第57隻目 弔い合戦
全艦の乗員が帰還後、陸戦隊が編成される前に葬儀が行われた。
軍隊蟻殲滅作戦後も、亡くなった312万2879名の葬儀に比べたら小さな葬儀であるが、人の死に大小はない。
特に、戦争で死ぬならば軍人として誇りをもって死ねたであろう。しかし、銃後に隠れて人々の命を奪うテロ行為に、なんの正当性もない。
個人の主義主張がどうであれ、人を殺めることにになんら正当性はない。
「亡くなった12名に哀悼の意を表すと同時に、彼らが守ろうとした平和を脅かす存在を許すわけにはいかない。我々は彼らの命の分まで平和を維持し、創造する義務がある」
オガタは演説しながら、左手の拳を血を滲ませるほど握りこむ。
部下が標的になるとは思っていなかった。
地球でこんな大規模テロが発生する危険性を考えもしなかった。
テロリズムに酔う反乱分子の存在。
死んでいった部下に、詫びても詫びきれない。
なぜ何の罪もない部下が標的になったのか。
後悔、怒り、悲しみ、懺悔……様々な感情がない交ぜになったオガタだったが、それでも一つだけそれを解決する命令をオガタは受領していた。
「そして今回の事件の犯人を特定出来次第、奴らの拠点を叩く一掃作戦の命令を私は受領している。そのため、貴官らの働きに大いに期待するものである」
オガタの演説に騒めきの一つもなく、彼らは静かにオガタを見つめる。
彼の演説は艦隊全体に放送されていた。
誰もがモニターを見つめオガタの言葉に鼓舞されていた。
「われらの同胞を、仲間を、友を奪った敵に容赦無用。私は諸君らに命令を下達する。各艦で5000名を陸戦隊として編成。機動兵器はすべて臨戦態勢に移行。友の仇を我らが手で討つぞ!」
この言葉に鼓舞されなかった者はいなかった。
斯くして、延べ18万人もの人員と9万体のロボットが、戦闘態勢に移行したのであった。
それから数日が経ち、テロリストの拠点が判明する。
「地球ではアジア州の中華地方の武漢と、北アメリカ州のカナダのエドモントン。ヨーロッパ州ドイツのハンブルクに同ロシアのチェリジャビンスク。地球では以上です。他の宙域でも多数発見されていますが、あくまで支部、もしくは広報拠点といった様子です。そのため地球にある4つの拠点のどれかが中枢組織である可能性が非常に高いです」
レルゲンの報告を聞きつつ、オガタは作戦計画を手早くまとめる。
掃討作戦は命令されたが、その内容の詳細は明示されていない。ゆえに、考えられる作戦は常識から逸脱した作戦となった。
「支部に関しては現地の軍警に任せる。我らで敵の本丸を落とすぞ」
「ただ……どれも旧時代の地下軍事施設の跡地だそうで、攻めるにもかなり強固な作りです。いかがされますか?」
「エクセリオンを降下させる」
「正気ですか!? エクセリオンを重力下で運用されるとは」
「正気だとも。エクセリオンは私が設計したのだ。問題ない」
総重量2777,9900tにも達する質量物体である。
カタログスペック上では、底部スラスターでは降下速度を緩めるのに精いっぱいであり、ましてや重力圏から脱出するとなれば、スラスターから噴き出るエネルギーの奔流で地球は壊滅的被害をもたらす。
ともすれば、重力下にエクセリオンを降下させるのは無謀極まりない愚策であった。
が、そのような問題など些事にする素晴らしき文明器がある。
事象変動フィールド。
艦の周囲の物理法則を任意に書き換えるこのシステムは、このような状況でも利用できる。
もともとは亜空間跳躍時に少しでも跳躍距離を延伸するために開発されたシステムだが、その恩恵はすさまじく、超光速航行も可能にしている。
本来なら質量を持った物体が光速に達することは不可能だ。光速に近づけば近づくほどその質量は増大し、最終的には∞の質量となりそれ以上の加速することはできなくなる。
しかし、事象を変動させ艦の重量を可能な限りごく軽量に固定させることで光速、超光速での通常宇宙での航行と、亜空間跳躍の跳躍距離の莫大な延長を実現させている。
この技術を応用させるのが、地球への降下作戦である。
また軽量な状態で事象を固定することで重力を振り切るためのエンジン出力を抑えられるというメリットもある。
