第一話 勇者は静かに微笑む
よろしくお願いします。
処女作ですので優しく見守ってください(笑)
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よろしくお願いします!
『勇者』
"弱者を助け、強きを挫く"
"命を捨ててでも、仲間を護る"
俺はそんな"本物の勇者"になりたかった―――――――。
(ローズ記 第1章1節 参照)
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「エイトッ! そっち行ったぞ!頼んだ!」
「―――! 任せろッ!」
俺は弱くない。
そう何度も言い聞かせてる···と青年は駆けながらもそんな事を脳裏に過ぎらせていた。
エイトと呼ばれた青年は、見たところ革の鎧を纏い、そして茶色の質素なブーツを履き、短剣を腰に装備させていた。
所謂軽装備なのだが、それには何か理由があるのだろう。
彼を待ち受ける「何か」に対し、一瞬の隙も見せることが出来ない。
ここは鍾乳洞と言えばいいのだろうか。
太陽の光が僅かに洞窟内を照らし、青白く不気味に輝いている。
足場はかなり悪く、地面の凹凸が激しい為、一瞬でも気を抜けば躓き怪我を負うだろう。
「グオオオオオオオオオォォオッ!」
空気を割くような咆哮が洞窟内に響き渡る。
それだけでも怯みかけるエイトだったが、ここで止まる訳にはいかない。
(くそ······カンナの奴······チンタラしてんじゃねーだろうな···!)
本来の作戦なら自分が囮になり、その間に大呪文である〝光の大爆発〟を味方であるカンナが唱え一気に畳み掛ける予定なのだが、まだ準備は整っていないようだ。
全身に駆け抜ける焦燥と恐怖を無視しながら「何か」に向け走り続ける。
それと共に青白く光る洞窟内で標的と近づいて行くエイトはその正体を目にした。
彼らと対峙する「何か」の正体は竜の様な容姿。
体長は軽く5mは越している。
青白い洞窟内のせいで見た目も青白いのだが、深紅に輝く不気味な瞳だけは異様な光を発していた。
「怖えーな! 畜生ッ!」
思い返せば、既にこの「何か」とは戦闘を開始してから1時間弱の時が経過していた。
味方はエイト含め4人いるが、彼らは体力をかなり消耗し疲弊の表情を浮かべている。
無論、青年もだ。
だが。
彼には〝逃げる〟という選択肢はなかった。
「エイト! 竜王の息吹だよ! 逃げて!」
瞬間。
エイトを目を見開いた。
この声は仲間のカンナのものだ。
呪文のスペシャリストで補助や回復呪文、攻撃呪文まで卒無く熟す魔法使いの女の子である。
「ていうか······〝どらごんぶれす〟って何ッ! いきなり専門用語なんて出すんじゃねェ!」
いきなり魔法使いの専門用語?を出されたとて、呪文ど素人であるエイトには理解出来る筈もなく、より焦燥するだけであった。
だが、「何か」は待ってくれない。
「何か」は迸る涎を隠す事もせず、大きく口を開いた。
それと同時に鋭利に並ぶ牙が綺麗に並んでいるのが確認できる。
きっとあれで噛まれたら人間もガムみたいになるんだろうなと感じたが、今この場では精神的に宜しくないと自分自身に言い聞かせる。
すると、その喉の向こう側から形容し難い音が発せられた。
夏に蝉が鳴いている鬱陶しさに似ているその音は、カンナの専門用語が分からないエイトでも何か厄介な事をしてくると確信できた。
「〝どらごんぶれす〟だっけか······? 勇者ランクEの僕でも避けれるのでしょうか神様······」
エイトは震えながらもその拳を握り締める。
そして僅かに一瞬だが、彼はその拳を見つめた。
その拳は、呪文を唱えることも出来なければ、肉眼戦が出来る訳でもない。
ただの何の変哲もない拳。
「まぁ······関係ねーな······!」
決意をした表情へと変わるエイトはスピードのギアをあげ、「何か」へと一直線に駆けて行く。
ナイフの如く鋭い目付き。
だが。
それを嘲笑うかのように、「何か」の口から吐瀉物の如く、紫色の何かが閃光弾のような物質が目にも止まらぬ速さでエイトに照準に合わせ発射された。
彼の視点からはそれだけしか分からない。
秒速にして銃弾より速い。
