第59隻目 労働環境を改善せよ!
遅くなりました
ワーカーホリック(労働中毒者)はいずれの世にも存在する。ワーカーホリックとは雇用する側からすれば素晴らしい存在だ。仕事、労働が生きがいであり、生きるすべてが仕事であるため勤勉で真面目でよく働くからだ。
そして企業や官庁といった組織は意図してワーカーホリックを量産する体制を整えるために、労働者にとって将来に明るい展望をちらつかせ、耳障りの良いスローガンを標榜して扇動し、愚鈍な労働者を馬車馬にするためにあの手この手で洗脳する。
20世紀末期から21世紀初期の日本社会は、その手法によって社員の「やりがい搾取」することにより、労働者をワーカーホリックに仕立て上げるのは当たり前であった。だが終身雇用というものも不景気により廃れると、今度は景気の回復により、会社や組織に見切りをつけて気軽に転職できる時代となった2030年ごろより、急速にその手法は廃れることになった。転職のための職業斡旋会社が乱立しているのがその証左といえるだろう。
だが、軍隊という組織。特に士気が高い軍隊においてはむしろワーカーホリックに全体が陥りやすいというのが、古今東西の常識であろう。特に理想ともいえる上官が不眠不休で働いているとなれば、部下が「では定時なので帰ります」とも言いずらい上に、同僚たちも気を使って仕事をしているともすれば同調圧力も相まって「しかたない。皆頑張ってるし俺も頑張るか」となってしまうのである。
一見すれば協調性が高く、連帯感が高い組織と見做すこともできる。が、根本的な問題である「上司が率先して定時以降も仕事(残業)をしている」ことに目を瞑ればのば話である。
そして上司の意図しないところでワーカーホリックによる過剰労働は心身を蝕み、それは身体の不調となって徐々に顕著し、組織の労働生産力を影から徐々に足を引っ張り始めることになる。
ワーカーホリックの代名詞ともいえる二大巨頭が君臨するアマテラスシステム改計画研究室においては、その問題がとうとう如実に、そして最悪の形で顕在化していたのである。
「緊急通信として来てみれば……そうか」
「申し開きようございませんわ」
「私も何も弁解の余地がありませんぜ」
オガタに対し、ミッシェル、サイジョウの二人が頭を垂れるほど、事態は深刻であった。
この事態に同行したゼニガタとニアも、大きくため息をこぼす。
オガタ准将のもとで鍛えられ、そして送り出されれば頑張り過ぎてしまうものである。と二人そろって同じことを考えていた。
「総人員約200名を割り当てていたが、27名が鬱病と診断。50名近くが抑鬱傾向……自殺者がまだ出ていないだけ奇跡的な職場環境だ。これが実戦なら壊滅判定を食らってるな」
オガタも苦言を呈すほどひどい有様であった。
6名ほど鬱病と診断されて初めてアンケートとカウンセリングを実施したところ、この事態が表面化したのだ。
幸いにも宇宙歴1000年を超えた世界である。双極性障害まで重症化しても1か月ほどの投薬と休養で完治するのが幸いであった。
「これは完全に労働基準法違反だ。直近の出退勤簿を確認させてもらったが、全員が月残業時間が100時間を超えているじゃないか。おまけに休日出勤も多い。君たち二人が揃って一体全体、どうしたらこうなる」
ことさら声を荒げたわけではないが、叱責に対し二人ともより萎縮してしまった。見るに見かねて同行していたゼニガタが仲裁に入った。
「オガタ准将、まだ何とかなります。どうか冷静になってください」
「すまないゼニガタ中佐……」
ゼニガタからすれば大概自分たちも酷使されてるほうだと言いたかったが、オガタの手前ぐっとこらえて努めて冷静に宥め役に徹することになった。
余談だが佐官職となった段階で残業であったり時間外労働や休日出勤という概念を捨てたゼニガタだったが、貯まり溜った代休を帰ったらまとめて提出してバカンスを楽しんでやろう。と心中にて決意していた。
「……とりあえず、今日より三日間。いや1週間の強制休暇命令を全員に命令する。アマテラスシステムの完成は急務であるが、納期は基本的に設けていないはずだ。さらにいえばこのままでは労働効率は最悪になる。サイジョウ、ミッシェル両名は明日から2日間、私の下で労働管理のマネジメント教育を行う。本日中にエクセリオンに乗艦せよ」
「「了解です」」
二人は複唱し、全員に明日からの1週間の休暇を命じると肩の荷が下りたように少しだけ柔らかな表情になっていた。
それを見てニアは空気を和ます意味も兼ねて、オガタに疑問を投げた。
「まぁ教育が終わったら二人も休暇なわけですよね?」
ニアが確認すると、オガタは首肯した。
「だったらどこか行きましょう!わたしも休暇を取ろうと思っていましたし。よろしいでしょうか准将?」
「私は構わないが、直接の上司と掛け合ってみるように。ところで……シュナイツァーはいるか」
ニアは小さくガッツポーズを決めるとサイジョウと雑談を始めていた。
ミッシェルの副官として付いて行かせたシュナイツァーは恐る恐る歩みでた。
「はいここに……」
「今後、労働基準法を違反するような行為が出れば、すぐさま私に報告しなさい」
「畏まりました」
「ところでだ……」
オガタはシュナイツァーに耳を貸すようにジェスチャーするとヒソヒソ声で話し始める。
(ミッシェルとはうまくいってるか?)
(なかなか進展しないものですね……)
(なぁに埒を開けてやろう)
そういうとオガタはニヤリと悪い笑みを浮かべる。
「それとだ、ミッシェル。たまに副官を労わってやれ。地球のオキナワの保養所に話は通しておくから、二人で羽を伸ばして来てはどうだ」
「え?」
シュナイツァーの間抜けな声をあげると、ミッシェルも驚いた表情を見せる。
「たまのバカンスだ。費用は私が面倒見ておく」
「しかし准将……」
「オキナワは真っ白なビーチに美味しい地料理。地酒。さらには有名なブランドショップにたくさんの観光地……バカンスにはうってつけだ」
「准将……わたくし貴方の部下であったことを誇りに思いますわ!」
問題はなんとか解決したが、次の問題がシュナイツァーの身に降り注いだのであった。
「さて我々は我々の城に帰るとするか。ゼニガタ中佐、頼んだぞ」
「承知しました」
翌日から始業から定時までみっちりマネジメント教育を施された二名は、マネジメントの何たるかを理解し、休暇に入ったのであった。
少しずつ、執筆意欲が戻ってきた気がします