この作戦内容を聞かされたレルゲンは開いた口が塞がらない様子だったが、咳払い一つして大きく首肯し「さすがオガタ少将です」と賛辞を贈った。
「オガタ少将、詳細情報をお持ちしました」
コーヒーとともに天羽が書類を手に現れた。
オガタは渡された書類を数枚めくる。
「辺鄙なところに本拠地を構えているものだな」
「大規模テロを企てているだけはありますよ。軍警が現在数百名の構成員を調査中で、一部では軍艦強奪を計画しているようです」
「ということはやはり、軍にもシンパが多数いるわけか」
「……残念ながら」
天羽はいいつつ拳を握りしめた。
調査中の人物の中にはエクセリオンの乗組員も数名紛れていた。ゼニガタ少佐が艦内で調査を進めている中で判明したことだった。現状は泳がせているが、作戦を正式に交付する前に全員を拘束するよう、オガタは脳通を使いゼニガタに命令する。
「うむ……にしても、高い偽装処置が施されてるな」
衛星写真を見る限りではそこに施設があるとは思えないほど自然と同化していた。
というよりも自然に飲まれているというのが適切であった。
「偽装は時間経過によるものが大きいですね。それと武漢とチェリジャビンスクは第三次世界大戦時には軍シェルターとして運用されており、5mの鉄板を、3mの鉛と20mの強化コンクリートでサンドイッチしております」
「1000年以上経過しているが、劣化していないのか?」
「……なんでも核戦争が発生しても1000年間暮らせるように作ったとか」
「核の冬対策か。にしても1000年……」
第三次世界大戦は核爆弾が頻繁に使用された。
それは最小単位で一個歩兵中隊を吹き飛ばすために、155㎜榴弾砲から核砲弾が戦場では使用されたほど核兵器を重用していた。使用された核兵器の数はおよそ10000発という膨大な核兵器が使用され、当然、核の冬はやってきた。
使われた多くの核兵器はの多くは空中起爆式と戦術核兵器であった。
地面(もしくは海面)から数百~1000mほどの高度で起爆させ、効果的に広範囲に熱線と衝撃波を伝播させる。また大きな一つの核弾頭よりも複数の子弾頭とし、迎撃確率を低下させ制圧面積を増やすことを目的としていた。
使用された核兵器の大半が戦術核に相当する比較的小威力な兵器であったことは、核戦争であった第三次世界大戦の特徴である。これは戦争勃発当初、中国の大陸間弾道弾がロシアとEUの境界線上(当時、EUとロシア間での戦争であった)に着弾し、味方陣営にまで被害を及ぼしたことが原因で、中距離弾道弾および大陸間弾道弾の相互不使用という戦時条約が結ばれたのが原因である。
とはいえ、戦争の激化とともに形骸化し、戦争が終わるころには20年にも及ぶ核の冬が始まっていた。
「実際に使用されたのは戦中、戦後通して25年と5か月。戦後、日本国が環境浄化ナノマシンの開発に成功してからは放棄されたようです」
「ということは中はもぬけの殻だったはずだ。つまりはやつらはそれをいいことに根城にしたってわけか」
「これを落とすのはなかなか困難です」
レルゲンは書類を盗み見つつ、頭をかいていた。
「落とす必要はない。すぐに補給部に連絡。マスタードとHH爆薬をありったけ用意してもらおう」
オガタはそういって航空写真をにらみつけ、タバコに火をつけた。
「マスタードとは……?」
レルゲンはけげんな顔をする。
「聞き覚えがないのは仕方ないか。ゴムを浸透し触れれば皮膚は爛れ、吸えば呼吸器が爛れ、もだえ苦しみながら死ぬ気体といえば理解できるかな?」
オガタの言葉に天羽とレルゲンは気づく。
人類史で核兵器に比肩する最悪の兵器。
「NBC兵器の地上使用は禁じられています!」
「その通りです。ガス兵器の使用はハーグ陸戦条約は現在でも有効です」
「それは国家間。もしく地域紛争における条約だ。だが相手はテロリストだ。海賊と同じく犯罪者なのだよ」
冷徹な眼差しでオガタは二人をぎろりと睨みつける。
「あくまでそれらを我々が調達している。使用する可能性があるというだけで十分だ」
「ブラフですか。ですがそれだけで攻略できるとは思いませんが」
「そうかもしれないな」
そういいつつオガタはタバコを吹かし、心中にて独白する。
(悪いが、これら全ては陽動だ。陽動の弔い合戦だよ)
紫煙を靡かせ、哀愁に満ちた表情で天井を見上げたのだった。