声さえ発するは愚か、息をする事さえ、許されなかった。
彼の仲間であるカンナでさえ、1つ瞬きした瞬間に衝撃波と大地震が洞窟内に襲い掛かり、大きく体勢を崩し悲鳴をあげた。
これが竜王の息吹。
あらゆる呪文の到達点の1つとも呼ばれ、この世界でも所有者は限られた数しかいない破壊の呪文。
たった一撃喰らえば皮膚は愚か、骨まで溶かし、物体を無きものにする。
それを口から唱え発射する「何か」の底知れぬ実力。
洞窟の壁面には大きな亀裂が入り、地面は瞬く間に割れていく。
「カンナ! 大丈夫?」
衝撃波により横たわるカンナの元に駆け寄るエイトの仲間の1人、ナナは天井から落ちてくる瓦礫からカンナを庇いながら無事を確認する。
しかし、カンナは大きく頭を壁に打ち付けたのか意識は朦朧としていた。
ナナはポニーテールで髪を纏め、エイトのような革の軽装備を纏っていた。腰には短剣を装備している。
「ナナ······ありがとう······」
「カンナ! しっかりして! サムは無事!?」
「大丈夫だ······!」
遠くから男の野太い声がしたのを確認するとホッと一息つくナナ。
サムはエイトの仲間で身長が190センチもある大男だ。
短髪で完璧に鍛え上げられた身体は鉄をも打ち破るらしい。
「エイトは······!?」
不安気な表情で先を見つめるナナ。
砂埃が宙を舞い、視野が悪く、先が見えない。
だが。
通常ならば、たった一撃で洞窟を半壊させ、自分達も危うく詰みかけた、この大呪文をモロに真正面から喰らったエイトが生きている筈などなかった。
「竜王の息吹なんて初めて見たわ······まさかここまでのものだなんて······」
「未開拓領域初日だぜ俺達······もう死ぬのか······?」
「エイトーーー!」
竜王の息吹。
繰り返すが、己の拳のみで何の装備も持たなかったエイトが、真っ向正面から"竜王の息吹"を受けて生き延びれる筈がなかった。
それが〝通常〟なら、の話だが。
「あっぶね······!本当に死んだかと思ったぜ······!」
サム、ナナ、カンナは信じられない光景を目にした。
目の前に彼は立っていた。
立っていたのだ。
顔面を両手で覆い、足を踏ん張る姿でエイトはその場に立っていた。
あれだけの大呪文を真正面から喰らっても尚、彼はそこにいた。
少し頬にかすり傷がある程度で、それ以外は特に目立った外傷はない。
彼の周りの地面が捲れあがっている様子を見れば、大呪文は直撃したと思われる。
だが、彼は無傷で立っている。
「嘘でしょーーー?」
まず最初に出た言葉がそれだ。
逆にそれ以外の言葉など見つかる訳もない。
ただただ唖然とし、青年エイトをポカンと見つめるだけ。
「エイト······アンタどうなってんの······?」
「いや、俺も知らん。」
「知らんって······」
「アイツが外しただけだろう! この好機会を逃す訳にはいかない! 一旦撤退するぞ!今は勝機が一欠片もないぞ!」
「そうね。カンナも意識無くなりそうだし······」
「エイト! 退け!」
ナナとサムはエイトの方へ振り返る。
そこには「何か」が一体と人間が一人。
圧倒的体格差と対峙しているモノの格の違い。
そんな事は見るまでもなく分かる。
だが、彼はそんなものを目の前にしても逃げる選択肢などなかった。
ただ一人、エイトはうっすら煙をあげる己の拳を一つ前に突き出し、「何か」を睨みつけた。
「〝テメェ〟との勝負はいずれ付けるーーー。覚悟しなーーー。」
「退け! エイト······!」
背後から見るナナ達には彼の表情は見えないが、それは笑っているかのようにも思えた。
そんな姿を目の当たりにし、サムは思う。
本当に「何か」は竜王の息吹を外したのだろうか、と。
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「は~、疲れたぁ~」
大きな声を出すと共にカンナは椅子に座るなりテーブルに突っ伏した。
その童顔で可愛らしい顔立ちからは想像出来ない様子である。
それに続いてナナ、サム、エイトも椅子に座る。
「お前意識失いかけてたのに何で元気なんだよ······」
