第58隻目 「暴力装置の安全装置は解除された」
大変遅くなりました。
「全艦隊、降下開始」
「全艦隊、降下開始!」
復唱された命令は独立艦隊に正確に伝達され、宇宙から地球への降下を開始した。
降下速度は当初こそ5マッハを超えるが、徐々に減速し高度2万メートルでピタリと止まった。
事象変動フィールドの展開により自重を制御することで、落下速度と空気抵抗により均衡が取れたためだ。
独立艦隊は2隻ずつの班艦隊として編成され、それぞれテロリストの潜伏拠点へと降下している。
オガタが座乗する旗艦は陸戦指揮艦として、武漢へ降下する班艦隊と共に行動していた。
軍警や治安維持隊の航空機が各班艦隊をエスコートするために目標上空にて待機し、爆装した航空機による爆撃準備は整っていた。
「総員に伝達。艦隊司令命令だ。地獄の蓋を破壊せよ」
オガタが下した命令により、一斉に爆撃が開始された。
弾頭装薬1000㎏の地中貫徹爆弾と1000㎏無誘導爆弾が各目標に、台風の雨粒のごとく猛烈な濃度で降り注いでいく。
高度12000mから投下された地中貫通爆弾は堅牢な天蓋を突き破り、幾層もの装甲帯を破砕し、地上から100mほど突き進むと起爆した。
それが数十発と噴煙と土煙を豪快に天に昇らした。
無誘導爆弾は大穴が空いた中に吸い込まれるようにして次々と落下し、起爆する。
「惑星組は弾薬の在庫一掃処分バーゲンセールのつもりのようだ」
「事後はいかがされます? 既にテロリストの拠点は破壊されましたが」
天羽が言う通りテロリストの拠点は破壊され、拠点だった物に変貌していた。
灰塵の化したそれは分厚いコンクリートと鉄骨や鉄筋と、表面を覆っていた植物たちは燃え上がり、もはや生きとし生けるものなどいないように見える惨状であった。
「人型機動兵器部隊全機に通達。これより敵拠点を制圧せよ。テロリストに慈悲など無用。マスタードの煙で地獄を作れ!」
苛烈な命令を下し、オガタは一服をきめる。
手巻きタバコに火を灯し、肺腑に染みるタールの重さとニコチンによる幸福感。そして憎きテロリストどもを殲滅する高揚感。
最後にこれらが全て茶番であるという虚無感の順で支配されていた。
タバコが根元まで吸われ、天羽は黙ってそっと灰皿をタバコのしたに滑り込ませた。
間一髪のところで灰は灰皿へと落ちた。
(今作戦を意図的に漏洩し自宅や隠れ家に誘導。そしてテロリストの大半を無傷で捕らえるか……何が弔い合戦だ……「クソッタレ!」
胸中の吐露の末尾は言葉となって現実に吐き出された。
吐き出した己の言葉にオガタ自身が驚きそして冷静さを取り戻すころ、破壊つくされた拠点だった地点に大量の液体が流し込まれていた。
それらが底に落ちるころには気化し、WW1で悪名を轟かせ、貧者の核兵器とまで言わる「糜爛剤」が拠点だったところに充満していた。
致死性が低いとはいえ、そのガスを一度吸えば口内・鼻腔・喉・気道・肺にいたるまで気管支全体が爛れ、肌に触れれば爛れる。最悪の兵器である。
「こちらα上陸隊作戦統括指揮本部。マスタード展開を確認。全ユニット、エントリー」
オガタの代わりに天羽が命令を下達した。
30分ほど後に、各部からの報告が上がった。
『こちらエクセリオン上陸隊。敵影確認できず』
『江2上陸隊。敵影確認できず』
『江3も、確認できません』
上がってくる報告は想定通りのもだった。
「β班艦隊より入電。敵影なし。拠点制圧完了。続いてδ、γ班艦隊からも制圧完了の報告が届きました」
オペレーターの言葉を受け、オガタは帽子をかぶり直す。
「全艦隊に通達。作戦終了。作戦に従事した上陸隊は地上で除染を実施。完了した機体から母艦へと帰還せよ。上陸隊の全機帰還を確認した後、月面基地へ帰還せよ」
感情のない声で命令を下達し、吸い殻となったタバコを灰皿に捨てる。
脳通で司令部よりテロリストの主要幹部、構成員の大多数が逮捕されたことが知らされた。
主に地球を拠点としているテロ組織は、この世から消えたのだ。
(終わったか。弔いになったかどうか怪しいものだが……)
安堵も束の間に、軍用ネットワークを介してオガタ宛の電報が届いた。
『宛 独立艦隊司令オガタ准将。発 アマテラスシステム改計画責任者ミッシェル中佐、同計画副責任者サイジョウ中佐
地球参謀本部高度演算処理室へ急行されたし。至急の口頭報告案件が発生せり』
只事ではない文面であり、嫌な予感しかしなかった。
知らせがないのは良い知らせとあるが、知らせがある=問題が発生した。
ということだ。
一難去ってまた一難ばかりであり、オガタはここ最近でいつ最後にゆっくりと過ごせただろうかと逡巡する。最低でも30日以内の記憶ストレージにはなかった。
茶番で復讐劇の主人公を演じてみせたが、まだ彼らの葬式すら挙げられていない。オガタ自身もまだ己の感情を消化することはできていなかった。
だが時間は平等に進む。望めど望まなくとも。
「ゼニガタ中佐。急用が発生した。すぐにでも地球参謀本部まで行きたい」
「今からですか?」
「無理を言ってすまない。だが急を要する」
「畏まりました。手配します」
「それとニア准尉。急で悪いが参謀本部まで、部下を連れて護衛に当たってほしい」
『ですが除染が……』
「私から除染班に話をつけておく」
『了解しました』
ニアの小隊は優先的に除染作業が行われ、30分ほどしてエクセリオンに帰艦し、補給を済また。
武装は対空に主眼に置き機動性を意識した軽武装だった。
警備としてゼニガタ以下7名は78式小銃と74式銃剣。外骨格型パワードスーツを纏う完全武装である。
まだ残党がいる可能性があるため、用心に用心を重ねた結果であった。
オガタも愛銃であるベレッタM93Rをショルダーホルスターに仕舞い、マガジンポーチに4個の30発入りマガジンを収納する。
制服の上着の下には防弾・防刃ジャケットを着こむ。
「一番連絡艇出せます。上座どうぞ」
「上座する」
連絡艇のカタパルトが展開し、連絡艇が地球の空を舞った。
彼の受難は続く。
正直、スランプです。助けて