が背後からしたのだ。
それは若々しい声だった。
エイトは振り返り、その声の持ち主を確認する。
目の前に立つのはエイトと同い歳ぐらいの青年であった。
身長はエイトと同じぐらいであろうか、髪は蒼色で、瞳は黄金色で黒縁の眼鏡を掛け、どこで手に入れたのか見た事もない漆黒の装備を全身に纏っている。
毎日しっかりと装備を磨いているのか、黒光りしているその装備は嫌に刺々しさを感じさせた。
手には紫色の杖を構え、杖だけで彼の身長を超える程の長さがあり、いかにも呪文を使いこなしているような雰囲気を醸し出している。
「君達に問う。俺様の攻撃をどう凌いだんだ?」
青年は突如口を開いた。
自らの眼鏡を右手中指で押し上げながら、興味深そうにエイトらを見つめている。
この問いに対し、しばらく無言が流れるが、その沈黙を破ったのはエイトであった。
「お前か·····? こんな派手にぶちかましやがったのは·····?」
突き刺すような視線で目の前にいる男を睨み付けるエイト。
それに対して、男はやれやれと首を振った。
「おいおい·····。質問をしているのは俺様だ。まず俺様の問いに答えろ。どうやって凌いだんだ?」
「エイト、俺が答えよう。この子が守ってくれたからだ。」
「この子って? あぁ·····その血を流しながら倒れている女か?」
「·····そうだ。」
「なるほどなるほど。」
男はうんうん、と顔を頷かせながら再度己の眼鏡を中指で押し上げた。
そしてもう一度口を開く。
「馬鹿が。嘘をつくな。」
そして、サムの答えを一蹴した。
男は大きく伸びを行いながら。
「俺様はその女の名前は知らない。有名な〝魔法使い〟ではないだろう? だったら無理だよ。うん、どう考えても無理。」
「何故そう言い切れるんだ?」
「何故? 何故かって?」
男は不敵に笑う。
エイトは過去にソレに似た〝ナニカ〟を見ている。
否。
知っている。
彼の中の第六感がそう告げている。
「俺様が世界最高峰の〝大賢者〟だからだ。」
『大賢者』。
それは上級職業で、〝魔法使い〟の上位互換である〝賢者〟の更に上を行く者の事。
つまり簡単に言うのであれば、呪文を極めた者、という事である。
〝大賢者〟の称号を持つのは彼一人だけではないが、その中でも最も強いと彼自身がそう言っている。
「そうか。そういえば俺もお前を知らないな。名乗ってくれないか?」
「なんだと?」
「いいから名乗れ。」
サムの声は冷静なのだが、伝わってくる言葉には殺気が篭っているとエイトは感じた。
確かにこれは異常事態だが、彼にそこまでの知名度を誇っているとは思えない。
エイトは彼の事を純粋に知らないからだ。
その事が癪に触るのか、少し苛つくような表情を見せながら、男は口を開く。
「俺様か? 俺様は〝ブルー〟。この名くらいは聞いた事あるだろう?」
刹那。
あっ、とサムは声を零した。
何故かはエイトには分からない様子だったが、隣にいるナナも表情を見れば名前には聞き覚えがあるのは間違いないようだ。
ブルー、という単語を自分の中の辞書で何度探してみても該当するものが無い。
改めて彼は自分の無知さに肩を若干落とす。
「エイト、分かる?」
「すまない·····分からない。」
「彼は職業〝賢者〟の更に一握りの存在、〝大賢者〟なの。貴方も聞いた事はあるわよね?」
「何を?」
「『最凶の五人』。」
最凶の五人。
通称、ファイバー。
そう呼ばれる五人の集団は勇者界に存在する勇者ランクAの者達だ。
そこ関しての知識はあったが、つい直近のテロ事件に一人関わっていた事実がある為、少し胸が苦しくなる。
「あぁ·····知っているさ·····。」
「彼はその一人。ブルーって事は·····」
ナナは言葉を発するのを止める。
横目で彼女を確認すると、青ざめている様子で若干手が震えているのが分かる。
「ブルーって言ったか? お前のパーティーは?」
「俺様にパーティー? そんなもの必要ないさ。戦いは力のある者、たった一人でいい。」
「数的有利を取られても、か?」
「正しく。パーティーなど力の無い者が結成する、言わば〝馴れ合い〟。そんなモノに興じる酷、こっちは馬鹿にはなれないのでね。」
「そうかよ·····。」
「圧倒的強さ。それさえ有れば戦えるのさ。挑戦するのも烏滸がましい程の圧倒的な力がな。」
さて、とブルーは首を回しながら。
「話を戻そう。どうやって俺様の一撃を凌いだ?」
一瞬だが、エイトはカンナの姿を確認する。
ナナの回復呪文のおかげか、出血は止まっており、小さく呼吸しているのが見える。
サムやナナはブルーの強さを知っている様子だが、彼はまだ対峙した事がない。
今現状の情報のみでエイトとブルー、どちらが勝てるかと言われれば、無論ブルーであろう。
しかし、呪文だったら?
大賢者、と呼ばれる職業で装備を見るからにも、彼は呪文に特化しているのは間違いない。
それに対してだったら、彼にも勝機がある。
〝呪文に対して一切の効果が及ばない〟彼にだったら勝機があるのだ。
改めてエイトは拳を握った。
それは一か八か。
勇者底辺の男が、勇者界隈の最凶と呼ばれる一角に勝負を挑む。
「いいぜ、ブルー。もう一回、さっきと同じ呪文打って来いよ。」
「は?」
エイトは不敵に笑う。
それは一瞬だが、己の全ての力を理解した表情で。
「今度は俺がお前の呪文を凌いでやる。さぁ、打ってこい·····。」
呪文封じ と 大賢者ーーーーー。