「何でって私は魔法使いよ? 自分に回復呪文を唱えれば体力は戻るに決まってるじゃない!」
「それならば竜王の息吹に危うく直撃しかけた俺を治してくんない?! 危うく本当に死にかけたんだぞ!」
「うるさいなぁ。 死んでないならいいじゃない!」
「嘘でしょこの子······どんな性格してんの······」
「ハイハイ、2人とも静かにしなさい!」
ナナに強引に宥められ、顔を背け敵対心を露わにするカンナとエイト。
どうやらこの2人は相性最悪のようだ。
あれから4人は「何か」から退き、無事自分たちの住む街である"ヘネシス"へと帰還した。
そこで疲労を解消するため、勇者仲間一行、つまりパーティーの集会所である"ギルド"へと足を運んだ。
ギルドはどこの街にも支店が必ず一つ存在し、毎日エイト達含む勇者達が顔を合わせ、仲間になる相手を探している。
ヘネシスのギルドは木製の巨大なログハウスのような構造で、何から何まで木製と若干古風な建物だ。
足を運んだのは夕方くらいだったが、既に人で溢れ返っており、結構大声を出さなければ相手に声は届かない程であった。
「おねえさーん!」
サムが大きな声で通りすがりのウェイトレスを呼んだ。
手を振りかざしたので、直ぐにウェイトレスは飛んできた。
ご注文は?と問うウェイトレス対し、サムはナナとエイトに顔を合わせ、何も言葉を交わすことなく頷いた。
「ビール4つで!」
「かしこまりました」
「ちょっと! 私、ビール嫌なんだけど!」
待ってました、と言わんばかりに、カンナが突っ伏していた顔をあげ、こちらを見る。
その顔は如何にも不機嫌そうだった。
「いいじゃねーか。めんどくさいし」
「ビールで大丈夫です! ありがとうございます!」
サムが半場強引に注文を頼むと、エイトも背後にある背もたれへと寄りかかる。
エイトは未だに不機嫌そうな表情を浮かべるカンナを横目に。
「乾杯って言ったらビールだろ? カンナ。」
「だってビール不味いんだもん······。」
「それはな、カンナ。お前がお子様だからだ」
「は? ぶっ殺すよ?」
「女の子がそんな言葉遣いをするんじゃありません。」
「今の頭来た······。本当にやっていいかな、サム? やっていいよね?」
「いや······やめとけ。」
この下りはもう何度目だろうか、とサムは大きく溜息をついた。
二ヶ月前だっただろうか、このメンバーでパーティーを組んでからずっとこの調子が続く。
どうもエイトとカンナは馬が合わない関係だ。
カンナが我儘を言えば、それにエイトがちょっかいを出し、エイトが何か失敗すれば、負けじとカンナもそれを冷やかす。
まるで子供の喧嘩のそれだ。
果たしてパーティーとして成り立つのか、と不安を感じる。
戦場の第一線ではこのような関係は命取りだ。
それは先程に痛い程学んだ。
勇者として未開拓領域に出るという事は、いつパーティーが命を失ってしまうかもしれないという危険を孕んでいる。
「お前等な、もうパーティーを組んで2ヶ月が経つんだ。もっと絆を深め合わないと、実戦で命を失うぞ······。」
これは冗談でもなんでもなく。
ただ純粋に本当の事実を述べているだけの話。
可能性でも推測でもない。
必然的に予想される確実な未来だった。
誰が60階立てのビルから命綱無しで飛び降りて助かるだろうと思うだろうか。
それと同じ。
そのレベルの話。
勇者、というのは聞こえはいいが、常に死と隣り合わせの職業だ。
この世界は人類の領土は僅か50%に留まっており、残りの領土は未開拓領域と設定されている。
人類が領土を広げる事の出来ぬ大きな原因は〝魔物〟の存在があるからだ。
人類の天敵であり、無条件、無慈悲に襲い掛かってくる魔物達は人類の領土拡大を妨害してくる。
実際問題、未開拓領域に生息する正体不明の魔物達はどうやって発生しているか未知ではあるが。
魔物はどこからやってきて、何のために生息するのかも謎でもあるが。
魔物を退け、未開拓領域を開拓し、世界の真相を掴むことが勇者の任務なのである。
実際、未開拓領域にはエイト達が住む地域にはない食料や穀物、未知なる素材が沢山眠っており、世界の技術が発展する為にも、未開拓領域を開拓することは最重要任務なのだ。
何が起こるか分からぬ未開拓領域へ行く人は、皆それを〝勇者〟と呼んだ。
ギルドはそれを提供する場所であるが、パーティーの1人が死んだなんてよく聞く話だ。
無事に帰ってきたはいいものの、何かの呪いに掛かった者。
パーティー総出で行方が分からなくなった者。
重度の怪我を負った者。
勇者なんてのは聞こえはいいが、これが現実である。
しかし、それと同時に名声を得られる職業でもあった。
大型のミッションを達成した暁には、英雄の如く囃し立てられ、一生その名が刻まれる。
かつて過去に刻まれた名が一つ。
伝説の勇者"ローズ"。
たった一人で未開拓領域へ乗り込み、更にその奥の奥、"魔界"と呼ばれる地へと初めて足を運んだ人物だ。
そこに君臨する"魔神"と激戦を繰り広げ、魔神を封印することに成功したという。
魔神はその有り余る力と歪んだ性格で"こちら側"の人間を苦しめていたが、それから人々を解放し平和の虹をかけたらしい。
本当かどうかも分からぬ話であるが、ローズという名は世界共通語並みに有名だ。
勇者。
それは死と隣り合わせだが、人々に夢と希望を与え、そして英雄として凱旋する、若者には魅力的な職業なのだ。
「って言っても、この勇者界も変わったよな。」
ここでエイトが口を開く。
「なんでだ?」
「俺より歳下でありがなら、プロ並み······いやプロ以上に強い奴が沢山いるじゃねーか?」
「それは"勇者ランク"について言ってるのか?」
「そう。俺は"最低のE"だけど、ナナとサムは"ベテランのB"だろ?」
「ふーん、私は"中堅のC"だけどね。」
「はいはい、分かったよカンナちゃん」
「何よ! Eの癖に!」
「それ言っちゃおしまいだろ······」
エイトが言う勇者ランクとは正しくその名の通り、ギルドが勇者を総合的に分析し、その強さに応じてレベルを振り分けるというシステムがある。
高い順に、S、A、B、C、D、Eで、エイトは最低のEにいるが、それでもこのパーティーに必要とされていた。
「カンナ、あたし達はパーティー。仲間なの。そういうこと言っちゃダメ!」
ナナは目を釣り上げながらカンナを叱った。
「そ、それはそうだけど······」
「エイトだから、パーティーに入れたんでしょ?」
「分かってるよー······」
これらの会話を聞いて、エイトは自然と口が緩んでしまう。
世間からお荷物扱いされる勇者ランクEの彼からすれば、それは最高の誉め言葉である。
特に何か出来るわけでもなく、何の役にも立たない彼でも迎え入れてくれるパーティーがあるのだ。
このパーティーは最高だ、エイトは改めて感じる。
「まぁ、これからもこの4人で戦うことになるんだ。気合入れてこうぜ!」
「うん······!」
カンナはむすくれながらも、頷いた。
と同時に先ほど頼んだビールが来たようだ。
まだまだお子様な、カンナ。
2人を宥める姉貴タイプのナナ。
それらを仕切るリーダー、サム。
そしてエイト。
「よし、じゃあ!初めて未開拓領域行った記念で······乾杯ッ!」
4人のグラスが合わさる。
そして一気にカンナを除く3人がビールを飲み干した。
一気にナナとエイトの顔色が赤くなる。
恐らく2人はお酒が弱かった。
「そういや、今日戦った竜はどんな魔物なんだ?」
「さっきギルドの魔物辞典を読んできたけどわからなかったな。もしかしたら、何かの亜種なのかレア度が高い魔物に遭遇してしまったのか······」
「危うく殺されかかったけどな······」
「"竜王の息吹"は魔物の一撃必殺として有名だからね、アレを避ける事が出来た事が1番の成果だよ!」
「そうか?」
「また明日からフォーメーションを考え直さんとな」
「あぁ、実践じゃ全く練習通りにはいかないからな······頑張らないと」
「その域だよ! エイト!」
「おう!」
「また明日からミッチリ鍛えてあげるからね~!」
ナナがさりげなくエイトにウインクをした。
改めて彼女は凄いとエイトは実感する。
彼女は華奢な容姿をしているにもかかわらず、その勇者ランクはBである。
特にナナは足技を用いた肉弾戦を得意としており、練習試合でエイトが勝ったことなど一度もなかった。
「次は負けねーよ······!」
「そんなこと言って、エイト30連敗してんじゃん」
「うるせーカンナ!」
「ふーんだ!」
「お前等、落ち着け······」
*************************************
ある一人の男、カーネルは釈然としない表情を浮かべていた。
それは別に何か不満な事があるからではない。
むしろ不満な事など彼にはない。
街を歩けば女性から黄色い声援を浴びせられ、男性からは憧れの的となる。
富と名声を欲しいままにしている自分を持っているのにも関わらず、釈然としていない。
男の名はカーネル。
ヘネシスの治安を守る「ポリス」という部隊に所属する副隊長だ。
「うーん」
「どうした、カーネル?」
「チョコケーキかショートケーキ······どっちにしようかなーって思ってさ。」
「······おう」
もう一人の男はグレイ。
髪は長めで耳は隠れ、前髪も目にかかっていた。
首後ろから垂れ下がる青と白のマント。
それはポリスの象徴である。
「あのな、いくらお前が強くても、その姿は先輩としての威厳失うからやめてくれないか?」
「いいだろ~ちゃんと"守ってる"訳だし?」
「ギルド・ヘネシス支部のポリス部隊は"地獄副長"ってイメージで売ってるんだから頼むって······」
「そんなのイメージだろ」
「士気が下がっちまうよ」
結局カーネルはショートケーキを選んだのかフォークでイチゴを刺し、口へと運ぶ。
美味しい!と目を開きながら叫ぶカーネルの姿に呆れながらグレイは告げる。
「"門番"しっかりやってくれよな、最近は若手の勇者が未開拓領域に行く事が多くて大変なんだから。」
「街の治安を守る事が〝本来の仕事〟である筈の俺達がか? しかし······凄いよな~」
「何がだ?」
「"転送装置"だよ。改めて見たけど、これ一つで未開拓領域へ勇者を送り込める。現地に飛ばすことが出来るってやっぱスゲーよ」
「まぁ今の主流だからな。昔は飛んで行ってたんだとさ。」
「呪文で?」
「さぁな······」
「お、そろそろ時間だ。転送装置を開けてやらねーと。」
「そうだな、強制終了の時間だ。」
カーネルは立ち上がると、巨大なモニター画面の前に向かう。
そのモニターには3メートル近くある巨大な鉄の戸が映っていた。
戸の前には何人か警備員らしき人物が立っているのが見える。
それを確認すると、カーネルは半透明のプラスティックケースに入っている赤いボタンを押した。
ゴゴゴゴという轟音と共に、ゆっくり鉄の戸が開き始める。
その先は真っ暗で何も見えない。
恐らく時空を超えて、場所を繋いでいるので人の目には見えないのだろう。
画面越しで未開拓領域とヘネシスを繋ぐゲートが開いていくのをカーネルは確認する。
無言がこの場を支配する中、グレイはモニターを見つめながら口を開く。
「転送装置は〝こっち側〟と未開拓領域を超次元で繋いでるが、魔物が間違えて来ることは無いのか?」
「もしも魔物が来ちゃったら大惨事だね。一般人は太刀打ちなんて出来ないし。」
「では······仮に来てしまった場合は?」
カーネルはモニターを見つめながら即答する。
「ない。転送装置は絶対防御圏で覆われている。グレイなら分かるだろう? 万に一つも有り得ないし、過去にそんなことは一度もない。」
そうか、と返すグレイに反応することもせず、大きく欠伸をしながらカーネルは呟く。
「よし、さぁ帰ってこい」
「時間は10時間と設定してある、メンバーは4人だ。」
「皆パーティーが好きだねえ~」
グレイとカーネルは画面越しで、開くゲートを見つめる。
勇者が帰ってくる、その瞬間を。
だが、いつまで経っても勇者は帰って来ない。
転送装置を開いてから時間はかなり経過している。
だが、勇者は帰って来ない。
誰もが察する事態。
勇者が帰って来ない。
つまり、そういうことだった。
「―――――祈ろう」
先ほどの態度とは一変し、カーネルはモニター画面に向け、胸に手を当て、目を閉じた。
「何があっても、生きていたら転送装置から勇者は出てくる······か。祈ろう。」
グレイも共に胸を手を当て、目を閉じた。
―――――瞬間だった。
轟!という巨大な地響きと共に、モニター画面はエラー表示を映し出す。
先ほどまでの静寂な空気から一変して、耳を劈き、不安感を煽るような警報が鳴り出す。
それはカーネル達がいる管制室まで響き渡った。
「エラーだと?」
「何があった?」
「分からない。恐らく何かしらの異常事態が発生したのは明らかだな―――」
薄っすらと冷や汗を浮かべるグレイ。
その様子を嗅ぎ取ってか、いつになくカーネルの顔にも余裕が消えた。
「致し方ない。見に行くか······」
「くそ、こういう時"上"は何も動きやしねェ。ただ待って結果報告を待つだけだ。」
グレイとカーネルは大きく舌打ちをすると、管制塔から飛び出し、転送装置へと走り出した。
あちらこちらから騒めきの声が聞こえてくるが、そんな事に構っている余裕などない。
転送装置のエラーなどこれまでに一度でもあっただろうか、とカーネルは走りながら思考を巡らせた。
カーネルの中での絶対防御圏は完全無敵を誇る最強の防御呪文であるはずだった。
それを魔物が打ち破る話など聞いたことも無い。
上がその情報を隠していなければ、の話だが。
カーネルの中で嫌な予感が身体中を駆け巡る。
それは闇。
いつかは明らかになるとは思っていた、闇。
それが何なのかはカーネルしか知らない。
そんな状況で再びカーネルは口を開く。
「なぁグレイ、"噂"知ってるか?」
「何のだ?」
「魔物ってのは無知性で動きが読めねーが······中には"知性がある魔物"ってのもいるらしいよ」
「へぇ。それは興味深いな。」
「こちらと会話出来たり、意思疎通できるらしい」
「そんなことが可能なのかよ。それは怖いな······」
「あぁ、これは同僚から聞いた話だから本当かどうかは分からんけどな。だが、俺が一番気に食わねェのは―――」
カーネルは心底つまんなそうに。
「〝ギルド上層部〟はその事実を握り潰してる可能性がある···ってことだ―――――。」
***
あれからどのくらい時間が経過しただろうか、とカーネルは思う。
転送装置は管制塔から比較的距離がある為、移動するのに少々の時間がかかったが、二人は転送装置に通じる一般勇者が交流を深める場所に辿り着く。
辺りは混乱の渦に呑まれており、床は割れたガラスで散乱していた。
「はい、どいてー。」
「落ち着いてくれ、みんな!」
カーネルとグレイは大声をあげ、ギルドの中にいる勇者や職員を落ち着かせる。
「カーネル、転送装置はこの下か」
「あぁ」
「よし、行くか······。」
「いや、お前は皆を落ち着かせて、状況によっては避難させてくれ。」
「カーネル、お前だけで行くつもりか? 何があるか分からないんだぞ!」
「おいおい、俺を誰だと思ってるーーー。」
「まぁお前なら大丈夫だと思うが······ところで、さっきの魔物は来ないって話は本当だよな?」
「あぁ。〝魔物〟は、来ないーーーーー。」
「······了解した。任せたぞ!」
グレイはカーネルに背を向けると、再び大声を上げ始めた。
彼の中でカーネルという男にどれ程の信頼を寄せているのか。
それをわざわざ説明するまでもない。
カーネルが最強の勇者である事は誰もが知っているからだ。
そんなグレイを振り返る事もせず、カーネルは地下にある転送装置へと走り出した。
ーーーギルドの中にはエイトのパーティーの姿もある事も知らずに。
***
「さーて、何が起こったのかね······」
ここで彼はいきなり言葉を止める。
否。
止めざる得なかったのだ。
彼の目の前に広がる光景を目の前にすれば、通常の人間であるならば冗談は絶対に言えない。
そんな状況。
つまり。
「こいつは―――」
カーネルの表情から余裕と呼ばれるものが一切無くなった。
一気にギアチェンジするのが分かる。
プロの姿勢に変わる。
「穏やかじゃねェな―――。」
牢獄から出てきた猛獣のような瞳。
何があったのか一瞬で分かる。
地獄絵図。
こう呼んだ方が早い。
つまり、人が大量に死んでいた。
まず警備員。
何か身体が引きずられたような血の跡がある。
これだけで歴戦の経験を持つカーネルにとって何があったのか手に取るようにわかってしまう。
恐らく、ボロ雑巾のように身体を殴られたのだろう。
無造作に体を打ち付けた痕。
そして他には頭がない者。
そして元人間らしい何か、原型を留めていない者。
続いて職員。
見なくても分かる程、ソレらはカーネルの目に焼き付いていた。
転送装置がある部屋は人が500人くらい入る程度の大きさだが、そこにポツンと佇むカーネル。
ゲートは開きっぱなしで、部屋は錯乱状態を物語るには十分な荒れ具合。
資料は床中に散らばり、生臭い血の匂いが部屋に充満している。
壁は何か焼けたような跡もあった。
そこで。
コツ、と。
一つの足音がカーネルの耳に届いた。
それは転送装置の向こう側から聞こえる。
確かに一歩一歩こちらへと歩いてくる。
暗闇の向こう側からカーネルの方へ。
それはまるで死神が歩いてきているかのような。
カーネルはソレが来るのをただただ待ち受けた。
「久々だね、カーネル。また会えて嬉しいよ?」
中から聞こえる声。
声のトーンが高く、楽しそうな、声。
カーネルはそれを聞いても尚、己の感情を表情には出さない。
「誰だ? 名乗れ。」
「は? 名乗れって酷いな。まぁでもまた会えるとは思ってなかったからビックリ。」
「誰だって聞いてんだよ。」
ソレはゆっくりと、つま先から姿を現す。
その様を確かに見つめる。
時がゆっくり流れているかのようだ。
「やぁカーネル。元気?」
「カムイ―――。」
二人は知り合いなのか。
親しいのかどうかも分からない。
だが、カーネルはこの状況を目の前に拳を握らぬ理由が見つからなかった。
そこで初めてカーネルは感情を表に出す。
「君を殺す、いいね?」
「うん、いいよ。やってみ。」
まるで少年のような声は、更にカーネルに怒りを募らせた。
一瞬。
本当に一瞬、常人では瞬き一つ程度の速さでカーネルはカムイに飛び掛かった。
このスピードを説明する理由はある。
彼が最恐な理由が、確実にあるからだ。
しかし、カーネルの右拳は空を切った。
それだけの拳圧で空気は裂け、壁に亀裂が走る。
そんな事は分かっていたかのように、カムイは上半身を捻らせ、カーネルの攻撃をかわす。
そこからカーネルの連撃が始まるが、それらが一発もカムイに当たることはなかった。
目にも止まらぬ猛攻。
それは膝蹴りだったり、肘内だったり、様々な組み合わせで攻めるが、全て空を切る。
カムイはそんな様子を見つめ、微笑みながら告げる。
「違う違う、君の専売特許は肉弾戦じゃないだろ?」
「何が言いたい?」
「君は"魔法戦士"なんだから。剣術だって君の―――」
突如、カムイは言葉を続けることを辞めた。
身体を捻り、一定の距離を取る。
カムイは自らの頬から血が流れているのが確認すると少し嬉しそうに、血を拭った。
拳は当たっていなくても、拳圧で相手にダメージを与えていっているようだ。
「専売特許じゃないとて、君は流石だな。相変わらずだね、王者の三角形の一角を担うだけはある。」
王者の三角形。
通称、デルタ。
それは現役の勇者ではたった3人しかいない勇者レベルSの勇者の呼び名。
つまり、Sが彼が最強である証明する理由。
「まぁ久しぶりにカーネルと遊ぶのもいいけど、本来の目的を忘れちゃいけねーな。」
カムイは欠伸をしながら告げた。
この勇者最高ランクSの男の前で欠伸が出来る者など、この勇者界には存在しない。
ーーーはずであった。
今目の前にいるソレは彼の知る常識を覆して行く。
「君が居たのは想定外だが、まぁプランに変更はない。さぁ、行こうか」
「行かせると思うか? お前は此処で俺が葬る。」
「うーん。参ったな。そういえばさ、カーネル。」
あ、と思いついたかのようにカムイは口を開く。
その目は輝いており、やはりどこか少年らしさがあった。
「ええと······君らの世界では勇者······だっけ?勇者って大変だよなぁ······」
「―――?」
カムイは再び心底楽しそうに、告げた。
それは闇の微笑み。
あの頃と何一つ変わらない、純粋かつ邪悪。
「護らなきゃならねーモンが多くてさ―――――。」
刹那。
巨大な地響きと共に。
彼は己の拳を前に突き出した。
カーネルの目の前にいる闇は、まるで全てを終わらすかのように。
一つの闇の呪文を放つ。
「暗黒呪文・"死こそ最高の美"ッ!」
いきなり激突ーーーーー。




